43_『あなたを守るために』

「ナイス、カルカさん!」


視界の端、リカバリーされたベラのミス。

フォローしつつ、スイは片手に携えた剣を握り直した。


「くっ……! なんだ、お前らは……!」

「それはこっちの台詞よ!」


振るい、斬る。

ダメージエフェクトと共に拡散するポリゴン片の向こう側、未だ残る敵。

未だ弓を携えていた。その直線上──射程にいるのはスイ自身。


「っ!」


味方の影に隠れてでも一人をキルしようとする──凄まじい執念だ。

しかし、スイの刃はその距離では届かず。

矢がライトエフェクトで満ちる中、一発受けるのは確実──と、思われた時だった。


「オブジェクト──《スチール・ブレード》、実体化!」


一振りの剣が、スイの真正面を横切った。

そちらを見やると、右手でメイスを握りしめ、左手でウィンドウを操作するベラが。


──パシュッ!


放たれた矢は剣に遮られ、スイまでは届かず。

たった今矢を射たプレイヤーはクールタイムの最中、それならば隙だらけだ。


「やああああっ!!」


木を足場にした跳躍、駆け抜ける紅い閃光。

ライトエフェクトを放つ剣をスイは振り下ろす。


──パキィン!

今度こそポリゴン片の向こう側には誰もおらず。

ともすれば、周囲を見渡してもそれは変わらない。


「……ふぅ」


降り立った大地で仮想の汗を拭う。どうやら討伐は完了したようだった。

キン、と。鞘に挿した剣が澄んだ音を立てる。


「──どうして二人を使った? そもそもアンタらの目的は何だ──こんな大規模なキル、一体何のために……」


スイはカルカと一緒。ベニー&ライラも無事。

全員生存という結果に、スイは思わず安堵の息を吐こうとして。しかし、まだことは済んでいなかった。

ライラに強く迫るカルカの姿がそこにはあったから。


「そいつは、そこの嬢ちゃん二人にはもう教えた。つっても、クエスト状況が更新された以上、その限りじゃないがな」


大仰な動き、しかし手にはボウガン。

一見自然体でいるように見えるものの、明らかな交戦体勢。そのまま、ライラはスイたちにも向き直る。


「嬢ちゃんたちには世話になった。だが、ここから先、何かをしようったら──」


肩口までで構えられたボウガン。

その先がメイスを構えきれていないカルカを捉える。


「撃つ。要するに、追っては来るな」


ベニーを伴い、ライラはその場を後にする。

その背に一太刀を浴びせたっていい。しかし、そうしてしまえばタダじゃ済まないことをこの場にいる全員が知っていた。

やがて、その背中が見えなくなってから、ぽつりとカルカは呟いた。


「私がいる。もう問題はないさ。──帰ろう」



◇ ◇ ◇



「──それで、聞かせてもらおうか。今回、こんな無理をした理由、そして、この間コリスさんたちに嘘を吐いた理由を──ベラ」


時間が時間だからか誰もいないギルドホーム。

わなわなと震えるベラの肩。それを支えるような形で、スイたちはカルカの前に立っていた。


「……欲しかったから。カルカねぇの武器……!」


ベラが振り絞った声。それを聞いた瞬間、カルカは目を見開いた。


「強くて、カッコよくて……ベラねぇは僕の憧れで……だから……っ」

「ベラ……」

「……でも、みんなにも……カルカねぇにも散々迷惑かけちゃったから。もう、ここには──」


ここには来ない、と。

その先に続くであろう言葉。果たして、それは遮られた。


「……ちゃんと皆に謝ること。私から求めることはそれだけだ。それに──去る者は未界域までも追いかける。それがウチのモットーだからな。ベラ、アンタは逃さないよ」

「カルカねぇ……!」


ひしと抱きつくベラ、その背を撫でるカルカ。

そんな二人の様子を見て、ようやくスイは胸を撫で下ろした。


「ところで、カルカさん。どうしてアタシたちの居場所がわかったんですか?」

「ん、ああ。フレンドマップだ。まあ、たまたま私がログインしていた、というのが一番大きいが……細々としたことはおいおいな。──それじゃあ、行くとしようか」

「どこにですか?」


スイの質問に対して笑みを浮かべるカルカ。

どこか茶目っ気のあるその表情と共に彼女は告げた。


「決まっているだろう? 私の店だ」



◇ ◇ ◇



「……ふむ。二人共【グロウ・ウルフ】が基盤、と。短剣にも直剣にも使えるものだ、良いチョイスだな」

「ほんとっ……!?」


褒められたからか、頬を赤くするベラ。

というよりも、先程から彼女はずっとそんな様子だった。

ようやく憧れのカルカ製の武器を手に入れられるのだから、無理もなかったが。


「ベースとなる武器は預かっておく。二人共そこで待っててくれ。完成までは少し時間がかかるからな」


二人の武器を持っていくと、カルカは裏に引っ込んでしまった。

足元には武器が散乱しているカルカの店、当然座れるわけもなく、スイもベラも二人共立ちっぱなしだ。

それゆえか、微妙な気まずさが二人の間には充満していたけれど。


「……あのさ、スイ」


ちょん、と。ベラの指先がスイの手に触れた。

仮想のものであろうとも、未だ小さい体ゆえか高い体温がじんわりと広がっていく。


「──今日は、ありがとね」


昔から握ってきたものよりも少し大きい手で。

触れ合えなかった一年間、見失ったの姿。


「……別に。良いわよ、アタシがやりたかったことだから」


その笑顔が見られただけでも十分だ。こうして喜んでくれるだけで、翠黄だって嬉しい。

との間で紡いできた関係性に近しいものが、取り合った手と手の間にはあった。


「二人共、完成したぞ」


しばらくして戻ってきたカルカ。

その手にある二つの武器。


「まずはこいつ──《エスパーダ・セズール》。STR筋力VIT正確性特化。HPにも補正がかかる。スイ、前衛で戦うアンタにはピッタリだ」


仄かに熱を感じる剣。

その刀身は以前のものよりも更に広がっていて、柄の部分もグリップが施されている。

そのおかげか、そこまで重さは感じない。


「一撃を更に重くする……ってわけね?」

「その通り。大事に使ってやれよ? そして、ベラ──アンタの武器は──」


牙のような湾曲した刀身。

鋭利に研ぎ澄まされた先端とかえしのついた側面。

ひと目見ただけでも高い殺傷力を持つ、と。そうわかる短剣がそこにはあった。


「──《ファング・オブ・モルドー》。VIT正確性AGI俊敏性特化。【ウルフ】の牙、【リザード】の爪、双方の特徴を詰め込んだ武器、私の自信作だ。受け取ってくれ」


おずおずとベラは短剣を受け取る。

その感触を確かめるようにして、握り、次に軽く振り、最後には胸に抱いた。


「……いいの?」

「今更返してくれったって、無理な相談だろ? そんな大事そうにしちまってさ」


そこで自分がどれだけ短剣を大事そうに抱きしめていることに気がついたのか、ベラは耳まで顔を赤くした。仮想空間では感情が普段よりも大げさに出る。その弊害だ。


「まあ、結果オーライだ。こうして二人共、戦力の補強もできたことだし──」


ただ、スイとベラ。危険区域である森で得た強力な素材を用いた武器、二人分の作成。それは大きな一歩だ。

今しがたできたばかりの武器を手にする二人を前に、カルカはぽつりと零した。


「──未界域も、あながち遠くないのかもしれないな」



◆ ◆ ◆



「良かったぁ」


体を起こすと少女は口にする。

手には外したばかりのヘッドギア、仮想の世界で戦いを繰り広げた体は、現実に戻っても小柄なままで。されど、ずしりとした重力は感じる。


「……おもっ……」


体を引きずるようにしてベッドから机へ。その動作だけで億劫だ。

その途中、机の上に置いてある写真立てに目を向けて。


少女は呟いた。



「……お姉ちゃんが二人、増えたみたいだったなぁ」

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