第4話 本戦開幕と賞品披露

「勝てはしましたが……疲れましたね」


 先ほどまでいたバトルフィールドとは打って変わって静かな部屋で、フィリネは一人そう呟いた。


 疲れたと言ったがそれも当然だろう。フィリネの魔法は使うたびに体力を消耗する。それを三度も使うのだから、身体を動かす力もほとんど残っていなかった。


 帰り道は飛び上がったりせずに、普通の道を使ってなんとかこの休憩室にたどり着いたのだった。


 そうこうしている間にも、続々と本選出場者は決まっている。事前視察と会場内にあった食べ物による体力回復を兼ねて、フィリネは人ごみの方へと動き出すことにした。


 未だに重い身体をどうにかこうにか動かしながら、観客たちがいる場所へと向かう。


 その時、ワァッとひときわ大きな歓声が上がる。ここまでの歓声が聞こえたのは、フィリネ達の試合が終わって以降初めてだ。まぁ、立っている場所による違いはあるかもしれないが。


「何かあったのでしょうか……?」


 ここからでは詳細をうかがい知ることは出来ない。食事の調達をする時に他の観客に話を聞こうと思うフィリネだった。


 観客たちがたむろするブースに着くと、そこでも歓声が上がる。


「おぉ嬢ちゃん! さっきの試合は凄かったな!」


「ラゲニダが勝つかと思ったけど、嬢ちゃんが勝つとは思わなかったぜ!」


「超かっこよかったぞ!」


 その言葉に一つ一つ軽く会釈を返しながらも売店へと向かう足は止めない。


「お? さっきの嬢ちゃんじゃねぇか。うちの店のモンをなんか──」


 そこで売店の店主は言葉を止めた。理由は単純、フィリネが「もう限界……」とでも言いそうな様子で、店先の食べ物を眺めていたからだ。


「嬢ちゃん……そんなキャラだったんだな。──まぁいいさ! 何か食ってくか? ちょうど今回の本選出場者は、ここでの飲み食いは無料だしな!」


「──そうなのですか?」


「さっきあそこにいる司会者が言ってたぞ。せっかく本選出場したのに、なにもご褒美がなかったらかわいそうだろうって」


 そう言う店主の顔はどこか困っている様子にも見受けられる。なんだか「せっかくの稼ぎが減っちまうじゃねぇか……」とでも言いたいような顔だった。


 そんな顔を収めると、すぐに先ほどの営業スマイルに戻る。


「それはそれとして──いいぜ! 嬢ちゃんにはさっきいいモン見せてもらったから、好きなだけ食っていけ!」


 その後、店頭に並んでいる分だけとはいえ、商品の半分近くを持っていかれた店主の表情は語るまでもないだろう。残りの半分と在庫分でどうにかしのぎ切ってくれることを祈るばかりだ。


 そんな事はつゆ知らず、フィリネは両手いっぱい以上に抱えた食料を持ってバトルフィールドのそばへと寄った。


 近場にいた観客がまたもや声をかけてくる。


「おう! さっきの嬢ちゃんじゃ──って、なんだその量の食いモンは」


「わたくしの魔法は体力を消耗しますので……次に備えての体力補給のようなものです。それより、一個前の試合で大歓声が起こったのはなぜかご存じですか?」


「大歓声……あぁ、アレか! アレは凄かったぞ。若ぇ兄ちゃんとヨボヨボの爺さんとの戦いだったんだが、爺さんが勝っちまってよォ! あれにはシビれたぜ」


 基本的な身体性能が高いのはもちろん若者の方だろう。しかしそれでも老翁が勝つという事は、何か特殊な事情でもあったのだろうか。


「その老翁は……格闘の猛者だったのですか?」


「いや。その爺さんは剣を使ってたな。──でも、素人目にもすげぇ技術を持ってるのは分かったぞ。なにしろ、格闘有利の超至近距離の戦いを剣で制したんだからな!」


 横の男性は興奮冷めやらないといった様子でまくしたてる。食事をとりながらその様子を見るフィリネはその老翁に思いを馳せる。


 その時、横の男性が大きな声を上げる。


「おっ、いいぞ!」


 その声につられてフィリネもバトルフィールドの方を見る。

 視線の先では、いかにも荒くれものと言った様子の男性とこの場には似つかわしくないような小柄の少年が対戦していた。


 グローブのようなものを付けている男性に対し、少年の方は小さなサバイバルナイフらしきもので応戦していた。どちらかというと少年の方が若干押しているように見える。


「しかし、今回は面白い奴が多いなぁ! 嬢ちゃんといい爺さんといいあの子どもといい、今回には何かあるのか……?」


 その疑問に、食べる手を緩めないままフィリネも応じる。


「わたくしにも詳細は分かりません。ただ、賞品が高純度の魔力流通材を使った武器だってことぐらいしか……」


「それでこんなにたくさんの奴らが集まってきてんのか。──というか、大丈夫かそれ。ここにいる奴全員、なにかしらの詐欺にあってもおかしくないぞ」


「さすがにそんなことは──」


 フィリネが言葉を返そうとした瞬間、試合終了の合図が聞こえた。どうやら先ほどの少年が、勢いそのままに勝ち上がったらしい。


「さぁ、これで本選出場者が出そろったわけだが……喜べェ! ここでモチベーションアップのために、今回の賞品を先行公開しちゃうぜェ!!」


 そう言う司会者の元へ、ガラスケースに入り、厳重に警備されたダガーのようなものが運ばれてくる。


「こいつが今回の賞品、その名も──オリハルコン・ダガー」


 そのままだな。誰もがそう思ったが、ツッコむ者はいなかった。


「こいつはとんでもねぇ代物だぞ! オリハルコンと言えば最硬の金属として名を馳せているが、こいつは刃の内側に魔力伝導材を使用した特別品だァ! 魔法を使う人はもちろん、魔法を使えない人でも、使い方によっては魔法による炎なんかを吸収できたりするぞ! こいつが欲しい奴は、最後まで勝ちぬけェェェ!!!」


 その叫びに合わせるかのような観客の雄叫びに、思わずフィリネはその身を縮こまらせる。──しかし、その目には煌々と闘志の光が灯っていた。


「待っていてください、勇者様。わたくしはあれを手にして、必ず強くなってまいります……!」


 自身を鼓舞するように握り拳を作りながら、フィリネはそう呟いた。

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