第9話 集う猛者たち

「どうやら全員、集まってくれたようだな!」


 そう言う司会者の前には、異様な雰囲気を漂わせた人間が四人、そろっていた。

 一人は瘦身の男性だ。ボサボサの金髪を直すこともせず、長い手足を持ちながらその手をプラプラとさせている。

 これから戦いが始まるというのに、一切の覇気が感じられない。まるでこれから休み明けの学校にでも向かうかのような気力の無さだ。

 その横にいるのは、これまたこの場には似つかわしくない少年だった。身軽そうで、溌溂とした顔の少年ではあるが、それよりも目を引くのは、この場における相対的な小ささだろう。普通の大人より一回りも二回りも小さく、到底これから戦いがあることをを知ってきたようには思えない。

 ──少し離れたところに、知的な雰囲気を漂わせる黒髪の青年がいる。彼がつけているメガネと身にまとっているローブから、見る者が見れば学者や研究者だと思われても仕方がないだろう。

 しかしその威圧感は、学者や研究者のそれではない。少し離れたところから、相手を失神させかねない眼力でもって司会者の方を睨んでいる。

 最後の一人は、唯一の女性だった。ブロンドの髪に額にクリスタル、ゆったりとして動きやすそうな、ワンピースのような服装をしている。落ち着きなく辺りを見回し、他の三人を見ては少し考え込むように頭に手を当てる。

 その女性──フィリネは、そうして辺りを何度も見回したのち、一言呟いた。


「やるからには勝とうとは思っていましたが……まさか本当にここまで残れるとは思いませんでしたね」


 そんなフィリネの呟きは、誰かに聞こえることもなく、司会者の声に飲み込まれた。


「それじゃ、今回に限り、俺が全員を紹介し終えてから入場してくれよな! よろしく頼んだぜ! それじゃ、あと数分だが静かな時間を楽しんでくれよな!」


 人当たりのいい口調だが、戦闘前となった今ではその気安さが癪に障ったらしい。後ろにいた研究者然とした男がかすかに舌打ちをする。

 そんなことは気に留めずに、司会者はその場から去っていき、場には四人のみが残された。各々試合前の準備をしているのだろうが、傍から見るととてもそのようには見えなかった。

 その中でも、特にフィリネは異質に見えただろう。何せ他が精神統一などをしている中、一人だけ食べ物を一心不乱に食べているのだから。

 見ている人からすれば「え、大丈夫? あの子次の試合満腹で動けないなんてことにならないよね?」と確認を取りたくなるような状況だが、ことフィリネに関してはこれで正しいのだ。

 フィリネの魔法は体力をとても消耗する上に、先の戦いからの休養も完全に十分とは言えない。そんなフィリネが最も効率的にエネルギーを補給できるのが食事だった。

 と、そんな中、いきなり会場が暗くなる。


「待たせてすまねぇ! 今から決勝戦の開始だ! ここにひしめく強者たちの頂点、その称号目指して相争うのはこの四人!

 敵を蹂躙する痩身の王者! 先ほど見せてくれた音速試合は、果たしてこの試合でも見られるのか! キニスゥゥ!

 ──唯一の女性参加者が、ここまで来れると誰が予想した!? 並みいる男どもを文字通り蹴散らし、ここまで破竹の快進撃! フィリネェェ!

 お次は短剣使いの小柄の少年。子どもだからって舐めてると、大ケガどころか死に至る! ゲユン!

 そして最後の一人は──見た目はただの研究者。中身は魔法の執行人! 己が生み出す魔法によって、対戦相手に裁きを下す! セルマージィィ!」

 

 最後の一人の名が呼ばれるのに合わせて、全員が異なる場所からフィールドへと飛び降りる。

 もし自分だけが飛び降りていたら──などと考えていたフィリネは密かに安堵した。


「さぁ、泣いても笑ってもこれがラストだァ! どうせ泣くなら嬉し涙がいいなんて分かり切ってる話だ! どうせなら全員勝って帰ってほしいが──」


 と、そんな口上を述べている司会者の方へ、セルマージと呼ばれた青年が司会者の方を睨んで口を開く。


「おい。御託はその辺にしておいてほしいのだよ。僕たちは君の演説を聞きに来たわけじゃなく戦いにここに来たのだ。たかだか見物者に過ぎない君は、つつがなく事を進行してくれさえすればそれでいいのだよ」


 その明らかに空気を読めていない発言に、会場全体が凍り付く。……が、それでも司会者がひるむことはなかった。


「おおっとそりゃ失敬! ただマイクパフォーマンスも立派な戦闘の一要素だ! これがないと盛り上がらねぇ! ってことで──すぐ終わるんでちょっと待っててくれよな!」


 なおも人当たりの良い口調で話し続ける司会者に、セルマージは心底うっとうしそうに「分かったのだよ。だがさっさとしたまえ」と呟く。


「それじゃあ許可もいただいたところで話の続きと行こうじゃねぇの! 全員に勝ってほしいが、そうもいかねぇのが世の道理! それなら観客一同は、魂込めてエールを送れ! 応援したい奴にも、負けてほしい奴にも、言葉が相手の力となる! 精一杯、相手のために叫んでやれェェ!!」


 一通りの話が終わったところで、会場のボルテージは最高潮に達する。熱気が渦を巻き、会場内に充満した。


「それじゃあ全員準備はいいか?! 決勝戦、開始だァァ!!」


 司会者の、今日一番の魂の叫びと共に、戦いの火ぶたは切って落とされた。

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