第14話 勝利者のその後
倒れていたフィリネは、食べ物のいい匂いで目を覚ました。見るのも三度目という事でいい加減見知った天井が視界に入った後横を向くと、倒れている人間に送るにしてはいささか脂っこすぎやしないかという食事の数々が並んでいた。
「何とも美味しそうですね……」
辺りを見回したのちに、その中からまだ消化のよさそうなものを選んでかぶりつく。エネルギーが抜け落ちた身体には、なんともありがたい食事だ。
「ホッホ。嬢ちゃんが目覚めて何をするかと思えばまさか食事とはの」
「──ジショウさん!? 何でここに?」
「嬢ちゃんをねぎらおうと思って来たんじゃが……どうやらねぎらうまでもなかったようじゃのう」
「──いや、来てくれたことは嬉しいですよ! というか、この食事って、どのお店から貰ってきたんですか?」
そうフィリネが問うと、ジショウは少し考え込んでから、フィリネが一度大量に食品をかっさらった店を挙げる。
「──? どうかしたかの?」
「あぁいえすいません。まだ営業できたんだなぁ……と思いまして」
ジショウはいまいちピンと来ていない様子だったが、考えることを諦めたかのように別の話題を出す。
「そういえば言い忘れておったが、嬢ちゃんや。優勝、おめでとう」
「ありがとう、ございます……」
「どうせまた後で聞かれるじゃろうが──勝ち抜いた感想は、どうかの?」
「正直、今は実感が湧いていませんね。それよりも今は早く仲間のもとでゆっくりしたいです」
「そうかそうか。もうそろそろ表彰が始まると思うから、それまで大人しく待っているがよいぞ」
微笑むジショウに、フィリネも苦笑いして応える。フィリネが新たな食料に手を伸ばした時、室内にアナウンスが響く。
「今日一日、全員お疲れ様ァ! 体がまだまだだるいかもしれねぇが、今から表彰式をやろうと思ってるから、決勝まで行った奴は全員フィールドの方まで来てくれ!」
そんな一方的な連絡を残して、司会者の声は聞こえなくなる。
「えらく一方的ですけど……行かなきゃいけませんね……」
「まぁ、嬢ちゃんは勝者じゃからの。それくらいは許す器量を見せつけてやればええんじゃないかのう」
「……! フフッ、そうですね。じゃあ、行ってきます」
フィールドまでの廊下を通り抜けるのも三度目とあって、フィリネの足には迷いがない。残っている群衆をスイスイとかわしながら、フィールドのある方へと向かっていく。
「そうえば、他の方たちは来るのでしょうか……?」
セルマージやゲユンはともかくとして、キニスは来るとは思えない。三人しかいないのは少々寂しいところではあるが……まぁ仕方のないことだろう。
そんなことを考えながらフィールドにたどり着くと、既に一人先客がいるのが見えた。そう、セルマージである。
「やはり君は来たか。良かった。僕一人だったらなんとも締まらない表彰式になるから、どうしようかと悩んでいたところだったのだよ」
「さすがにわたくしは来ますよ。──でも、残り二人は?」
「あの二人は──少なくともキニスに関しては、来ることはないと思うのだよ。あの少年は、どうなるか知らないがね」
「そうですか……」
やはりキニスは来ないらしい。仮に賞品があった場合はどうするのだろうと思った矢先、会場の照明が落ちる。
「長らくお待たせしたが。今から表彰の時間だ! なお、キニスとゲユンについては、既に帰ってしまったみたいなので、表彰は二人で執り行うぜ!」
困惑した表情をする表彰者二人。数瞬の間頷き合うと、そのまま何事もなかったかのように照明が照らす位置に移動する。
「というわけで、準優勝者──セルマージィィ! 今回大会の優勝者は……フィリネェェ!!」
司会者のコールに合わせて爆音の拍手が会場内を包む。それらはしばらく続いていたが、やがて司会者のそろそろ終われ、という手の動きによってまばらになっていく。
「それじゃあ、まずはセルマージから話を聞いていくぜ! ラストでフィリネに負けちまったが、それ以外はめっちゃよかった! 振り返ってみてどうだったよ?」
「特に何もない。強いて言うならば──順当、という言葉以外にないのだよ。僕も他の奴も、負けるべくして負け、勝つべくして勝った。ただそれだけの事だと思うのだよ」
「ヒュウ。さすが一応学者。小難しいことをしゃべるなぁ! 続いてはたった一人の勝者、フィリネ! どうだったよ?」
ちょっとした逡巡。どう答えようか少し迷った部分もあったが、フィリネは今の気持ちを正直に話す事にした。
「皆さんとっても強かったですし、何度もひやひやする場面はありましたけど……勝てて良かったです!」
「そいつは良かったァ! じゃあ、サクッと終わらせるためにも賞品授与だ! セルマージには金貨十枚、フィリネには金貨二十枚と……お待ちかねのオリハルコン・ダガーを贈呈するぜ!!」
無造作に受け取るセルマージとは対照的に、恭しく賞品を受け取るフィリネ。ちなみに金貨一枚は、決勝戦直前のジショウからの差し入れの品が三十個ほど買える金額だ。要するに、なかなかの大金である。
「授与も終わったってことで……これにて今回は終了! 解散!」
鶴の一声で、蜘蛛の子を散らしたように観客が退場していく。フィリネはセルマージに軽く会釈をすると、群衆がいる下の扉ではなく、換気用に開けられていた上の窓から、脚力を魔法で強化させて脱出した。
他の仲間たちと別れた時はまだ明るかったが、今は陽が落ちてからかなり経っている。既に仲間たちは宿に帰っているかと思うと気が急いた。
「皆さん少しは強くなられたでしょうか……」
別れてから一日も経っていないのに、なんだかものすごく時間がたってしまっているように感じた。何とも言えぬ人恋しさに、屋根の上を走るスピードを気持ち早くする。
宿のドアを開けると、半日ほど前に別れた仲間の顔がある。
「おやフィリネ、やっと帰ってきたのかい?」
「ちゃんと強くなって帰って来たのか?」
「二人とも気になるのは分かるけど今はゆっくりさせてあげよう。もう夜も遅いし、戦果を話すのは明日でも遅くはないだろう?」
ヘレンスに、アイシャに、ジューク。三者三様の言葉をもって、仲間たちはフィリネを迎え入れた。
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