戦乙女の奇行(ワルキューレと言う名の……)

第33話 医療とスプラッターは紙一重……

 屋敷内での畑仕事――植えたい作物を設定後に指定してある範囲を鍬で耕すだけ――も終わってるので今日も今日とて離れの小屋で棍棒を量産する作業に勤しんでいた俺の耳に入った大きな声。

 もちろん鮮明に聞き取れたわけじゃないんだけど『王国』とか『領主』とか『子爵令嬢』とかちょっとこのままスルーするわけにもいかない単語が混じっていたので仕方なく、そう、仕方なく小走りで早急に門まで向かう俺。

 だって子爵令嬢だよ?お貴族のお姫様だよ?あと名乗りを上げててのもちょっとハスキーな感じだったけど間違いなく女の人の声だったしさ。きっと、たぶん女騎士様だよ?


「俺の異世界生活いよいよ始まったか!!」


 とか考えながら、顔を少し(少しとは言っていない)ニヤけさせながらも門扉をちみっと開いて外の様子を見ると……うん、お馬さんに乗った鎧姿の騎士っぽい人が四人と、大八車の様な荷車に横たえられているこちらも騎士様だろうか?

 纏っているサーコートが大きく裂けてそこからかなり大量に出血しているみたいに見える。てか『リアル貴族令嬢様とリアル女騎士様とお近づきに』なんて呑気に構えてる場合じゃねぇなこれ!?


「リアちゃん!大怪我をしてるらしい方が一名!大至急手当を!」


 慌てて屋敷から出てくるリアちゃんを目の端で確認した後、大八車を牽いてきた村人から車を受け取り屋敷の中に引き入れる。

 ちなみにその村人たちはこれで仕事は済んだとばかりに早足で帰っていった。


「大きい声で一体何事なんですか!と言うか何です?怪我人って……ものすごい血が出てるじゃないですか!とりあえず奥、いえ、広間の机の上に寝かせて鎧を脱がせてください!」


 指示通りに広間――いつもごはんを食べてる机の上に騎士様を寝かせて鎧を脱がせようと……いや、鎧、全身を覆う鎖帷子の脱がせ方なんて俺に分かるわけ無いだろ!とりあえず息苦しくならないように頭からバケツだけ外しておく。


「くっ、殿方にこの様な無様な、あられもない姿を晒す羽目になるとは……」

「言ってる場合ですか!騎士様、鎧を早く外して差し上げてください!リアちゃん、俺はお湯を沸かしてくるから!」

「えっ?この非常時にどうしてお湯なんです!?」


 どうしてって煮沸消毒したお湯が……あれ?そういえば消毒液とか無いよね?高濃度のアルコールとか?


「えっと、傷口を洗い流すのに消毒用の薬品とか無いのかな?」

「何を言ってるんです?傷口を洗うのはお水でしょう?」

「戦場では馬や人の尿などをかけたりもするがな!」

「な、ナターリエ……さすがにここは戦場ではないのだから……」


 あー、怪我の治療法がほぼ戦国時代かー……。

 もし傷口に馬の糞とか塗り込んであったら対処のしようが無いぞこれ。


「じゃあ裏から水を汲んできますね!」


 てか井戸で水を汲みながらふと思ったんだけど『治療魔法』が使える人ってそんなに居ないのかな?

 もちろんこんな田舎の村にはいないだろうけどさ、騎士様なら一人や二人は使えそうじゃない?イメージとして。



 水を汲んだ俺が広間に戻った時には既に騎士様の鎧、チェインメイルは外し終わり、鎧下も脱がされていたんだけど……お腹、場所的には盲腸のある部分、右側の下腹部が大きく引き裂かれていた。

 てかこんな所に水をぶっかけるとか完全に殺しにかかってるとしか思えないんだけど……。


「リアちゃん、少しだけこっちに」

「……はい」


(なんて言うか……アレって薬でどうにかなるものなの?)

(どう考えてもどうにもなるはずがないでしょう!)

(なんかこうむっちゃ効く水薬があったりとか回復魔法が使えたりとか?)

(そんな能力があったらこんなクソ田舎で薬師なんてしてませんよっ!!)


 ですよねー……。


 鎧を脱がすまではここまでの怪我だとは思っていなかったのか怪我をしてる女騎士様もお供の女騎士様も全員顔面蒼白となっている。


「薬師殿、姫様の治療は……」

「さすがにここまでのお怪我をどうにか出来るのはわたしの様な田舎薬師ではなく王都にいらっしゃる神官様だけだと思います……」

「そうか……うう……殿方に乙女の柔肌を晒したと言うのに……治療は無理か……」


 あれだけお腹がぐちゃぐちゃだと現代日本の医療技術でもどうにもならんだろ。

 明石ちゃんかおっぱいさんが居てくれれば魔法で治してもらえたかもしれないし、ゲームの中なら死んでない限りどんな怪我でも治療出来たんだろうけど……。


 ……

 ……

 ……


 うん?ゲームの中?少なくとも今、俺だけは『スターワールド』の世界で生きてるんだよな?

 ならあのくらいの怪我なら、少なくとも死んではいないんだから治療(薬を使ってゴソゴソ)すれば十日も横になってれば治るんじゃないのか?

 問題はその『治療に使う薬』が現地産の薬草を使った毒々しい色のアレしかないことだけど。


「騎士様!」

「……どうした?」

「このままでは、騎士様のお命は、その、長くは持ちません!」

「そうだな、自分でも怪我を目にした途端に体が手足の指先から冷たくなっていくのを感じるからな」


「で、あるならば、私に騎士様のお命を預けて頂けませんか?まだ完成してはおりませんが、もしかしたら私の作った薬ならば傷を塞げるかもしれませんので!」

「なっ!?その様な薬があるなら早く使わんか!!」

「ナターリエ、少し落ち着け……よかろう、そなたにこの生命を預けよう、そしてもしも私の命がたすかったあかつきには……」


 よし、本人から言質は取った!

 早速リアちゃんと二人で俺が薬草から精製した塗り薬を倉庫から持ち出し騎士様のお腹……潰れた内臓に指で塗り込んでゆく。

 うううううう……怪我をしている騎士様には申し訳ないけどグチャッとした感触が非常に気持ち悪い……そして一応手洗いはしたけど消毒もしてない指で腹の中を弄くり回すとか正気の沙汰じゃねぇな……。


「おい、お前、それは本当に薬なのか!?どう贔屓目に見ても毒にしか見えぬのだが!?それを塗る度に姫様がビクビクと痙攣しているではないか!!貴様、もし姫様の命を奪う魂胆であったのならば」

「そもそも放って置いても助からない方を殺す、それも毒殺するとか何の意味もないでしょうが!ゴチャゴチャと口出しして治療の邪魔をしないでください!」


 まんべんなく、傷ついた内臓、外気に晒された傷口にも塗り薬を大量に塗り込む。


「リアちゃん、針と糸ってあるかな?」

「もちろんありますけど……どうするんです?」

「もちろん傷口を縫うんだけど?」


 室内の全員の顔が再び蒼白となった。

 いや、傷口を縫うくらい内臓を指で弄り回す事に比べたら大したインパクトはないだろう!

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