第10話 決勝戦、開幕
決勝戦が開始された合図の後、一番最初に動き出したのは、ダガー使いの少年、ゲユンだった。それぞれが正方形の頂点に位置するような状況の中、その四角の中心へと向かうように突き進む。
「皆さんに恨みはないですが……ここで消えていただきます!」
子どもが使うにはいささか物騒なその言葉に、セルマージが魔法を使うための呪文を唱えながら言葉を返す。
「こら、少年。まだまだ幼い君が、そのような言葉を使って自らの品位を貶める必要はないのだよ。精神は少なからず言語に影響を受けて育つものなのだからね。──熱よ。凝縮し弾となりて、幼子の刃を吹き飛ばすがよい」
セルマージがそう言うと、彼が持つ杖の先に炎の弾が現れ、ゲユンの持つダガーに向かって射出される。
直前まで走っていたゲユンは急ブレーキをかけて止まると、ダガーでもって炎の弾を弾き飛ばす。
「偉そうに説教した割には……この程度ですか」
「──どうやら君には手加減というものの存在から教えてあげたほうが良い気がしてきたのだよ……!」
言葉の応酬を交わす二人の元へ、まとめて二人とも薙ぎ払わんとする回し蹴りが飛ぶ。特に強化魔法をかけていないフィリネが放ったものだ。
「二人だけじゃなく、わたくしがいることも忘れないでください!」
「別に忘れてはいないのだよ。君がここで攻撃してこないようなら、少しは真面目にやれと憤ったかもしれないがね。──つまり、僕は今貴様に怒りを覚えているのだよッ!」
突然そう言うと、ローブの中に入っていた折り畳み式ナイフを瘦身の男──キニスに向かって投げつける。刃がキニスの肌に突き立てられるかと誰もが思ったその瞬間、キニスが何やら一回転したのが見えた。
観客も含め、その場にいたほぼ全員が「あいつは何をやったのだろう」と首をひねる。
しかしその答えは、フィリネの予想とは別の所から聞こえてきた。
「……貴様、いったい何をしたのだよ……?」
今の流れだけではなぜセルマージの声が聞こえてきたのか分からなかった。──が、そちらを見ればその理由がすぐに分かる。
──ナイフを投擲したセルマージの右肩に、おそらく投げたものと同じと思われるナイフが、深々と突き刺さっていたのだ。
単純な驚きと、何をやったのか分からないという不安から、ゲユンとフィリネもほぼ同時にキニスの方を向いた。
それと時を同じくして、キニスはやる気のなさそうな顔に似合わない甲高い笑い声をあげる。
「ケハハハハ!! 悪いな、怒らせちまってよ! だが勘違いしないでくれ! 俺はこういう風でしか戦えないんだ! 分かるか? 俺は臆病なんだよ!」
「……そんなことは今はどうでもいいのだよ。どうして貴様に投げたナイフが僕の肩に突き刺さっているのかと聞いているッ!」
「ケハハ。学者じみたツラはしてるが、どうやらおつむの方は大したことないみたいだなァ?」
キニスの喋り方は、聞いているだけで人を不快にさせるように感じる。ねっとりと、まとわりつくような喋り方だ。
「──投げたんだよ。お前がわざわざナイフを投げてくれたから、それを受け取って、熨斗とリボンで過剰包装して……とはいかなかったがなァ。要は刃先をつまんでお前の方に投げ返したってことだ。ここまで分かりやすく言えば、その頭でも理解できるだろォ?」
「ああ。よーく分かったのだよ。──貴様が性格の悪いクソ野郎だという事がね!」
セルマージから罵倒を受けるが、それでもキニスは楽しそうに声を上げて笑っている。
ふとフィリネは、司会者による決勝開始前のコールを思い出した。そして先ほどキニスが言った言葉を照らし合わせ、ある一つの推論を導き出す。
「あなたは……カウンター戦術しか取れないのですね?」
その瞬間、場が凍った。キニスの笑い声も鳴りを潜め、ただじっとこちらを睨んでいる。
「わたくし、思い出したんです。試合が始まる前に、司会者さんは『音速試合』と言っていた。でも、今の試合であなたが仕掛けたのは今のナイフによるカウンターだけ。そして「こういう風でしか戦えない」というあなたの発言からそう思ったんですが……間違いでしたかね?」
先ほどはキニスの方に集まっていた視線が、今度はフィリネの方に集中する。キニスも、ゲユンも、先ほどあれだけ騒いでいたセルマージさえも、フィリネの方を見つめている。
その静寂に音が響いた。甲高い、聞く者を不快にさせるような笑いが。
「正解だよ嬢ちゃん。そこの学者気取りよりか、嬢ちゃんの方が学者に向いてるんじゃないか?」
「生憎ですが、わたくしにはやりたいことがありますので」
「そうか! そりゃ結構! 成し遂げられるか分からんがせいぜい頑張ってくれ! ──ところで、それを暴いたから、俺が動揺するとでも思ったのか?」
場がもう一度、静寂に支配される。そのさなかでも、キニスはニタニタした笑みを隠そうとはしない。
「俺がここで動揺すりゃあ、やりようもあったかもしれねぇのになァ? 最終的に攻撃を返されるなら、お前ら三人で争うしかねぇ。俺はその戦いで消耗した最後の一人とだけやり合えばいいって寸法だからなァ」
「貴様は……この戦いに参加してここまで勝ち進んでおきながら、戦うつもりはないのか?!」
「だぁから言ってるだろォ? これが俺にできる戦い方なんだよ。魔法が使える学者もどきとは違ってな」
肩に刺さったナイフを気にかけながら悔しそうに歯噛みするセルマージにの横で、ヒュッ──と音が鳴る。
「お説教おじさんも気持ち悪いおじさんも、僕の事を忘れちゃいないよね?」
そう言ったゲユンが、彼の手のダガーを投擲したのだとそこでようやく認識する。だがしかし──。
「そんなことをしても意味がないのだよ! 君も先ほどの僕の様子を見ていただろう?!」
「お説教おじさんに言われなくても、そんなことは分かってるよ。──まぁ、見てて」
その言葉を皮切りに、ゲユンはキニスの方へと駆けていく。キニスはちょうど先ほどと同じように一回転している最中だ。
「さすがにその状態じゃあ、もう一撃加えられたら対処できないでしょ?」
ゲユンが仕掛けたのは、キニスの前後左右ではなく──上から。
普通に攻撃しに行ったのでは、ゲユン自身が投擲したダガーによって防がれてしまう。なればこそ、上から攻撃したのだろう。
フィリネとセルマージの息を吞む音が重なる。一瞬後、地に倒れていたのは──ゲユンだった。よく見るとゲユンも肩にダガーが突き刺さっている。
「上からの攻撃なんて考えてないだろう……とでも思ったのかァ? 残念だが、人間以外と対処できちまうもんだよ。俺の長い手足を曲げたりひねったりすれば、カウンターの攻撃を上に流すことも可能だぜェ。悪かったなァ! 変に期待させちまってよォ!」
二人のうめき声と、フィリネのかすかなうなり声、それと──甲高い、いやらしい笑い声が混じり合って、フィールド内に響いていた。
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