第3話 一回戦、決着
弾き飛ばしたことによる一瞬の膠着から少し後、フィリネは狭いバトルフィールドの中を駆け回っていた。
「あれだけ言っておいて、嬢ちゃんは逃げるだけかァ!?」
「時には逃げ回ることも大事ですよ。相手を見極めながら作戦を考えることができます」
フィリネはワンピースの裾をひらひらさせながらも、丁寧な佇まいや口調は崩さない。ただ、少しずつフィリネとラゲニダとの距離は詰まっているように見えた。
「──そろそろ嬢ちゃんは体力切れかい? さっきよりギリギリでの回避が増えているぜ?」
「わたくしばかりの一方的な戦いになってもつまらないでしょう? それに、わたくし自身は多少戦闘狂じみたところがありますので、体力切れなんてことはありませんよ?」
普段はこの考え方を抑えているが、やはり戦闘になるとこの考えが──ワクワクするような感情が、ぶり返してきてしまう。
ただ、これを抑えられるようでなければ、勇者様の望んだ平穏は訪れないのだ。救おうとした人たちに自ら危害を与えては、それこそ本末転倒というものだろう。
「口の減らねぇ嬢ちゃんだな! いいぜ、その身体に俺のパンチを入れてやるよ!」
そういってラゲニダは拳を振りかぶるが、フィリネはその場から動かず何やらぶつぶつと唱えていた。
「──風よ、わが足に集いて、地を踏みしめる力となれ……!」
そう呟いた瞬間、ラゲニダの拳がフィリネに直撃した。──否、そう見えた。
「へへッ……」
フィールド内の土煙が舞ってうすぼんやりとしか見えない前方を見てニタニタと笑うラゲニダ。しかし、その顔はすぐに疑問の表情へと変わることとなった。
「何も……ねぇ?」
そう、視線の先──本来ならフィリネが倒れているはずのその空間には、誰もいなかった。
「──どこだ! どこにいる!」
すぐに辺りを見回すラゲニダだが、会場の観客以外の姿は見当たらない。そんな時ふと、どこかから声が聞こえてきた。
「遅いですし見当違いですよ」
上を向いたラゲニダは思わず叫ぶ。
「なんで嬢ちゃんがそこにいるんだァァ!?」
この時、客席からは全てが見えていた。
──ラゲニダの拳がフィリネに打ち込まれるかと思った時、観客は落胆した。……が、その直後、観客たちの感情は驚きへと変わった。
殴られて倒れ伏しているはずのフィリネが、フィールドの上空に跳んでいたのだ。もちろん跳んだだけであって、空に浮いているわけではない。そもそもそれができるなら普通は最初からやっているだろう。
観客たちが目を皿のようにしてフィリネを見ると、跳躍時の力が失われて、だんだん下に落ちていくのが見える。
そしてそのままの勢いをもって、ラゲニダの頭に踵落としを食らわせたのだった。
「──なぜそこにいるかと言われると、そこにいたからとしかお答えできませんね」
倒れ伏しているラゲニダに向かい、フィリネはそう言い放つ。
「普通の人間はあんなところまで跳べねぇだろうがよ……」
ラゲニダは未だ立てはしないが、それでも喋る力は残っていたらしい。ありえないとでも言うようにフィリネに毒づく。
「これも魔法の力ですよ。──世界の万物に願い、用途を伝え、己の力の一部と化す。それが、魔法の力です」
フィリネの魔法は、一種の精霊術に近しいものがある。世界の存在そのものに力を請い、力の使い道を伝え、世界そのものと心を通わせることで、その力を行使する。それがフィリネの使う魔法だ。
「まぁもちろん、使うたびに体力は消費しますし、力に応じて減る体力も増えますけれどね」
「ハッハ、なるほどなぁ……そんな便利な力があるとはねぇ」
今までの自分の無知を悔いてゆえか、自嘲めいた笑いをこぼすラゲニダ。頭を押さえながらも立ち上がるが、その足取りはフラフラとしている。
「おや、降参はしないのですか?」
「まぁ、一応俺もこの大会は二回目だからな。こんなところじゃ負けられねぇってプライドがあるのさ。男たるもの、どうせなら強くなりたいしな」
「……そうですか。それなら、引き際もわきまえられる男になってほしいものですね」
そんなフィリネの皮肉を、軽く笑って受け流すラゲニダ。その目には、まだ諦めていないことを感じさせるには十分なほどの闘志があった。
「今の嬢ちゃんの話を聞いていて、思ったんだよ俺はよ。──もしかしたら、俺にも同じことが出来るかもしれねぇってよ……!」
「…………ほう?」
フィリネの返事を聞き届けると同時、ラゲニダは最初と同じようにフィリネに突っ込んでくる。
ただ、そこからは先ほどと異なる点があった。
「詳しくは知らねぇが、嬢ちゃんの真似をすれば似たようなことはできるはずだ! ──大地よ、わが腕に集いて、敵を打ち倒す力となれ!」
そう大声で叫び、突進してくる。だが、フィリネは最初の時と同じように動く気配がない。
「大地よ、わが腕に集いて、彼の者を打ち倒す力とならん……」
二人が詠唱を終えたのち、激突する。
しばらくの間土煙で何も見えなかったが、やがてその靄が晴れる。
その先に立っていたのは──唯一の女性参加者──フィリネだった。今度こそ完全に倒れ伏すラゲニダにフィリネはこう言う。
「そういえば言い忘れていましたが……私の魔法は、触媒がないと発動しませんよ。わたくしなら、この額のティアラの宝石です」
そう言ってフィリネは自身の頭をトントンと小突く。
「それに──世界はあのような乱暴な詠唱では、力を貸してはくれませんよ」
その瞬間、試合終了の合図とともに、観客の大熱狂が響き渡った。
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