第2話 本戦出場者決定戦、開幕

「さぁ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 本日この地下でお届けするのは、各地から賞品の武器を求めてこの場所にたどり着いてきた猛者たちの決闘だァ! 今なら参加も観戦も自由! 参加の方は横の受付から、観戦の方はドリンクチケットを買って、反対方向の待機列へレッツゴウ!」


 やかましすぎるアナウンスと、それに呼応するかのようにガヤガヤと盛り上がる会場、ちらほらといる、参加申し込みの受付をしている人。繁盛しているクラブよりもごった返している人の中で、フィリネは一人ため息をついた。


「もしかしたら、こんな場所来るんじゃなかったのかもしれませんね……」


 優勝賞品に目当ての武器があったので来てみたが、ボロボロだったビラとは対照的に店内はすこぶる盛況だ。実際、開催場所の詳細を見取ることが出来ていなかったフィリネでも、特に苦労することもなくこの場所にたどり着けたくらいだ。


 ──ただ、明らかにガラの悪い人間が多い。しかもそのほとんどが強そうだ。


「一応参加申し込みはしましたけれど、わたくしなんかで優勝できるのでしょうか……」


 初めての発表会に向かう子どものようにガチガチになっているフィリネだが、緊張しているからといって休む間が与えられるわけではない。参加締め切りを告げる鐘が、会場内に鳴り響く。


「さぁ、これにて受け付けは終了だ! 早速本戦開始──と行きたいところだったんだが、どうやら今回は参加人数が多すぎるらしい!

 そこで! 急遽ではあるが人数調整のためのエキシビションバトルを執り行うぜ!」


 先ほどまで盛り上がっていた会場が、一段とそのボルテージを上げる。かと思えば金網で仕切られた中心区画が凹んでいき、バトルフィールドのような様相を呈する。


「こちらが今回の戦闘場所だぁ! エキシビションの対戦相手はこちらで決めさせてもらうぜ!」


 そう言うと司会らしき人物は、何やらリストのようなものを見て数瞬うなる。観客の熱狂があっという間に収まって、彼の口から発される言葉を皆が待ち望んだ。


「……よし決めた! 記念すべき初戦の対戦相手を発表していくぜ!」


「「「ウォォォォ!!!」」」


 フィリネは観客の雄たけびから身を守るように耳を抑えた。──しかし、すぐに意味がないことだと気づき、自分の名前が呼ばれるかどうかに耳を傾ける。


「エキシビションマッチ、第一試合の対戦カードはこいつらだァ! ──前回に引き続き、またもやこの男が参戦! 道具を一切使わずに、己の体で組み伏せる! 鍛えた肢体だからこそなせる技を、とくとご覧あれ! ラゲニダァァァ!!!」


 呼ばれたはいいが、その選手はどこから登場するのだろうか。そうフィリネが思ったときには、すでにラゲニダとやらはフィールドにいた。どうやら観客席との間にあるフェンスを飛び越えて入場したようだ。


 フィールドに降りたラゲニダは、特に何を言うでもなくその場に立っていたが──やがて高まった観客の手によってさまざまなものが投げ込まれた。


 雨あられと降るドリンクや食べ物のうち手ごろな位置にあったリンゴを掴むとそれを握力だけで完全に破壊してみせた。とんでもない剛力の持ち主である。


「さぁ、それではパフォーマンスも終えたところで、その対戦相手の発表だァ! ──今回唯一の女性参加者、紅一点が呼び起こす風は、やがてこの会場を包む嵐となれるのか! フィリネェェェ!!!」


 そのコールに、フィリネは一瞬面食らった。まさか自分が初戦から出ることになるとは、微塵も思っていなかったからである。


 そんなことを考えていると、なかなか現れない対戦相手を見かねてか、にわかに会場内がどよめく。


 それに合わせるかのように、下にいたラゲニダが声を発した。


「どこにいるか知らないが──お嬢ちゃん! 怪我したくないならやめておいた方がいいぜ!」


 笑いの渦が会場内を包む。──が、それに反抗しようとするものが一人。


 その一人はフェンスを高く飛び越えて軽快な着地音を響かせると、強く言い放った。


「あなたは……わたくしが怪我を恐れて逃げ帰ると、そう思っているのですね?」


 普段のフィリネと何ら変わらない、どこかお嬢様らしさを感じさせるような丁寧な言葉遣い。──されど、語調は強く、空気は剣呑に。普段の彼女とは似ても似つかない少女が、そこにはいた。


 一瞬の静寂の後、進行役の人物が口を開く。


「挨拶も済んだところで、ルール説明の時間だ! 制限時間はなしで、相手に『参った』と言わせるか、相手をフェンスの外まで放り投げたら勝利! 負けた人間は今回の本戦の出場権を失う! 使用禁止のアイテムや魔法は回復系のみ! それ以外の制限は特にないが、後処理が面倒なので相手を殺すのだけはやめてくれ! ──それじゃあ両者とも、準備はいいか?」


 その問いに、互いに視線を対戦相手からそらすことなく頷く。


「それじゃあエキシビションマッチ──スタートォ!」


 どこからか鳴ったゴングに合わせて、ラゲニダがこちらに走り寄る。


「てめぇなんぞ一捻りだ! 数秒で終わらせてやらぁ!」


「そうですか。──では、こちらも遠慮なく。大地よ。わが腕に集いて、彼の者から身を守る力を与えよ……!」


 そう呟くと同時、フィリネは突っ込んできたラゲニダの腕を取って真っ向から押し留めた。こうなることを予想していなかったのか、ラゲニダの顔が驚きに染まる。


「何だと!?」


「おーっとこれは何という事だァ! 見るからに力では敵わなさそうなフィリネが、力自慢のラゲニダを抑え込んでいるゥ!」


 日常では絶対に目にすることがないだろう光景に、観客たちもドッと沸き立つ。


「てめぇ……なんで俺の力を抑えてやがる!」


「敵に渡す情報などありません──と言うべきところですが、このままなのも面白くないので教えて差し上げましょう。わたくしは魔法戦士です。己の力を、魔法で何倍にも強化することができます。……もちろん、強い力には反動はありますけどもね!」


 そう言うとフィリネは、向かってきたラゲニダの勢いをそのまま反射するかのように、反対側の壁に勢いよく押し飛ばした。


 フェンスにぶつかって咳き込むラゲニダが曇らぬ闘志の目でもってフィリネを睨む。──がその気勢を削ぐようにフィリネは続ける。


「……それで、あと数秒後には終わりますでしょうか?」


「そりゃ訂正しよう。──ただ、勝つのは俺だ」


 立ち上がるラゲニダを、フィリネは油断することなく待ち構えるのだった。

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