40_『まだ、あなたを見守るばかり』
「——やああああっ!」
一薙ぎ、頭から腹まで横一閃に溢れるダメージエフェクト。
「行って、ベラっ!」
「りょ、りょうかいっ!」
一拍遅れた追撃、無理やり突き刺された短刀が十字に肉を抉る。
「……まだ少し、残ってるっ!」
「任せなさいっ!」
ベラのモーションが終わると同時に解けた硬直、素早く剣にライトエフェクトを纏わせ、縦に一振り。
スイが放ったスキル《ビセクション》によって、【ウルフ】よりも一回り大きな体躯を持ったモンスター——【グロウ・ウルフ】はその身をポリゴン片へと変え、飛散した。
「……スイ、速い……」
多少ポリゴン片がこびり付いた剣を振ったのちに、剣を鞘に挿そうとして。
そこでようやく、スイは頬を膨らませているベラに気がついた。
「速いって言われても……いつもと感覚が違うんだもの。少しはしょうがないじゃない」
「そりゃ人族同士で組んでる以上、AGI補正は結構だけど……それでも、タイミング取りがしづらいのっ! ……もう少し、僕にも合わせてよ……」
短い手足を自身の体が小さいことに不平を溢すようにいつもより大きく振りながら、ベラは一歩先を行く。
現実世界であれば、自分も彼女より多少背が高いぐらいだ。だからこそ、その気持ちがわからないわけじゃないけれど——と。スイは苦笑しながら後を追う。
今でこそ気を取り直しているものの、これでも先ほど【ウルフ】と遭遇した時には悲鳴をあげていたものだ。高慢な態度に対して、あまり行動が釣り合わない。
「……ふふっ」
臆病ながらも、背伸びをしようとするその姿にどこか既視感を覚えて、思わずスイが漏らした笑み。
「……何?」
「ううん、ただ——ちょっと微笑ましいなって」
ほんの少し濁した返答に、ベラが顔を顰めて歩き出した時だった。
「うわっ!?」
またしても出現した【ウルフ】、フィールド中に響き渡る悲鳴。
スイとて今回ばかりは、笑い声を堪えることはできなかった。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「……それだけあれば足りる?」
「……もう十分すぎるぐらい、なんだけどさ——」
霧、霧、霧。その合間に時折映る木々。
すっかり様変わりした景色を前にして、ベラは一言こぼした。
「——今、僕らは迷ってるみたい、なの」
【グロウ・ウルフ】を追うこと、一時間と少し。
出現率が低いゆえに少ないその足跡を追いかけているうちに辿り着いてしまったのは、現在実装されているフィールドの端に位置するダンジョンらしかった。
《果ての森林》という名に違わず、未開域から漏れた霧が充満しているためか、視界は悪い。
その上、マップでも稜線が曖昧になっていると来ている。
マップを一瞥して、ベラはため息混じりにその事実を告げた。
「……迷いない足取りだったじゃない」
「だって……スイ……さんが、ついてくるんだもの。僕だって、止まりづらいじゃんっ!」
相当に言い訳じみた口調である。
あまりミスを認めたくないよう——というよりも、あまり道のことを気にしていなかった自分にも責任があったのは確かだったのだろう。
「……ん、確かに気にしてなかったアタシも悪かったけど……」
——でも、あなたの態度がそんなだからじゃない。
けれど、その高慢さに振り回されたのは事実だったのだ。
思わずムキになって言い返そうとして。
そこで、スイは口をつぐんだ。
「……悪かったから、それは謝るわよ。でも、今は出口を探す方が先じゃない?」
「それは……そう、だね。デスペナは困るし……」
歯切れが悪いながらも、ベラがそれ以上責任について話を持ち出してくることはなかった。
あまり事が荒くならなかったことに対する安堵感、それと少々の疲労感。ため息を吐きながらも、スイはベラに向き直る。
「それで、方角はわかるの?」
「……一応、マップで」
「なら、時間はかかるかもだけど……堅実に行きましょ」
あくまでも引き返すだけだ。
ここに来るまでで強力なモンスターとは遭遇していない。時間が掛かろうが、帰れることには帰れるだろう——と。
「それじゃ、まずはこっちかしら?」
ベラの手を引っ張って行こうとして。
「……別に、迷子にまではならないから」
ぴしゃり、と跳ね除けられた手。
——どうにも、調子が狂う。
それを一瞥して、スイは表情を強張らせた。
本来の意味では多分、璃子たちと接している時とあまり変わらないはずだ。
波風は立てたくないけれど、自分が仕切りたい——そういう節が時々行動に現れていたことを、スイは知っている。
背伸びしていることには違いないのだ。
けれど、ベラと接している時のものは、普段とは違う。
結局、璃子や友梨奈、カルカたちとはあくまでも対等だ。
持ちつ持たれつ、お互い様の関係性。
それでも、ベラと接している時は、普段よりももっと——言葉を選ばなければいけない気がして。
あと一歩、踏み込めない。
どうにも、あと一つ口にできない。
こんな相手は久しぶりだった。
胸中で燻るもどかしさの正体が未だわからないまま、時折ベラとマップを確認しながら歩いていた時だった。
「止まれ」
頭上から声がかかった。
そちらを見やると、枝の上に立ちボウガンを構えている妖精族の男が一人。表示されているカーソルの色を見るに——プレイヤーだった。
「……アタシたち、出口を探してるだけで」
「だとしても、だ。ここから先は我々のホーム、身元を確認する必要がある」
ぽつ、ぽつ、と。霧の向こうにライトエフェクトが灯る。カーソル表示を見るに奥にもプレイヤーがいるのだろう。
そして、その奥には安全地帯を示すアイコン表示。
話が通じていないことにスイが顔を顰めた時、ベラが一歩たじろいだ。
その姿に、男が視線を合わせた瞬間だった。
「なっ——こいつ、《カラムス》のメンバーだっ!」
——キュィィィィン!!
悲鳴にも近い声と共に、一斉にライトエフェクトが灯った。
刹那、放たれた一条。足元に矢が突き刺さる。
そこでようやく——スイは、彼らがダンジョンの安全地帯をギルドホームにしているプレイヤー達——要するに。
「ギル……ド……?」
《カラムス》と同じく厄介な——アングラギルドの一員である、という可能性に行き当たった。
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