第6話 冒険者ギルド『ナクア』

「たのもー!!!」

ユカリの高らかな呼びかけと共に俺たちは冒険者ギルドの戸を叩いた。

いや叩いたというより「押し開けた」に近いのだが、勢いよく開いた扉からは室内の様子のほとんどが見て伺える。




冒険者ギルド『ナクア』の中は結構広い作りで、奥には受付カウンターのようなものがいくつか並んでいる他、木製のテーブルや椅子なども数多く並んでいる。

そしてそのテーブルの周りの人々から、冷ややかな目線をたっぷりと浴びていた。

「いや…あのすみません。大変お騒がせしました…」

俺はへこへこと頭を下げながら、気にせずキリキリ歩くユカリの後ろに付いて受付へと急ぐ。

ざわつくテーブルのエリアを逃げるように抜けて奥の受付へとたどり着くと、お姉さんに声を掛けられた。




「ようこそ、国立冒険者ギルド『ナクア』へ!二人はここは初めてよね?」

受付けの対応にしては妙にフレンドリーなお姉さんだな。

「そうよ。ここで冒険者ってのになれるって聞いてるんだけど?」

「そうですね。間違いなですよ。お二人とも冒険者志望で?」

二人がこちらを見る。

あー確かに俺が冒険者になる必要があるかはまだ分からないな。


「いや、その辺はとりあえず一度話を聞いてから決めようと思うんですが…」

「もちろんそれでいいですよ。では一応お二人ともにお話ししますね」

フレンドリーなお姉さんは冒険者について教えてくれた。


「冒険者ギルドに登録しますと依頼を受注することができるようになり、依頼を達成し報告することで報酬を受け取ることが可能になります。

依頼の内容は様々で、『採取』『納品』『駆除』『討伐』『警護』『護衛』などがあって、他にも細かな依頼内容が設定されていることもあります」


一呼吸置いた後、さらに続ける。

「依頼の内容確認と受注はこちらの受付けカウンターか、向こうに設置されている自動依頼機で可能になっていて、依頼達成報告についてはあちらの報告・納品カウンターで行ってください。」


もう幾度となく説明してきたのだろう。フレンドリーお姉さんは一言もとちらずに話し切った。

「ふぅ。ここまでで何か質問はあります?」

興味を示していたユカリに目線を向けていたお姉さんだったが、ユカリが俺の方をすぐに見たおかげで自然と二人の視線がこちらに向けられた。


「あーじゃあ、その自動依頼機ってのでは報告はできないんですか?」

「はい、そうですね。依頼達成報告についてはちょっと複雑なことが多くて機械での報告はできないことになってます。特に納品なんかは結局、現物の確認が必要になるので…」


なるほどねぇ。

ちゃんと依頼内容に沿った形で達成されているかは、機械で判断するにはさすがに難しいのかもしれない。というか虚偽報告なんかもできてしまいそうだ。


「討伐とかって言ってたが、それは報告してからちゃんと確認できるものなのか?」

「はい。そちらは討伐対象の部位などを持ち帰って頂くことで確認するか、あるいはを使って証拠写真を撮影いただければ証明になりますよ」

「特殊なカメラ?」

「撮影した際の状況を細かく記録してくれるカメラがありまして。依頼内容によってはこちらから貸し出しできるので安心してください」

そのカメラの記録情報が証拠になるのか。

いまいちまだピンと来てないが、といり合えず今それはいいだろう。


「もう一つ、警護と護衛って何か違うのか?どっちも変わらなさそうだけど…」

「確かに似てるので混同する人は多いみたいですけど、大きな違いは達成条件ですね」

「達成条件…。依頼の成功基準が違うのか…」

「はい。警護は時間が決まっていて、護衛はたいてい目的地への移動か何かしらの目的の達成までって感じになりますね」

「じゃあ護衛の方が難しいのか?」

「そうですねー。目的がある分、終了がいつになるかわからないという点と移動がある場合はやや警戒の仕方が難しいとは聞いていますが…。あ、でもその分報酬は良いんですよ?実際に何かしらの危険を排除した場合は追加で報酬が上乗せされたりするので」

つまり警護は定時で、護衛は出来高制みたいなものなのか。


そんなこんなでフレンドリーさんから一通りの説明を受けた俺は、最終的にギルドへの登録を済ませることにした。




「これで私たちも冒険者なのね…?」

「そうですよー。晴れてお二人とも冒険者の仲間入りです!」

キラキラと目を輝かせるユカリに対して、お姉さんはなんだか微笑ましいものを見るようにニコやかだ。


「ところで…、一つ気になってたんですがいいですか?」

「はい、なんですか?」

「ズバリお二人はどういったご関係で?」

「…」

あーこれはたぶん恋人か何かかと思われてるパターンなんだろうか。


もちろん俺たちはそん関係では一切ないのだが、「ただの友達です」なんて答えてもいまいち信じてもらえないというのはお約束な気がする。

俺はこんなこともあろうかと、あらかじめユカリとのを考えていた。


「俺たちは一応兄妹なんです。ちょっと複雑でありますが…」

「あぁー…そうでしたか。すみません変なことを聞いて」

お姉さんはすぐに納得したようで、しかしいろいろと想像してしまったのを少し申し訳なさそうにこの話を終わりにした。


「ちなみに、今日このまま依頼って受けられるんですか?」

「え、あっ、はい!もちろんいいですよ。もしよかったらここで私がお手伝いしますよ?」

「いいんですか?」

お姉さんは何か罪滅ぼしのような感じなのか、ぜひ手伝わて欲しいというような勢いでいろいろと依頼を探してくれた。




「これなんかどうです?『栗(50個)の採取』報酬は4000エルですよ!」

「4000エルか…」

一日の報酬としては微妙だが、おそらく難易度と比較するとなかなか悪くはないのだろうが…。

「というか俺たちまだ宿を決めてないんですが、ここの宿代の相場ってわかりますか?」

「宿代ですか?ピンキリではありますけど、たしか新規滞在者様用の宿なら一泊3000くらいからあったと思います」

なるほど。そう考えると栗の採取は一応、その日の宿代くらいは稼げるということになる。

しかし、俺たちは二人いることを考えるとこれだけでは少々足りない。




どうしたものかと考えていると、ユカリがズバリ切り込んだ。

「ねぇもっと手っ取り早くたくさん稼げる依頼はないの?」

「…手っ取り早くー…ですかぁ」

お姉さんはしぶしぶといった感じで、いくつかの依頼を見せてくれた。


「一応、『駆除』や『討伐』系は比較的高い報酬設定にはなってるんですが、簡単な依頼はすぐに埋まってしまって…。今はこんな感じの高難易度の依頼しか残ってないんですよ」

「ふむ…」

見ると、依頼内容はどれも『魔獣』の討伐ばかり並んでいた。

たしかに魔獣に関しては、普通の人間が討伐しきるのは難しい。

奴らはタフでしぶとく、足の速い生き物も多いため、たとえ重症を負わせたとしても逃げられる可能性が常に付き纏う。

さらに凶暴さゆえ、けが人や死人が出ることも容易に想像できる。


だがしかし…それはあくまで『普通の人間』の話だ。


「ねぇこの『犬の魔獣討伐』とかはどう?」

ユカリがリスト中から一つを指して提案してきた。

「犬の魔獣一匹か。えーと…お姉さん?この以来の農業地区C-9ってのはここからどのくらいですか?」

「え?は、はい?農業地区は川沿いのエリアなので割と近くにはなりますが…。

いや、あのそもそもですね、お二人は魔獣の危険性についてちゃんと理解てるんですか?」

「えぇまぁ、そのつもりですが…」

「…じゃあその上でこの依頼は達成可能であると?」

「そうですね。これなら何とかやれるかと」

「あー…もしかして、お二人の他にも多くの仲間がいるとか?」

「いないわ」

俺の代わりに横からユカリが答える。

「じゃあつまり、お二人だけで犬の魔獣を討伐できると…そういうことですか?」

「そうよ?まだ初めてだしこんなもんでいいでしょ」

「………」

質問を終えたお姉さんはついに黙り込んでしまった。

それほどまでに彼女にとって衝撃だったのだろう。

頭を抱えていたお姉さんは、しばらく間をおいてため息交じりに話を再開した。




「こちらの依頼は、特別受注条件などは課せられてないためお二人が受けることは可能です」

ほっ。なんとか理解はしてくれたみたいだ。

お姉さん的にはいろいろ言いたげではあるものの、とりあえずルール的な問題はないらしい。

目を合わせたユカリも少しほっとしたような、あるいは当然の結果だというように頷いている。

「しかし、念を押してきますけど、依頼の放棄や期間内に達成を確認できなかった場合、ペナルティが課せられるお話はちゃんと覚えていますよね?」

やや圧を感じる物言いだが、ここは堂々としておこう。


依頼の失敗に関するペナルティに関しては、先ほどのギルド登録時に聞いていた。

要は達成できなかった場合、次回以降の報酬が何割か天引きされることと、依頼の受注にいくらかの制限がかかるという話だったはずである。

ペナルティは失敗した依頼の報酬額や過去の失敗回数によって変わるので、あまりむやみに依頼を受け失敗すると痛い目を見るということになる。


「その点は大丈夫だと思います。ちなみにこれは期間ってどれくらいですか?」

「今日からだと2週間ほどですね。23の日いっぱいまでに報告してくれれば問題ありませんが」

お姉さんはカレンダー的なものを見せてくれると、23の日と思われる個所を指し示す。

現世のカレンダーとはほとんど違いはなさそうなのだが、『曜日』らしきものは書かれておらず、週の最後だけ黒くなっておりそれ以外は赤い、現世とはなのが少々気になったくらいだ。




「ここから近いなら明日か明後日には報告できると思うし、十分過ぎるほどの時間だと思うけどユカリはどう思う?」

「問題ないわね。何なら今日中に報告できるんじゃない?」

「いやさすがにどうだろうな…。と言うか、俺たちまだこの国の時計というものを持ってないんですが、今って何時になるんですか?」

この国に時計や日付の概念があることは知っているが、それを確認する術どころかどういった見かたをするのかも聞いていなかった。


「今は、もうすぐ17の刻になるあたりです。ていうか、本気で今日中に…?」

お姉さんはもはや驚きや呆れを通り越して、なんだか意地悪な言い方をしてくる。

俺に対してと言うより、主にユカリへ向けられたヘイトだったが、その意地悪な言い方にピンとこなかったユカリは平然と話をつづけた。


「えーっと、17の刻って言うことは、18…19…、あと7時間以内でって事ー…で合ってる?」

「あぁ、合ってる。移動時間と捜索時間込みだと結構ギリギリかもな」

「大丈夫じゃない?移動は分からないけど、探すのはそんなにかからないでしょ?」

移動時間については聞くよりも向かってみた方が良さそうなので、地図か何かで詳細な場所を確認する必要がありそうだな。




場所を教えてもらおうとお姉さんに向き直ると、先ほどの問いをサラッと受け流されたショックなのか、お姉さんの表情はついに死んでしまった。

「あのー…?場所について地図か何か…」

「…もういいです。勝手にすればいいんですっ!」

えぇ…。

やけを起こしたのか、もはや口調がただの駄々っ子である。


「場所は書いてる通りです!地図なんてありません!教えてあげません!」

お姉さんは必要な手続きを済ませ、情報をまとめた書類を押し付けるとプイっと席を立ってしまった。

「忠告はしましたからね!二人で魔獣退治なんて無理に決まってるんだから!もう一回痛い目見ればいいんですぅっ!!」

ぴしゃりと言い放ちカウンターの奥へと行ってしまう。




「なんなのよアレ」

「さぁ…?たぶんよほど俺たちの依頼の選択がおかしかったんだろうな」

「何がいけないのよ?やれそうな依頼を受けただけでしょう?」

「まぁ俺たちからしてみればそうなんだが…」

まぁいいわと話を切って、ユカリは改めて依頼内容の話に戻す。


「で、この魔獣にはどこ行けば会えるのよ?」

「うーん、そこなんだよなぁ…」

依頼書には「農業地区C-9近辺」とだけ書いてあり、あとは魔獣の目撃情報がいくつか箇条書きされている。

どれも場所を特定する言葉は「農業地区A-〇」となっているため、おそらく対象の行動範囲はそれほど広くなさそうだが、それでも今の情報だけで探し回るのは骨が折れそうだ。


「とりあえず町の人に聞きながら農業地区に向かってみて、本格的な捜索は明日ということにするか」

「は?ちょっと!?明日って…さっき今日中に終わらせるって言ったじゃない!」

「言ってないわ。場所についてもっと詳しく話を聞いておくつもりだったが、教えてもらえなかったからな。今日は目的地に近づくだけにして、どこか野宿できるところを探そう」

「そんなユウチョウにしてたら魔獣が逃げちゃうかもしれないじゃない!!」


ユカリは早く暴れたいのか、はたまたお姉さんに言った手前に引っ込められなくなったのか魔獣討伐へと急ごうとする。

俺にとっては、別に今日一日で終わらせる必要など微塵もないのだが、ユカリのこの満ち溢れたやる気を落ち着かせるのも果たしてどうしたらいいものか…。


俺がユカリの対応に困っていると、背後から声を掛けられた。

「君たち、新人冒険者かい?何か困りごとかな?」

振り返るとそこには、全身を見るからに立派な装備で包んだ青年と、その後ろに3人の仲間と思しき人たちがこちらを見ていたのだった。



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