42_『冷めぬ熱狂、降り注ぎ』

「……一発じゃ、アタシは倒れない。それに、この至近距離なら片手直剣の方が有利——違う?」

「……あんたはクールタイム中だったろ? 今は動けない。だから、さっきも《パリィアシスト》を使わなかった」


ボウガンを押し当てたまま、男——ライラは言葉を続ける。

確かに彼の言う通り、ボウガンを押し当てられたであれば、スイは動けなかった。だが、今は違う。


こんな風に話している間にも、とっくにクールタイムからは覚めている。

握った剣で予備動作プレモーションをなぞれば、すぐさま後ろの体は真っ二つになるだろう。

だが、そんなことはきっと彼も気づいているはずだ。であれば——。


「……周りくどいわよ。何か、あるんでしょ?」

「さあ? 案外そうとも限らないぜ? これは、お喋りだってロールプレイの一貫かもしれない。それこそ、今引き金を」


——刹那。

迸った真紅の閃光。

短剣に纏わせたライトエフェクト、空を裂く駆動音。背後に回り込むには十分すぎるぐらい長い会話だったゆえ、ベラの短剣が男の首を捉えたその瞬間に。


「っ」


頬を掠めた一条の矢。

寸前で、ベラのスキルは停止した。


「……嬢ちゃん、何も二対一ってわけじゃないんだよ」


——【Benny】、と。


そうカーソルを表示させ、木の裏から現れた一人の女性プレイヤー。

ベニー&ライラ。その二人が有名なPKコンビであることをスイはコリスから聞いていた。

だからこそ、わかる。


──この二人は、さっきのギルドよりも危険だ。


勝てない。そんな判断が咄嗟に脳裏をよぎる。


「ベラ!」


──逃げなさい!


スイがそう口にしかけた時だった。


「おいおい待ってくれや、嬢ちゃん。俺たちゃ何もここであんたらをキルしようってことじゃない。一つしたいだけだ──をな」


背中にボウガンを当てられて、その状態で取引をする。

絶対にまともじゃないのはわかっていて。かと言って、どうしようもない。


「……どうせ、断ったら撃つつもりなんでしょ?」

「ご明察、じゃあ、後はわかるな?」


ベラも自身の身も、ライラたちと敵対関係にある今では、守れないと思われたから。


「……聞くわよ。そのってやつの内容を」


スイは頷いた。


◇ ◇ ◇


「手短に説明する。俺達の目的は──ここら一帯をシマにしてるギルドを──奴らを、壊滅させることだ」


《カラムス》を異様なまでに恨み、異様な統率の下で木々を飛び回り襲いかかってくる──今しがた襲いかかってきたギルドははっきり言って強い。

だからこそ、それを壊滅させることというのは、スイにはどうにも難しいことに思われたけれど、まずはそれ以前の問題だ。


「……どうして、わざわざそんなことするのよ」

「おいおい、勘違いしないでくれよ。この交渉であんたらが賭けてるのはこの場から生きて帰ること、だろ?」


小馬鹿にするような口調でライラは言う。

それを睨みつけながらも、ベラは短刀に手をかけた。


「……なんだ、その目は。ちっこい方の嬢ちゃん……あんた、何を考えてる?」


柄を握る手は震えたままだったけれど、それでも、ベラは真正面からライラを捉えた。


「……僕は、スイについて行く。スイが不本意だって言うのなら、協力はしない。そっちだって僕たちをキルして──その後、アテはあるの?」


スイの背に当たるボウガンが、一瞬だけ離れた。

まさか、ベラに向ける気では──よぎったのはそんな直感。


「……ほう。案外言うじゃねえか、ちっこい嬢ちゃん。……わかった。ちょっと遊んでただけだ。良いだろう、話してやろうじゃねえか。目的ってやつを」


しかし、その予想は外れた。

何がツボに入ったのかからからとひとしきり笑って、ライラはウィンドウを実体化させる。

スイとベラ、両方に見える形でそれは開示された。


「……『エクストラクエスト』──ギルドの、壊滅……? どうして、こんな……」


『ギルドを壊滅させよ(4/5)』。

SFlは、プレイヤーキルこそ可能だけれど、それを強く推奨するゲームではない。

だというのに、クエストという形で、しかもギルド単位という大規模キルを推奨してきている──。

はっきり言って、異様なものだった。


「……さあな。俺にもわかんねえよ、運営が考えてることなんてな。ただ──」


ライラはスイたちにも見える形でボウガンを持ち上げた。

側面に刻まれた真紅の花が艶めく。それが意味するものを、スイは璃子たちから聞いていた。


「……コクリコ、商会……」


リザの命をなぜだか執拗に付け狙い、そして──。


「ああ。コクリコといやあ、強力ないわゆる”コクリコ武器”っつうのが有名だが、そこがよ、直々に俺達に依頼を出してきやがったんだ」


ライラはウィンドウの最下段、報酬欄を示す。

そこに記されていたのは──文字化けして読み取れない文字列。


「……これは何?」

「さあな、わかんねえからこうやってクエストを実際にやるしかないってんだ。指定されたギルドはカラムスを除いたアングラギルド五つ、そして、ここが最後ってわけだ」


そこまで言い切ると、ライラは手に持ったボウガンをスイに向けた。


「あんたら《カラムス》は、検証・解明を生業にするギルドなんだろ? なら、気になるよなあ? このクエストの報酬が何かって」


ライラの言う事もわからないでもないことだった。

マスクデータを明らかにすること──それは、《カラムス》の掲げる目標で、実際に未界域を目指そうとするのだってそういう理由があるから。

とはいえども、だ。スイとて積極的なPKはまだしたことがない上に、そもそもがキルから逃げてきた身。他者をキルして自分が生き残るというのにはまだ抵抗があったけれど。


「お考えのところ申し訳ないけどねぇ、そんな時間はないよ!」


木陰からベニーの叫び声。

木々を飛び回ってきているのか、森の奥から追ってきている音がこだまする。

ならばもう、行動に移すしかないように思われた。


「……了解。戦うわよ」


ベラは苦い表情を浮かべているけれど、彼女とスイ自身、二人の命のため。

そして、未だ部屋に籠る妹に手を伸ばすため、ここで捨てられぬものがある。


スイは剣を抜き払った。


◇ ◇ ◇


「いたぞ! 矢を放て!」


ベラとスイ、二人して森の中立ち尽くしたまま。

そこに襲い来るは追手たち。一見、スタミナ切れで逃げるのすら諦めたような光景。

ついぞ、一歩手前まで接近した追手が矢をつがえようとした瞬間だった。


──パシュッ!


胸辺りから突き出た矢。一瞬にして、追手がポリゴン片となり飛散する。


「なっ!?」


声を上げたプレイヤーから次々と射抜かれていく。

ベニーとライラが提案した作戦、それはつまるところ──。


「あんたら、後ろががら空きだぜェ!?」


スイとベラを使った囮作戦だった。

スイたちを先に行かせ、自分たちは後方から襲撃をする。

前へ前へと統率を取り、進んでいく連中である。ゆえに、後方の守りは薄い。


「クソッ! 奴ら──ギルドを壊滅させて回ってる──ベニー&ライラだ!」


気付いたからと言って、今更態勢を変えるなぞ難しい話。

陣形はかき乱された。さりとて、スイとベラがいつまでもじっとしているわけでもなく。


「はあああっ!」


鳴動する剣、スイが一人斬り伏せる。

実質的な挟み撃ち状態、一人また一人とキルされていく中でベラも飛び上がる。


「刺され──っ!」


無論、スイに加勢するために。その瞬間だった。

蹴り上げた木の葉の層、その安定しない地面に足を取られた。


「……っ!」


逆さまになる視界、一瞬浮き上がりこそしたものの落ちていく体。

その隙を縫い、追手がベラの方を捉えた。

先程までは歪んでいた口元がひどく吊り上げられる。どうせ壊滅させられるなら、とでも言いたげだった。


その指先が引き金にかかる。

ベニーとライラは──随分遠くで戦っている。


「スイ──」


見やった方向で、スイは交戦中だった。

とてもベラを助ける余裕があるようには思えない──。


こうして刺される。

敵は常に多いから。たとえ何人かを告発したところで、必ず誰かしらは刺しに来る。

集団の力──誰かにキルされるという事実。それがどうしようもなく耐え難いことに思われて。


「……やだ」


ベラが、目を閉じようとした瞬間だった。


「オブジェクト──実体化」


突如として空から降った一振りの剣。


「……がっ!」


それが、追手の胸を刺し貫いた。直後、目の前でポリゴン片に変わり飛散する。

上向きになった視界、木の上から飛び降りてきた影をベラが見間違えるはずもない。


「カルカねぇ……」


ずっと気まずいままだった、ベラにとって憧れの人。

それは、武装で身を固めたカルカだった。

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