第40話 その名はクレオパトラ

 それほど広くはないお屋敷の廊下を姫騎士様の後ろに続いてリアちゃんと二人で進む。

 なんとなく無機質な感じの通路が学校の廊下みたいだ。


「父上、イシャのヒカルと薬師のリアを連れてまいりました」

「ああ、入ると良い」


 扉の前でメイドさんが待機してるなどと言うことはなく普通にドアノブをひねって扉を開けるカロリーヌ嬢。

 ああ、いまさらだけどドアノブ、日本だと一般的だった丸くて握るタイプでも横に伸びてて下に押して開けるタイプでもなく『下にぶら下がった棒を横にひねって持ち上げる』タイプだ。

 あんなに丈夫そうでも硬そうでもないけど『古い金庫みたいなヤツ』で伝わるかな?

 リアちゃん家の扉も引き戸以外は全部ソレだったからこの国では一般的な物なのだろう。

 部屋の中には『あれ?この人本当に姫騎士様(ゴリラ)のお父さんなの!?』って感じの紳士的な雰囲気の男性が一人。耳のあたりの髪に白いものが見えるし年齢は40歳くらいだろうか?


「トリヒータヴィンデ子爵閣下、お忙しい所いきなりの来訪によりお時間を割いて頂きました事にお礼を申し上げます。先程姫様にご紹介頂きましたヒカルでございます」

「り、リアです?」


 この国の挨拶なんて知らないし地球の国ならだいたい頭を下げれば失礼にはあたらないのでそのまま斜め四十五℃、最敬礼をする。あとどうしてリアちゃんは疑問形なのかな?


「ほう・・・いや、構わんよ。何と言っても娘の恩人だからな、こちらこそ礼に伺わなければならぬ立場、来宅を歓迎しよう。ああ、公の場では無いのだからそれほど硬くならずとも構わない、頭を上げてそちらに掛けたまえ」

「ありがとうございます。申し訳ありませんが私も連れの者も平民の出でありまして貴族様に対する一般的な礼儀作法をわきまえておりません。何か無作法ございましたらお叱り頂ければ幸いでございます」


 一応これだけは言っておかないとね?大丈夫だとは思うけどいきなり「無礼者!!」とかキレられたらたまったものじゃないからさ。

 長椅子の右に座る俺。いや、リアちゃん、そんなにくっついて座るもんじゃないから、普通にちょっとスペースを開けて座って・・・何故かその隣、一番左に腰をおろすここん家の娘さん。どう言う並びだこれは。

 お向かいに座る子爵様も娘さんの奇行にちょっと困惑顔である。


「さて、まずは父親としての礼から言わせてもらおう。やんちゃ娘の怪我、それも命に関わるほどの大怪我を治療してもらったようだな。礼はなんなりと・・・と、言いたいところなのだがそれほど余裕のある領地では無いのでな、お手柔らかにお願いしよう」

「感謝のお言葉、ありがたく頂戴いたします閣下」


 部屋に入ってきた時から感じていた値踏みをする様な表情から少し柔らかい顔になった子爵様。なかなかのナイスミドルである。どうしてこの父親から(ry

 ちなみにお礼を言われているのは俺だけど頭を下げているのも俺だという。


「あれだ、その閣下と言うのは勘弁してもらいたいな。領地持ちとはいえどもこの様な辺境領主、それほど尊大に振る舞える位でもないのでな」

「かしこまりました、ではご領主様とお呼びさせていただきます」


 てな感じでお互いの距離感をイマイチ掴めないまま本題に入る。

 娘さんの怪我の状態から始まり治療方法、娘さんが食べた料理やその食材、このお屋敷でもその料理は再現できるかなどなど・・・。

 うん、非常にやりにくい相手だなこの人。お貴族様なのに平民相手に特に威張ることもなく先に報告として聞いてあった事を自分の中で消化して細かい質問をしてくる。

 そこは偉そうに「で、あるか」とか「良きに計らえ」で済ましてくれればいいのにっ!


 そして話はまだまだ続く。

 娘さんの話からリアちゃんの話、住んでいた村の話やお師匠さんの話になる。村長家族の話になった時は微妙に顔色が変わってたけど特に問題のある話ではなかったのでそのまま俺の話に。

 ・・・そう、俺の話になったんだけどさ。さすがに正直に「オレサマ、チキュウカラキタ」なんて言えないじゃん?おそらくは通じないだろうし『もしも理解されたら』間違いなく碌なことにならないし。


「私は旅人・・・というより半ば迷子の様なものでして。隣の彼女に助けられるまでは森の中を彷徨っておりました。そしてその森に辿り着いたのも妙な形の石塔に触れた途端知らない場所に立っていたからでして・・・。出身地はアキツシマのサクラノと言うところなのですがご存知ありませんでしょうか?」


 他にも転移とか転生とかした人がいたかもしれないので『日本』とか『大和』とか言っちゃうとバレるかもしれないからね?そう出身地は『大倭豊秋津島(おおやまととよあきつしま)』、古事記でもちゃんとそう書いてるんだからまったく嘘はついていないのだ!


「ふむ、山の中の石塔・・・ああ!もしかしてそちらの薬師の師匠と言うのは『クレオパトラ』か?」

「はい、お師匠様の名前は確かにクレオパトラでしたけれど・・・ご領主様はお師匠様をご存知なのですか?」

「名前くらいしか知らぬのだがな、私の祖父がこの領地を治めていた頃、その者と同じ様に森の中にある石碑の前にいきなり現れたらしい・・・と、祖父の日記で読んだことがある」


 それはまた何とも・・・てかクレオパトラって何だよクレオパトラって!間違いなく偽名・・・いや、もしかしたらこの国では一般的な名前ってこともありえるのか?

 あと勝手に爺ちゃんの日記を読むのは止めてさしあげろ、天国で羞恥に転がりまわる様な事が書いてあるかも知れないし。

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