第11話 一時休戦
「──んで? どうすんだよ? 挽回の手立てがなきゃ、こっから俺が優勝しちまうぜェ?」
先ほどまでと同じくねっとりとした──それでいて、確かにいやらしさを増した声が、フィリネ達の鼓膜を震わせる。
少し前に攻撃を食らったセルマージはなんとか立ち上がっているが、ゲユンの方は立ち上がる気配がない。もしや先ほどの攻撃で……という思考がフィリネの頭をかすめるが、その瞬間、セルマージからの声が響く。
「あの少年が、この程度でやられるわけがないのだよ。大会規定で回復もできない。となれば、今僕たちがやることは、少年が目覚める前に、目の前の汚物を処理しておくことだけなのだよ」
「なんだァ……? 汚物とは聞き捨てならねぇなァ。確かに俺はこんなナリで、戦闘スタイルも卑怯とそしられても文句は言えねぇさ。──それでも勝つために必死にあがいているのが俺だァ! 弱いからと蔑まれ、路傍の石よりも気に留められることもない中、必死に見つけた最後の活路! それを悪いことだとは言わせねぇぜェ……?」
キニスの主張を一通り聞き届けた後、セルマージは特にそれに反応するでもなくこちらを向く。
「おい、小娘。少し話がしたいのだよ」
「小娘と言われると少し癇に障りますが……なんでしょう?」
「一時休戦を申し出たいのだよ。僕は今このありさまで、一人であいつを倒すには少々厳しい。だから、この瞬間だけは君に協力を申し出たいのだよ」
「そういうことですか──後で潰し合うのがしんどいところではありますが……まぁ、よしといたしましょう」
「──おいおい、内緒話かァ? ひどいじゃないか。俺も混ぜてくれたっていいだろう?!」
どこか演劇がかったキニスの口調に、未だイラつきを抑えられない様子のセルマージ。だが、怒りが全てを支配しているわけではなく、きちんと理性的な考えも残している。今のキニスに攻撃を仕掛けないのが何よりの証拠だろう。
「たわけ。貴様を倒す話をしているのに、貴様に中身を聞かせる奴など普通はいないのだよ。──それに、どうせ少し後には僕らに倒されて地に臥せっているというのに、貴様が話を聞く意味があるのかね?」
「お前らが、俺を倒す…………? ケハハ! やってみろよ! ほら、俺は自分から攻撃を仕掛けられないんだから、今がチャンスだぜェ?」
「貴様こそ、今の間に負けた時のいいわけでも考えておくといいのだよ」
意地悪く微笑みながらそう言うセルマージの姿は、どこか悪役じみている。フィリネがそんなことを思うと同時、セルマージから作戦の詳細が話される。
「ええと……フィリネと言ったか? フィリネは、自由に動いてほしいのだよ。すべて自由にしてくれて構わない。すべてはこちらで調整するのだよ」
「あ、小娘じゃなくなったんですね。分かりました。いきなり信じるのには不安もありますけれど……それくらいしないと、あの方は倒せそうにありませんし」
「それじゃあ、無事を祈るのだよ。フィリネが無理をして戦えなくなってしまえば、すべてが破綻してしまうから──くれぐれもそこは、よろしく頼むのだよ!」
それを聞き届けた後、フィリネはキニスの元へ走りながら呟く。
「風よ、我が足に集いて、地を踏みしめる力となれ──!」
呟いた瞬間、フィリネの駆けるスピードが上がり、キニスの反応が一瞬遅れる。その様子を見たフィリネは、一息でキニスの方まで跳んでゆく。
「ここで攻撃する気かァ? 残念だが余裕で間に合っちまうぜェ!」
「それぐらい分かっていますよ。──だからこそ、あなたの方へ飛んだのですから」
その言葉を聞いて呆けた顔をしているキニスの上を、フィリネは飛び越えていく。今の今までフィリネによって覆われていた方向から、異様な気配が漂う。
「──熱よ、我が眼前に集いて、悪を燃やす焔とならん!」
聞こえてきた声によって、キニスは正常な思考を取り戻す。──が、その頃には、キニスの足元は既に燃え始めていた。
「熱っ! だけど、これくらいじゃあ俺は──」
焔が相手では反撃できないと見たキニスは、焔の範囲から跳ぶようにして逃げる。そして得意げな笑みを浮かべたまま言葉を発そうとして…………言い切る前に、その顔を恐れの表情へと変えることとなる。
「ちなみにそこも、織り込み済みですよ」
背後から聞こえるフィリネの声に、キニスの脳内意思に反して身体が後ろを向く。
視線の先には、まるで特撮ヒーローが決める必殺技のような蹴りを放つフィリネの姿があった。
「臆病なあなたなら、あれくらいの焔はきっと躱してくれるでしょうと信じてました」
眼前の絶望が笑顔で迫ってくる様に、キニスは恐怖にとらわれて動く余裕もない。辛うじて口から出たのは──。
「嫌だ! 待ってくれ! そうだ、俺と一緒に──グファッ!」
という、なんとも間抜けな叫び声だった。
「負ける理由を考える余裕のなかった貴様のために、僕が述べておくのだよ。貴様の敗因は、貴様自身の臆病さなのだよ──」
セルマージはしてやったりと言うような表情で、その後ろのフィリネも珍しく勝ち誇ったような表情を浮かべていた。
もちろん、顔にくっきりと蹴りの跡がついているキニスは、それを見聞きすることは出来なかったのだけれど──。
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