第12話 さっきの友は今の敵

「それで──これで邪魔者はいなくなったわけだけども、どうするのだよ?」


「どうするって……戦うしかないですよね?」


「君のことはあまり知らないが、なんとなく君ならそう言うような気がしていたのだよ」


 協力してキニスを倒したフィリネとセルマージは、互いに少しずつ離れながら語り合う。今はもう敵とはいえ、先ほどまで協力していた相手をいきなり背後から──というのも、少々目覚めが悪い。

 なにより、フィリネ自身、その手段での勝利を望んでいない。それはセルマージも同じらしく、互いに言葉には出さない。しかし、互いの体がフィールドの外周に張り巡らされているフェンスに触れたら開始だという暗黙の了解は、二人には十分すぎるほどに伝わっていた。


「つかぬことをお聞きしますけれど……セルマージさんは、なぜ優勝したいのですか?」


「単純にトップを目指したい──という思いもないではないが、残念ながら今回は違うのだよ。僕は見てくれから察せるだろうけれど学者なのだよ」


 その瞬間、そこここから「あっ、本当に学者なんだ……」という声が聞こえる。どうやらセルマージが想像していたほど、学者のように見える確信があったわけではないらしい。


「…………まぁ話を戻すと、今回の優勝賞品オリハルコン・ダガーは、上質な魔力流通材であるオリハルコンを使用している。こんな品はなかなかお目にかかれないのだから、この機会に頂戴して研究の糧にしようと思ったのだよ」


「そうですか。それはご立派な理由ですね……」


 二人の距離はどんどん離れ、逆にフェンスとの距離はどんどんと縮まっていく。フェンスまで残り数歩というところで、二人の会話が途絶える。

 そう、いくら先ほどまで共に戦っていた相手とはいえ、この場に残っている以上は敵なのだ。それが元共闘者だろうと、手負いだろうと、手加減や幸福をしていい理由があるはずがなかった。

 そうこうしてるうちにもフェンスに迫り、互いにあと一歩と言うところで一度止まる。


「──加減できるような状況じゃないもので、全力で行かせてもらうのだよ」


「どうぞ、わたくしも最初からそのつもりですので」


 その言葉が、引き金となった。

 互いに一歩足を踏み入れた瞬間、セルマージの詠唱が聞こえてくる。


「水よ、我が掌に集いて、彼の少女を打ち貫く弾となれ!」


 その瞬間、空気が一度セルマージの元へ寄せ集められたように感じ、次の旬あkンに掌にいくつもの水弾が生成される。

 身の危険を感じたフィリネは、とっさに身体強化魔法を自分に付与する。


「風よ、我が足に集いて、地を踏みしめる力となれ!」


 詠唱を済ませると同時に、フィリネは水弾が来る方向とは別の方向へ走る。先ほどキニスを襲った時と同じスピードで、フィリネはフィールドを駆けてゆく。

 セルマージも発射される水弾の方向を変化させ、フィリネが一瞬前までいた地点を的確に射貫いていく。


「先ほど見た時も思ったが……やはりその速度は、相手取ろうとするとなかなかにうっとうしいのだよ……」


「──ある意味お褒めの言葉ですし、ありがとうございます、と返しておきますね?」


「そういうところも合わせて、絶妙に間を崩されるのだよ……」


 そう言いながらも水弾の連射を止めないセルマージに、フィリネは回避に専念することしかできない。並みの人の動きよりも断然早い水弾には、なかなか隙を探すことが出来ずにいた。

 なおも連射を続けてくるセルマージに、フィリネはいったん急ブレーキをかける。


「どうしたのだよ? そのままではなす術もなくやられてしまうのだよ」


「別にやられるために立ち止まったわけではありませんよ。──大地よ、我が眼前に集いて、襲い来る水弾を防ぐ壁となれ!」


 水弾がついにフィリネに着弾するかと思われた瞬間、それを隔てるように大きな土壁が姿を現す。


「何かと思えば、そんなもの時間稼ぎにしか──」


「風よ、我が腕に集いて、障壁を穿ち貫く飛箭となれ…………!」


 その瞬間、風を寄せ集めた柱が突如現れたかのような暴風が巻き起こった。


「別に……時間稼ぎをしようとしていたわけではありませんよ……」


 もう息も絶え絶えといった様子ながらも、フィリネはなんとか先のセルマージの言葉への返答をする。

風の余波でフィールドに転がっていたキニスとゲユンも吹き飛ばされ、フィールド外周のフェンスにたたきつけられている。観客がいる場所にすら暴風が巻き起こり、帽子が飛ばされたり、持っていた食料が宙を舞ったりしていた。

 これほどの暴風の塊をまともに食らえばひとたまりもない。はずなのだが。


「さすがに……今のは危なかったのだよ。──いや、ここまで食らっておいて危ないなどというのも不適切か」


 ローブがボロボロになり、ナイフによる傷口が開きながらも立っている、セルマージの姿があった。

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