第3話 樹海の先には
巨大熊との激闘からしばらくの時が立ち、俺たちはある国に滞在していた。
この国での生活にもちょっと慣れ始めたところで、今日も仕事終わりの楽しみである晩飯を食べに来ていた。
「お待たせしました。こちら焼うどんとオムライスになります。ごゆっくりどうぞー」
愛想のよいウェイトレスさんが頼んでいた品を運んでくれた。
この店には何度か足を運んでおり、あの人はよくこの時間で見かける気がする。そんなことを考えながらウェイトレスさんの後姿を見ていると、前から妙な視線を感じた。
「…どうした?ユカリ」
ユカリは問いかけに答えることもなく、スッと視線を逸らし焼うどんを食べ始めた。
マジでなんだったんだ…?
そうこうしているうちに、気づけばお店は客でいっぱいになり始めていた。
客は皆、同席者との会話をするため、周囲の雑音に負けじと声を張り上げる。
次第に店内はガヤガヤと軽い騒音とも言えるほどに溢れかえっていく。
俺もユカリもわざわざ大声で話したい内容も思い当たらず、俺は静かにオムライスを食べ進めていると、周りの客たちの話し声が耳に入ってくる。
「そういや、おい聞いたか?斡旋所の話」
「ん?あぁ、『
「なんか最近噂になってんだよ。討伐依頼をありえないスピードでこなすやつがいるとかって話でさ…」
「討伐依頼っていやぁお前、国の近隣に出没する魔獣退治とかそんなんだろ?」
「そうそれそれ」
「ありゃあ相当に準備した上で、手練れを何人も集めてようやくどうにかなるかって依頼だって話だぜ?」
「そうなんだがよ、噂じゃその討伐依頼を片っ端から消化する二人組がいるとかで…」
「はぁ!!?二人???」
「あぁ…」
それを聞いた男はがっはっはとでかい声で笑い飛ばした。
しばらく笑い続け、ようやく笑いつかれたように話をつづけた。
「いやぁ…お前、その二人組ってのは見たのかよ?w」
「いや俺も話に聞いただけだけど…」
「じゃあ、からかわれたんだよwお前はそういうのすぐ信じるからよー」
「だがよ!俺もバカな話だと思ってたんだがよ。試しに討伐依頼を検索してみたらよ…」
さっきまで笑っていた男も話が進むにつれ、だんだんと冷静に耳を傾け始めた。
「明らかに減ってんだよ。ちょっと前まで山ほどあった討伐依頼の数々が…」
それを聞いた男は信じがたいと感じたのか、難しい顔をして考え始めた末に一つの答えを出した。
「そりゃあれだ。単に依頼が取り下げられたんだろ」
「依頼の取り下げ?」
「あぁ」
もうこれしかないだろう言わんばかりに、男は自信満々に説明する。
「考えてもみろ。ここらで討伐依頼をまともに達成できるのなんて『デッド・バイ ・トワイライト』くらいのもんだろ?」
「まぁそうかもな…」
「つまり、やつらが断念、もしくは依頼の受注を拒否した時点で誰も達成できないということになる」
「なるほど」
「だから、その時点で依頼主に報告が入って依頼を取り下げられたって寸法よ。どうだ!?」
「じゃあ結局、依頼主が諦めただけってことか」
「そういうことよ!」
男の仮説を聞いたそいつは、納得した様子でお前頭いいな!などと言いながら笑って話を終わらせにかかっている。
結局のところ彼らにとって、単なる都市伝説くらいのノリで片づけられてしまうほどの突拍子もない話なのだ。
まぁ実際その噂の二人組は、案外近くで聞き耳を立ててたり、焼うどんを口いっぱいに頬張りながら、未知との遭遇にキラキラと目を輝かせていたりするのだが。
それから他に、どこかの森に恐ろしく巨大な魔獣が出るとか、恐ろしく素早い盗賊が出没するなどといった噂も聞こえてきたが、これと言って興味を惹かれるような話はなかった。
俺はオムライスも食べ終えて、そろそろ店を出ようとユカリに促してみた。
「もうちょっとまって。今メモしてるから」
ユカリはさっき食べた焼うどんの材料と、おおよその作り方を予想したものをメモ帳に記している。
「…ベースの味付けは醤油?いやちょっと違う、別のソースかしら…?小麦粉を使った太めの麵を焼いてるわね。野菜は…」
良く聞こえないがブツブツと何やらつぶやいている彼女を、どうにか連れ出して店を出ることに成功した。
宿へと向かう帰路の途中、この国の中心とも言える聖堂から一日の終わりを告げる鐘の音が、ゴーンゴーンと響き渡っていたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
遡ること数日前。
俺とユカリは長い長い森を抜け、だだっ広い草原を小さな川と平行に歩き続けた先で、『ゴワホイスト』という国にたどり着いた。
二人で旅をしていくつかの村や集落を巡ってきたが、国を名乗るほど人の多い場所はここが初めてだった。
「うっわー!高いわねー…」
ユカリは4~5mほどあろう国の入り口にそびえる壁を見上げている。
初めて見る大きな建造物を前にしばらく「はえー」と口を開けたまま、入り口を探してゆっくりと壁沿いに歩を進める。
石造りでできた壁の途中に、これまた大きな木製の扉が備え付けられているのが見えてきた。川にかかった橋の先にあるそれは、俺らの侵入を妨げるような意味合いは持っていない様子で、大口を開けたまま長いこと放置されている印象を受けた。
「あそこから入るの?」
「あぁ、たぶんな」
「…巨人でも住んでるのかしら?」
「いや、それは……どうなんだろ」
この世界ならあるかもしれないという感じがして完全に否定しきれなかった。
「あるいは逆に巨人を寄せ付けないための壁とか…」
「それは人類が支配された恐怖を思い出しそうだな」
「???」
ユカリは説明を求めるようにこちらを見るが、俺はこれ以上この話を広げないように話題を変える。
「この橋もなかなか丈夫で立派だな!これも石でできてるのかー」
露骨に逸らしたことで説明をはぐらかされていることに気付いたのか、ユカリはちょっと不機嫌そうにジトっと睨むがすぐに気を取り直す。
「橋って木でできたやつ以外見るの初めてだわ。石の橋ってのも結構普通なの?」
「まあそうだな。むしろ場所によっては石橋の方がメジャーかも」
「へぇー」
ユカリはなんだか分からないが楽しそうに橋を踏みしめて渡って行った。
俺がこの世界のことをよく知らないように、彼女もまた常識に疎い事がしばしばある。
踏み込んだ話をするタイミングがわからずに、彼女の過去についてまだ深く聞いたことがないまま今日まで来ている。
いい加減もう少しお互いの理解を深めるのもありなのかもしれない。
そうこうしてるうちに俺たちは大きな門扉までたどり着いた。
空きっぱなしの門の向こう側は一本の短い通路になっており、ここからでは街の様子はよく見えない作りなっている。
人気のない通路を進んですぐに、俺たちは横から声をかけらた。
「お二人さん。見ない顔だねぇ」
振り向くとそこには、中年のおじさんが一人立っていた。
おじさんは警備員だか警官のような恰好をしており、いかにもこの門の出入りを監視しているぞという出で立ちである。
「君たちは旅の者かね?」
「…はい。そうですが」
「おーよかったよかった。間違えていたらどうしようと思って怖かったよ」
警備員のおじさんはハッハッハと笑った後、帽子を掴んで軽く会釈をしながら挨拶を始めた。
一瞬怖い人かと思ったがどうやら気のせいのようで、おじさんは陽気で且つ丁寧に挨拶をしてくれた。
「私はここで門番をしている『ベルマー』と言います。以後お見知りおきを」
「あ、これはご丁寧にどうも」
「ここは『ゴワホイスト王国』といって、この辺りじゃ一番大きいそれはもう立派な国なんです!」
「なるほど。確かに、俺もこれほど立派な門を見るのも初めてですよ」
「そうでしょう!!!」
門を褒めると、ベルマーさんはニッコニコで俺の手を握ってきた。
「いやぁ話の分かりそうな人が来てくれてうれしいよ!!ここに来る人は大抵、気性の荒い人だったり、無口で喋らない人ばかりでこのところあんまりおしゃべりできなかったからねぇ」
「そうなんですね」
「私も長いことここで番をしてるんだけどね。そもそも人が来ること自体が珍しいから、来ない日は一日中ただここで待機してるだけの日もあって……」
「え、ちょっと待ってください。ここってそんなに人が来ないんですか?」
「あぁそうだよ?ここは他の門と違って外が未開発の土地だからね。危険な森も近いし普通の人はここの門から出入りすることはないんだよ」
「ここ以外の門があるのか?」
「うむ。中央都を囲うように大きな塀があるんだが、その中にいくつかの門があってそれぞれで私のような門番が監視しているんだ」
「監視ですか」
「はは。そんなに身構えなくても大丈夫だよ。よほどじゃ無ければ通行禁止になんてならないから」
「…はぁ」
ベルマーさんは俺の不安を読み取ったのか、先回りするように補足してくれた。
「ちなみにここ以外の門は、中央都を抜けた先も大体が既に開拓済みか開拓中の土地だからね。都内ほどじゃないが人もいるし、多少は安全も確保されているよ」
「外にもまた塀があるのか?」
「いいや。これほどの塀は外側にはないよ。せいぜい木の柵があったりする程度だね」
つまり最悪の事態は起こりうるのだろうが、それはこの世界のどこにいても同じだしあまり気にすることでもないか。
「でも心配はいらないよ!この国には人がたくさんいるから、皆が力を合わせればどんな魔獣であれどうとでもなるさ!!」
「へぇ…」
「あんまり響いてなさそうだね…」
ベルマーさんはちょっとわざとらしい感じでしょんぼりした。
「あー…いや、えっと…しかしでも、そんなに人が集まってるのも珍しいですね!とても賑やかそうで楽しみです」
俺はとりあえず話を終わらせつつ、国に入ることをほのめかすことでこの場を治めようとした。
するとベルマーさんは目を輝かせた。
「いやそうでしょう!そうなのさ!これほどまでに国としての成長を遂げられたのも、皆先人たちの知恵と努力の賜物で…」
そしてベルマーさんのまた長い話が始まる…
もとい、親切にこの国についていろいろ教えてくれたのだった。
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