第13話 決着の訪れ

 ローブが破け、身体中が風に切り裂かれながらも、セルマージは未だフィールドに立っていた。


「君が、ここまでの火力を出すことのできる技を持っているとは思っていなかったのだよ。君を侮ってしまったこと、非礼を働いたとして詫びろと言われても仕方のないことだ」


「ハァ、ハァ……。なんで、まだ立って…………」


「形や威力は違えども、君のそのパターンの攻撃は一度見たことがあったのだよ。時間が空いたとはいえ、もう一度同じことをするのは少々浅はかではないかね?」


 互いに限界状態ではあるが、精神的なアドバンテージはセルマージの側にある。フィリネの使う魔法の中でもトップクラスの威力をもって尚、倒しきれないという事実。その事実が、フィリネの攻撃の手を鈍らせていた。


「君の攻撃はこれで終わりかい? ──なら、こちらから行かせてもらうのだよ」


 ボロボロになりながらも、詠唱を始めようとするセルマージ。一方のフィリネには、その詠唱を止める手段はない。よしんばあったとしても、気力が減りすぎている今のフィリネでは結果的に負けてしまう。

 なんとかセルマージの魔法を避けるしかないと判断したフィリネは、脚にかけた魔法の効果がまだ残っていることを確認しながら、目の前の相手の一挙手一投足に気を配る。


「君が先ほど風の魔法を使ってくれたのは、僕にとっては嬉しい誤算だったのだよ。──これで、周囲をあまり気にしなくてもよくなったのだから」


 嫌な直観が、フィリネの全身を震わせる。直感的に、一歩、二歩とセルマージの逆へと距離を取る。


「──熱よ、我が眼前に留まりて、火球を型成せ」


 そうすると、セルマージの一メートルほど先の空間に、ちょうど人の上半身くらいの直径の火球が形作られていく。


「それだけ……ですか?」


「──君は少し後、その言葉を後悔することになるのだよ。水よ、火球の内より生まれ出で、その火球を打ち消すがよい」


「? 何を──」

 その疑問の答えは、すぐに知れた。

 ジュァッ、と音がして、一瞬にして火球も水球も見えなくなる。フィリネはその瞬間、自らに空気感知の魔法を施さなかったことをひどく後悔した。

 セルマージが狙っていたのは、火球による攻撃でも、水球による攻撃でもない。──それら二つを組み合わせた、水蒸気爆発だったのだ。


「これ、は……!」


「この爆発は、水を生成する位置によって、ある程度の爆発位置や方向を調整できるようにしているのだよ。まぁ、それだけだと不安だから僕の側には防壁の魔法を生成してあるがね」


 何とか跳び上がって爆発から逃げるが、爆風からは完全には逃げきれない。跳び上がった先でもろに爆風を受け、外周のフェンスに叩きつけられてしまう。


「うっ…………ぐぅ…………」


「これ以上立ち上がるのは止めておいたほうが良いのだよ。同じくらいボロボロな僕が言うのもなんだが──これ以上深手を負わせるのは、僕としてもぞっとしないのだよ」


「──だとしても、そうやすやすと倒れては、わたくしの仲間に申し訳が立たないんですよ……!」


「まぁ、そう言うだろうとは思っていたのだよ。先ほど共に戦った仲間を傷つけるのは、ひどく心が痛むのだけれどね」


「おや、そんなことを言っていて、負けてしまっても知りませんよ? わたくしの大事な仲間が言っていました。手負いの魔物は、どんな戦士よりも恐ろしいと」


 フィリネが思い出したのは、今は捕らわれてしまっている勇者の顔。短い間とはいえ旅をしていた勇者が言っていた言葉を肝に銘じ、もう一度立ち上がる。


「──そうか、それは知らなかったのだよ! まさか世の中に、これほど美しく、これほど気高い獣がいるだろうとは! むしろある種の神獣として崇められていないのが不自然なほどなのだよ! それとも、君の仲間には既に、他に信じるものがあるのかい?」


 おそらくはセルマージの素の言葉なのだろうが、皮肉が混じったように聞こえるその言葉はフィリネをむっとさせる。


「わたくしは獣などではありませんよ。獣になるとするならば────」


 そこでフィリネは一度、目を閉じた。

 セルマージは何かを感じ取ったのか、黙ってこちらを見据える。セルマージの体から流れ落ちる血と、観客の息遣いだけが時間の経過を感じさせる。

 フィリネは閉じていた目を開くと同時に口を開く。


「──わたくしの仲間を、蔑まれた時だけですよ」


「…………そうか、それは失礼したのだよ。ただ、僕は君の仲間に会ったことがない。詫びろと言うなら……君がこの戦いの中で、その仲間の分まで僕に思いをぶつけるしかないのだよ」


「やってみせますよ。そのためなら、わたくしは魔物でも──神獣にだってなってみせましょう。──誤解なきように言うと、実際は何にもなれませんけれどね!」


 そう叫んで、フィリネはセルマージの元へ駆けてゆく。


「無謀な突撃もいいが……賢いとは言えないのだよ!」


 そんなことは、フィリネとて分かっている。前のジショウとの戦いでも言われていた。「同じことをして、何も対応されないわけがない」と。

 なればこそ、フィリネは考え…………そして決断した。要は新しい攻撃パターンを生み出せばよいだけだと。


「誰も突貫するなんて言っていませんよ! ──ただ、わたくしの残る力全てをぶつけます!」


「なるほど……面白いのだよ。それなら、先ほどの君の攻撃へのわびとして、僕は君が攻撃するまで、その邪魔をしないと誓おう。──もちろん、君の攻撃が始まれば、防御は張らせてもらうがね」


「いいでしょう。ならば──熱よ、我が眼前に集いて、灼熱の火球を型成せ」


「僕の真似事かい? いいのだよ、期待外れではあるが、君を完璧に封じ込めるのもまた一興なのだよ」


 宣言通り動かないセルマージの言葉にも耳を貸さず、フィリネは詠唱を続ける。


「水よ、火球の中に集結し、彼の火球を打ち消すがよい」


 そう言うとごぽり、と水が湧き起こり、先ほどセルマージが見せたものと同じような爆発が起きる。


「やはり真似事か! しかしこんなもの、僕の魔法で防いでしまえば、なんという事はないのだよ。大気よ、我が周囲に集いて、彼の爆発から身を守る膜となれ」


 そう言って透明な空気の幕を形成するセルマージ。だが結果として、セルマージはそれによって、フィリネの言葉を聞き逃すこととなった。


「大気よ、我が周囲に漂いて、彼の爆風から身を守る膜となれ。──風よ、我が足に集いて、我が足を加速させる力となれ…………!」


 フィリネはそう言って、爆風の中に自ら突っ込んでいく。対して爆風で何も見えないままのセルマージは、未だ爆破鵜に対しての防御を貼っているのみだ。


「わたくしの仲間を蔑んだ報い……受けてもらいます!」


 フィリネの声は、爆発が起こったときよりもかなり近くから聞こえてきた。セルマージはそのことを訝しんだが──その頃にはもう遅い。

 風の魔法によって強化されたフィリネの、一瞬にも満たない速度の蹴りが、セルマージの肉体に突き刺さる。


「──うごぼぉ…………!」


 口から声と共に空気を吐き出して、セルマージはフェンスに叩きつけられる。


「あなたがこの程度で終わる人とは、私には思えません。なので、念には念を入れて──電光よ、金網を伝いて、彼の者を痺れさせる雷撃となれ──!」


 閃光がフェンスの上をほとばしり、そこに叩きつけられていたセルマージはまともに電撃の奔流を受ける。

 そのまま数瞬の間、フェンスに叩きつけられていたセルマージはやがて、重力に従ってフィールドの地面へと落下する。


「な、なんという事だァァッ! 今大会、間違いなく最強といっていい四人の決戦を制したのは──魔法を使う紅一点、フィリネだァァッ!!」


 先ほどの二人の爆発と比較しても遜色ないほどの大歓声が、フィリネの鼓膜を突き破らんとする。

 そんな中フィリネは、倒れているセルマージに向かって呟いた。


「──さて、では謝罪の言葉を…………って、倒れていては何もできませんね……」


 呟き終えた後、勝者フィリネもよろめき…………地面へと倒れるのだった。

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