第4話 賢者の国『ゴワホイスト』
ベルマーさん曰く、このゴワホイスト王国と言う国は約300年前に大天使ミカエル様によって導かれた6人の賢者から始まった国とのこと。
賢者のうちの一人、『フェイ・フクラ』氏が国王となり、以降目覚ましい発展をもたらしてきたのだという。
現在の人口は約9万人と言われおり、工業や農業にも多くの力を注いでいる。
この辺りで既にあったいくつかの集落はこの国にほぼ完全に包含されたらしく、少なくとも人の往来がある距離圏内はこの国の管轄下にあるらしい。
ベルマーさんは他にもいろいろとこの国の歴史などを話してくれたが、正直さっさと国に入りたいという気持ちが湧いてきていて、それ以上はいまいち話が入ってこなかった。
ユカリはすでにつまらなさそうにしていて、たぶんほとんど聞いてない様子。
「あの時のフェイ様のお話は本当に素晴らしくて…」
「あのー…ベルマーさん?」
「うん?どうかしたかい?」
「その……俺たちそろそろ行ってもいいですかね?」
「…あぁー!すまない!!ちょっと気持ちよく話過ぎてしまったね!」
顔に片手を当て、やや大げさに「やってしまった」というポーズをとる。
「それじゃあ本題に入るけど、この国でのちょっとしたルールを教えておくよ」
ここでベルマーさんの雰囲気が少し変わったように感じた。
俺は気持ちを切り替えて、今度は真剣に彼の話に耳を傾ける。
「この国では『エル』と呼ばれる通貨が使われている。これはこの国で発行されているお金で国外では何の価値もないが、ここではどんな物とも交換できる『最も価値のある代物』と言えるだろう」
通貨と言えば、俺のような現代人には大体理解できるのだが、中にはそういった概念に疎い人間も少なくないためか、ベルマーさんは丁寧かつ簡潔に説明してくれた。
「逆に言うと、この国ではこの通貨が無ければほとんど何もできない仕組みになっている。だがこの国に来たばかりの君たちは当然そんなものは持っていないだろ?」
俺は無言で頷く。
「だからとりあえず、この国でお金を稼ぐ方法をアドバイスしておくよ」
ベルマーさんはそう言って、胸ポケットからメモ帳を取り出して何か書き始めた。
「この道を抜けて出た先は大通りに繋がっている。その道をまっすぐ進んで行くと大きな聖堂のある広場に出るはずだ。その広場の手前に大きな役所がある。」
彼は言いながらサラサラっとメモを書き上げてその部分を切って渡してくれる。
「役所には大きな看板があるからすぐにわかると思うよ。はいこれ」
メモには簡単に地図が書かれていて、今話してくれたことも要点をまとめて箇条書きされている。
「そこで入国者登録の手続きと証明書の発行をして貰うといい。どちらかが欠けるとこの国で働くことができないから必ず行うようにね」
俺はまだ一言も働くなどと言っていないのだが、もはや決定事項かのように話が進む。
とは言えわざわざここまで教えてくれたのだ。礼は言っておくべきだろう。
「わざわざありがとうございます」
「いやいや、これが私の仕事だからね。で、肝心の仕事なんだけど…」
仕事か。正直、俺もユカリもまともな仕事ができるかはちょっと怪しい…。
俺はあまり生身であることがバレるリスクのあることはしたくないし、ユカリはすぐに飽きて無茶苦茶にしそうだ。
「君たちみたいな旅の者には『冒険者』が人気だったりするんだがどうだろう?」
「冒険者?」
なんだかよくあるファンタジーアニメの職業みたいだが、まさかこの世界では結構普通にあるものなのだろうか。
ちらっとユカリの反応を確認してみると、彼女もちょっと興味を惹かれたようでまっすぐベルマーさんを見ている。
そもそも、国と言う体制があることが珍しいのだ。冒険者という職業だってきっと珍しいに違いない。
「冒険者って具体的に何をするの?」
ユカリが初めてベルマーさんに話しかけた。
「おぉ!お嬢さん興味があるのかい?」
「ま、まぁちょっとだけ…」
「いやーやっぱり僕の目は間違ってなかった。君たちのように森を抜けてきた人には期待しているよ。」
なるほど。
ここは森側の門だと言っていたこともあり、おそらくここに訪れた旅人には冒険者を薦めているらしい。
「あの森を抜けてくるってことは、多少の危険は対処できる力があるんじゃないかと思ってね。だから冒険者をお勧めしようと考えたわけさ」
「つまり冒険者は危険な仕事であると?」
「まぁそういうことになるね。ただしあくまで危険度は依頼内容によるから、ちゃんと自分で判断を間違えなければそれほど危なくはないはずさ」
少しあやしさも感じられるが、正直一般的に危険な仕事ぐらいなら割と問題ないような気がしてしまう…。
「それになにより報酬の受け渡しが早くて、高額の仕事も少なくない。危険であるということ以外は結構いい職業だと言われていてね」
ベルマーさんはプレゼンを終えると「どうだい?」と感想を求める。
危険な仕事なんてものは、基本皆やりたがらないのが常識であったが、この世界においての危険というのは意味合いが変わってくる。
痛みや苦しみを嫌う人はもちろん多いが、中にはそういったスリルを楽しむ連中がいるのも事実である。
―――どうせまた死ぬだけ。
その程度ににしか思わない人は少なくない。
そう言うことを思うと、逆に冒険者のような危険な仕事が人気になるというのもなんだか頷ける。
「俺はあまり危険なことはしたくないんですけど…」
俺はそう言って後ろで真剣に話を聞いていたユカリに目を向ける。
すまんなユカリ。俺はパスだ。
口には出さないが、心の中で謝罪する。
ベルマーさんもつられて彼女を見ると、ユカリは慌てた感じでこちらとベルマーさんをを交互に見る。
「な、なに?私がどうかした!?」
「あはは!興味がありましたらお嬢さんだけでもぜひ!」
うろたえるユカリの代わりに俺が答えておこう。
「考えておきます」
「そうかそうか。まぁ役所と同じ広場に『ナクア』という斡旋所があるから、気が向いたら行ってみると良い」
どうしてこの人が冒険者を薦めるのかはよくわからないが、少なくともユカリは楽しみにしているようだし多少検討してみる価値はあるかもしれない。
「それじゃあ私の役目はここまでですね。改めて、ようこそゴワホイストへ!!」
ベルマーさんはゲートの出口まで案内すると、俺たちの入国を歓迎してくれた。
「うっはー!やっと入れたわね!」
ユカリは思いっきり両手を上げ伸びをするように周囲を見上げる。
照り付ける光が煌々と降り注ぎ、そのまぶしさにはつい目を抑えたくなるほどだった。
眼前には広い道がまっすぐと伸びており、道行く人々は穏やかな様子でただただ平和な日常を過ごしていた。
建物はどれも立派で、壁と同じような石やレンガで作られたものもあれば、日本の木造建築っぽい家まで様々なバリエーションが並んでいる。
これほど街並みをまた見ることがあるとは夢にも思っていなかったこともあり、俺はしばらくの間感慨に浸っていた。
「お前、話しの間すごい退屈そうだったもんな…」
「だって、別にこの国の歴史なんて興味ないもの。それにそういうのはあんたの方が得意でしょ?」
「まぁそれは別にいいんだけど。あんまり失礼のないようにな」
「わかってるわよ!」
彼女はあまり人に合わせたりすることが得意ではない。
別に話すことが嫌いなわけではないみたいだが、思ったことを割とよく考えずにしゃべってしまうため、面倒ごとを避けるためにも人との対話は俺が担当することが多い。
「それで、これからどうするの?」
「一応ベルマーさんの言ってたとおり役所に向かおうと思うけど」
「そうじゃなくて、『ここで何するか』って話よ」
「あぁそっちか」
俺の目的は元の世界、つまり現世に戻ることではあるのだが、その方法や手掛かりについてはほとんどないに等しい状態だ。
唯一の希望は俺の能力『クローズドサークル』を向こう側と繋げることなのだが、俺自身がこの能力をうまく使いこなせていないせいか今はそれも難しい。
俺はこの自分の能力の事を…いやこの不思議な力そのものについて詳しく知ることが手掛かりになるのではないかと考えているのだが、そもそもユカリ以上にこの力に詳しい人には未だ出会えていないというのが現状だ。
「ここは今までの中でも特別に人が多そうだからさ。まずはここでの生活を安定させて、しばらく滞在しつつ情報収集していこうと思う」
「ふーん。たしかに人はたくさんいるみたいだけど、あんたが知りたいことを知ってる人なんているかわからないわよ?」
「それはそうだが、それでも探してみないことにはわからないだろう」
「ま、別にいいけど」
俺たちはその後も他愛もない話をしながら大通りを通り抜け、広場の一角にある目当ての役所にたどり着いた。
「ずいぶん立派な建物だな…」
そこには見事な日本建築の粋を集めたかのような建物が鎮座していた。
瓦屋根の平屋に近いが、シンメトリーになっている建物の中央部分だけは二階がある形になっていて、その上には大きな時計が設置されている形だ。
ところどころにある何か鳥のような彫刻が目を引くが、日本風な建造物でありながらも白をベースにした塗装を施されており、若干の西洋風な雰囲気も感じ取れる。
「とりあえずここで入国者登録をするわけだが…」
俺は後ろのユカリを見る。
彼女はここまで通ってきた大通りに並ぶ店…主に飲食店や屋台の類によって完全に集中力が散漫になっていた。
「えっと…悪いけどもうちょっと我慢しててくれるか?」
ユカリはハッとこちらを見る。
「な、なな、何を我慢するって!?」
「いやその…いろいろ気になる物はあっただろうが、今はまだお金がなくて買えないからさ」
「べ、別に食べたいものなんてないわよ…!」
食べ物とは一言も言っていないが。
「いや、どちらにせよ俺は食事が必要だからお金が手に入ったら行ってみよう」
「…そ、そうね。そうよね?うん、なら仕方ないわ」
俺のためと言う体で彼女は何かを決意したようだ。
「それでは書類のご記入が確認できましたので、こちらの機械に手をお乗せくださいませ」
俺たちは入国者登録の書類記入を済ませると、役人のお姉さんはそう言ってタブレット端末のようなものを取り出してきた。
「なんですか?これは」
「こちらの機械は、手をかざした方の情報を登録するためのものですね」
「情報…?そんなことできるならさっき書いた書類は何だったんだ…」
「もちろん先ほど書いていただいた『お名前』や『ご年齢』などで登録はいたしますが、あれはあくまで本国での便宜上の身分として記録するものになります」
「便宜上…?」
「はい。この世界では名前や年齢どころか、体や声すらも簡単に変えられてしまうことが珍しくありませんので、そう言ったものだけでは本人確認ができないのです」
なるほど。たしかにそういう力さえあればいくらでも他人に成りすますことができそうだし、国として機能させるためには本人確認はそれなりに信用できるものでなくてはならないのだろう。
「つまり、これは生体認証みたいなものということか?」
「ええそうです!あぁよかった。わかる方で助かります」
役人のお姉さんはかなりほっとしたように笑顔になった。
「たまにいるんですよ。いろいろ質問されるんですが、なかなかご理解いただけないバk―…」
コホンと咳払いをした彼女は、一瞬何か溜まったものを吐き出しかけたようだったがすぐに仕事モードへと戻る。
「とにかくこの機械を使って情報登録をすることで、個人を特定するための紐づけが可能になるのです」
正直俺もあまり詳しくはないのだが、世の中には指紋や目などで本人確認ができるという未来的なシステムが既に存在するらしいのだ。
こちらの世界ではすでに実装されているというのは驚きだったが、割と何でもありな世界だし深くは考えないでおこう。
「お二方は結構最近こちらに来られたのですか?」
「あぁいや、俺はそうだがあいつは違う」
俺と彼女は後ろの長椅子で暇そうに寝っ転がってるユカリを見る。
本当はあいつも話を聞いておくべきなのだが、書類を書いたり面倒くさいことがとにかく苦手なユカリは、あとは任せると言って開始5分で席を外してしまっていた。
「しかし、わからないんだが、指紋なんかじゃダメなはずの生体認証をこの機械でどうやってするんだ?」
待ってましたというようにお姉さんは機械について説明をしてくれた。
「正確には生体認証ではなく、『魔力認証』とうちでは呼んでいます。これはかざした方の魔力を読み取り、その魔力パターンを記録してくれる機械なんですよ」
「魔力パターン?」
「はい。ただ私は魔力については詳しく知らないので…、これを作った国王直属の開発からも企業秘密ということでこれ以上の説明はできないんです…」
よくわからないが、どうやら魔力からその人だけの固有の何か読み取ることができるようだ。
そしてその技術は国でもトップシークレットな情報らしい。
正直、うさん臭さはぬぐい切れないが、どうせこの国で生きるには必要なことみたいなので、俺たちはおとなしく魔力認証とやらの登録をすることにしたのだった。
「これが『みぶんしょー』ってやつ?」
ユカリは役所で発行されたカードをかざしてまじまじと見ている。
手続きが終わった俺たちはまた広場の方へと戻り、その辺を歩き回り始めていた。
「あぁ。この国で生きるためには必要なものらしいから絶対無くすんじゃねぇぞ?」
「わかってるわよ。何度もうるさいわね」
俺はどうしても心配になって、すでに3度目になる同じ注意をしてしまう。
本当は俺が管理してあげたいくらいなのだが、こればかりは俺が持っていても仕方ないものなので彼女自身に管理してもらうしかない。
「役人さん曰く、再発行はかなり面倒らしいからな。もしそうなっても自分でどうにかしろよ」
「ちゃんと肌身離さずしまっておくから心配ないわよ」
そういってユカリは服の懐にカードをしまった。
まぁこいつが持ってることはある意味一番安全とも言えなくもないし、俺もこれ以上は何も言わないでおくとしよう。
ひとまずこの国での滞在許可を得た俺たちは、これから生活をするための準備を始めるのだった。
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