第2話 そもそも

 今回の任務の目的。それは、過去行われていたとされる”非人道的人体実験”の実態を調査するためだ。

 教団の守りは固く、本土政府がいくらあらゆる策で突いてもそれをものともせず、むしろ逆に弱点を突かれあわや上の首がいくらか飛びかけたこともあったらしい。

 ……こう事実を並べると、自分の所属している所のポンコツ具合が露呈してしまうのはいささか苦いものがある。それでもモラリズムに則った組織であることは間違いないし、どんな任務でも局員含め死傷者はゼロに抑えることが大前提のルールだ。そのルールはたとえ相手が凶悪犯であろうとも適用される。

 そんな前提がある組織だからこそ、今回の任務にはかなりの時間と人脈、お金や情報などなど。組織に存在する中で今回の任務に有用なものすべてをつぎ込んだらしい。簡単に言えば大規模な潜入ミッションというわけだ。コレに成功しなければ組織の進退が危ういとも言われている。

 組織……というか本土政府がこれほどまでにこの人工島、というか教団に固執する理由は俺にもわからない。上官に聞いてもはぐらかされて終わりだ。非人道的な人体実験というのも、具体的にどんなことなのかは聞かされていない。ただ、相当なことをしたんだろうという予測は付く。俺がこのミッションに参加したのは、その手柄分でもらえるお手当が目当てだ。ここで大きな手柄を立てればお金が大量に入ってくる。そうすれば、俺の願い……生き分かれた両親を探すことも現実的になってくる。

 だからなんとしてでも、このミッションで大手柄を立てなければならない。

 ならない、のだが……

「……ヤバいな」

 そこらへんを歩いてみて、わかったことがある。

 この島、上空映像でみた推測サイズよりもかなり大きい。いくら歩いても草原が続くばかりだ。景色が全く変わらない。

 一度森のような場所に入って、抜けたらまた草原だ。街らしきものが見えないというか、人体実験のじの字もなさそうだ。

(……時間は、上陸してから三十分。こんなことなら臨時協力者にチップ渡してガイド頼むべきだった……イキった結果がこれだ……)

 ぐるるるぅ~……

 お腹の虫も大合唱。上陸する前に軽食を摘まんできたが何せ高速ボートで本土から二時間の距離。コンビニおにぎりだけの朝ごはんは流石に腹持ちが悪い。

(……これ以上腹を空かせて飢餓で倒れるのは流石に情けない。動かない方が吉なんだろうけど……フィールドワークも任務の一つだからなぁ……歩き回ってのマッピングって。まぁ俺の任務にも必要だからそれはいいとして……はぁ)

 鳴り響くお腹の虫のレゾナンスを体育座りで抑えながらふかふかの草の上に座る。ふわりとそよ風が吹いた。

(……風、それにこの感触、人工芝じゃない。さっきの森もそうだけど海上でこんな自然的な緑を作り上げられるのか?それも国際的な組織でもない、ただの宗教団体が……手入れや維持にもお金がかかるはずだ。どこかでお金が循環するシステムが組み上がっているのなら……それはもう、一つの国家だ)

 スマホを取り出し、メモアプリを起動する。

 気付いたことをまとめながら、改めて見返す。やはりただの宗教団体ではない。何かしらのバックがあるとみて間違いはないはずだ。

(……考えられるのは三つ。一つ目はでっかい後ろ盾が数枚あるか。二つ目は零細の関連組織が数えるのも面倒なくらい存在しているか。三つめは……ありえないことだけど、この人工島ですべて完結しているか)

 組織が面倒がりそうなランキングで言うと、一番厄介なのは二つ目だろう。人員と時間が湯水のように溶ける。一個一個潰さなければ核心部分に突けないという最悪なケースもまたあり得るからだ。

「そう考えると……一番楽なのは自己完結だった場合だなぁ……でも教団も一枚岩じゃないだろうし……うーん……」

 ひとしきりまとめ終わったところで、現状を振り返る。

 お腹が減って力が出ない。以上。

(俺の異能力じゃ、こんな時どうにもならないのがなんとも……でも愚痴ってても仕方ない。歩いて人を探さないと……って、それで今迷ってるんだった)

 自分も組織の事を言えない身だった。

 自身の情けなさを心の中で自虐していると、足音が聞こえて来た。

「えっと……」

 女の子だ。何かを探しているようで水銀色の長い髪を左右にゆらゆらと揺らしている。首元には白いスカーフ、というかマフラーが巻かれている。

(背格好的に、同年代かな?)

 ちらりと横目で見る。

 何かに気付いたようでこちらに振り返ってきた。

(目線に気付いた?!ちらっと見ただけなのに)

「あ、いたいた!あなたが、外から来た方?」

 そう言って、体育座りする俺に手を差し伸べてくる。

「あ、あぁ……えと、君は?」

「ん?わたしはサレン。【𩿎宙あそら サレン】って言うの!よろしくね!」

 手を握って引っ張り上げられる。まぁまぁ力がありそうだ。

 人の良さそうな笑顔で上目遣いで見つめてくる。

(顔綺麗だなぁ……童顔というやつか)

「ねね。あなたの名前は?」

「俺は粕谷。粕谷 京谷。呼びやすいように呼んで」

「んー……それじゃぁ京谷君だね」

「距離の詰め方凄いね……?」

「そう?でも同年代か一個上っぽいし、いいかなって。それとも敬語の方がいい?」

 不安そうな顔でこちらを見上げてくる。こう立ってみてみると結構身長小さい。

「いや、助かるよ。よそよそしくされるのがなんだかんだ面倒だ」

 そう答えると、ぱぁっと顔を晴れやかにする。どこか安心したようにも見える。

「よかったぁ!髪で表情見えないからちょっと怖くて……」

「あぁ……まぁいろいろあって。ところで𩿎宙はどうしてこんなところに?」

「サレンでいいよ?」

「流石に出会ったばかりの女子を呼び捨ては恥ずかしいって言うか……」

「もぅ。男の子だなぁ……。何でって言ったら、おつかいだよ。京谷君を探しに来たんだ」

「俺を?」

「うん。シスターがお客様がもしかしたら森で迷子になっているかもしれないって。写真といっしょの長い前髪だからわかりやすかった!」

「そ、そうなんだ……印象前髪だけかぁ……」

「あはは……」

 苦笑い。なんだか申し訳ない。

「ちなみにシスターってことは……教会、ってか街があるの?」

「そりゃそうだよ~?わたし達が住んでるんだもん」

「……ちなみに、どっち?」

「案内するから安心して。ほら行こ!」

 そう言って、小さく駆け出した背中を見つめる。揺れるマフラーを目で追うと、確かに小さく街が見えた。

 窪みの中に街があるような、そんな感じでレンガ造りの街並みが広がっている。

「……マジで街あったわ」

 背中を追いかけながら歩みを進める。

 どうやら俺は三十分もの間森と草原を行ったり来たりしていたようで、ちなみに草原も森も街と比べるとそこまで広くはないそうだ。

 恥ずかしい限りである。このことは上官には黙っていようと心の中で誓った。

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