36_『献身、身を動かして』

引き絞ったレイピア、迸る閃光。コリスちゃんの作ってくれた大きな隙。


「やああああああっ!!」


地を踏み締め、高く跳んで。晴れた視界の中、システムアシストに引っ張られ、加速する体。

真紅が閃き、視界に焼き付く軌跡。一瞬、呆気を取られたように口を大きく開けたまま硬直した【ミラージュ】へ、勢いづいた《シーカー》が突き刺さる。


「総員、攻撃!」


直後、視界の端でいくつもの光が散り、硬直するあたしの横を、一気に《カラムス》のプレイヤー達が駆け抜けていった。

【ミラージュ】一体に対して、あたしたちが大体十人。

近接で戦うのが厳しい状況は、コリスちゃんのおかげで打破された。

完全に包囲した状態。怯みもあってか隙は大きい。HPは確実に減り続けていた。


「——正に、数の理ってヤツだ。先陣を切ってくれて助かる。礼を言おう。

「どういたしまして……。あと、そのあだ名って……」

「……案外、満更でもなさそうだが。さて——ワタシも行くとしよう。引き続き、加勢を頼む」


訂正するよりも先に、カルカさんは既にメイスを片手に持って突進していた。

ズドン、と明らかに鈍い音が響いて、65%ほどまで減るHPバー。途端に沸くギルドメンバー。

戦闘中ながらも、楽しそうな光景だった。


「わたしたちも行きましょう、リリィちゃん」


ふと、馴染みのある声が聞こえた。

やる気満々と言った表情で、自分の身の丈ほどもある杖を構えたコリスちゃん。

確かに、コリスちゃんの言う通り。今がチャンスだ。


「——りょー、かいっ! 負けてられないもんねっ!」

「ええっ、その通りですっ!」


目配せを一度。二人、歩調を揃えて駆け出す。

コリスちゃんは、杖を。そして、あたしは——《シーカー》を。


「援護、お願いっ!」

「はいっ! 《ロックブラスト》っ!」


踏み込んだ砂地、《シーカー》の高い俊敏性への補正による跳躍。

あたしの目線よりも僅か下を行く岩塊が、【ミラージュ】に命中すると共に上がる唸り声。

そのまま、再び引き絞ったレイピアが赤く染まり、その眉間に突き刺さる。

ダメージエフェクトが飛び散り、ぐっと減るHP。

着地と共に、硬直が体を縛る。


「キィィィィィィッ!!!」


直後、確かにあたしを捉えた視線。振りかざされた尻尾があたしを襲おうとして——。


「アンタの相手は、こっちだっ!」


鈍い音を響かせ、カルカさんがダメージを与える。

視線があたしから剥がされ、彼女の方を向く。

だけど、それを引きつけたのもまた——。


「副マスには手を出させねぇよっ!」


《カラムス》の他のプレイヤーだった。

重装備、大盾が攻撃を受けきり、また僅かに【ミラージュ】が怯む。

一瞬、向いたヘイトは他の誰かのところに向かう。そして、それを誰かがまた引きつける。


——戦いやすい。


ふと、そんな思考が頭をよぎった。

“レイド”というものの経験は初めてだったけど、今までよりもずっとだ。

そして、一見まとまりのないような集まりだったけれど。思いのカラムスは初心者のあたしでもわかるぐらいに役割分担が明確、確かに統率されていた。


「——これなら——っ!」


もう一度真紅の光を纏う《シーカー》。駆け出しながらも完成した予備動作、再度の跳躍のため、地を蹴った瞬間だった。


「——なっ」


——ズドォォォォォン!!!


尻尾ではなく、頭を用いた振り下ろし。

確かな衝撃が伝わると同時に、全身に走る痺れ。視界の端でHPバーが大きく減少する。

ふと、ブレた視界の中、カルかさん含めた《カラムス》の人たちバランスを崩して倒れているのが映った。

直後、とさり、と。再びの衝撃と共に身が投げ出される。


「——っつうっ——!」


共依存で減り続けているけれど、HPはまだ確かに残っていた。

そして、【ミラージュ】のHPはもう残り僅か。

倒れたままでも、レイピアを引き絞って。システムアシストで強引にトドメを刺そうとした時だった。


——できない。


そうだ。確かにさっき、予備動作を済ませて——スキルは、発動していた。

だからこその硬直が、あたしの身を縛っていた。


「キシャァァァァァァッ!!!」


直後、悲鳴とは違う確かな叫声が空気を裂いた。

ふと、体が動かない中、視線を下げると、【ミラージュ】はこちらを睨みつけていた。

今は一時的に行動できない《カラムス》の人たちより、直前まで攻撃しようとしていて、現にダメージを一番与えたであろうあたしが、大きくヘイトを稼いでいる——考えてもみれば、当然のことだった。

するする、と。あっという間の接近だった。

振りかざされた尻尾は、確かにあたしを狙っていた。


——それでも。


前衛より後ろ、まだコリスちゃんは行動できるはず。トドメはきっと——。

ピリピリとした緊張感の中、僅かな期待が芽を出した時だった。

尻尾があたしを捉え、トドメを刺す——その直前にが、口から吐き出されて。


向かっていった先は、後方だった。


◇ ◇ ◇


——ズドォォォォン!!


僅かな地鳴りによって、揺れる視界。

やはり、【ミラージュ】は厄介でした。

それでも、後衛なら幾分かマシな方です。転倒までは行きません。

それに——今は、視界も晴れています。

再び視界を——カーソルの【ミラージュ】の方へ向けた時でした。


「——っ」


振りかざされた尻尾、映ったのは、スキル後の硬直の中、今にも攻撃を受ける間際に立ったリリィちゃんでした。


「——《ロック》」


支援のために、呪文を口にしようとして——。


声を出す間も、ありませんでした。


突如として、視界を巨大な影が覆い—— 顔を上げた時、そこにあったのは、砂——というよりも、岩塊とすら呼べるほどに巨大なオブジェクトでした。

なぜ——と考える間もなく、視界に映ったのは挑発のアイコン。

まだ、効果は持続していました。


視線を逸らしたことにより、発動がキャンセルされたスキル、迫る岩塊。

喰らえば、スキルの発動はおろか——きっと、蘇生待機状態に陥ります。

けれど、躱す間もなく。それは万事休すと呼ぶべき状態で——。


——パキィィィィンッ!!


僅かなフレーム。

鼓膜を揺らす残響。

剣閃が、視界をよぎりました。


目の前で、ポリゴン片となって飛散するオブジェクト。

ノックバックによって強く後ろに吹き飛ばされる影、頬に触れる金糸。


「——コリスさんっ!」


振り向く間はありませんでしたが、直撃を遮ったのは、間違いなくスイさんです。

けれど、先ほどまで姿を見ていない以上、どうしてここに——と。

一瞬浮かぶ思考。

しかし、それを処理する間すら、残されていませんでした。

巨体を動かすための予備動作プレモーションはとうに済んでいます。尻尾は確かにリリィちゃんに迫っていました。

もう呪文を唱え、狙いをつけている時間はありません。であれば——。

僅かに動かした視線、スロットには、確かに先ほど取得したスキルが残っていました。


——《スキル・リロード》


視界いっぱいに表示されたその名前の前で、わたしは一度、瞬きをしました。


◇ ◇ ◇


コリスちゃんの方に攻撃したんだ、と。

気づいた瞬間にはもう、尻尾はあたしに迫っていた。

一瞬、一瞬、強く視界に焼き付く。

不意に強まった恐怖と——それよりも強かった悔しさと。

動かない右手へ、《シーカー》を握りしめるように。反射的に指示を出した瞬間だった。


——ピコン。


共依存の点灯と一緒に、ふっと、体を縛っていた硬直が解けた。

指示は正しく右手へと伝わって。熱された金属の感触が、血の気のひいた指先を温めた。

硬直が解けた理由なんて、考える間もなかったけれど。

直感でわかった。間違いなく共依存の——コリスちゃんのおかげ。


そして、今、この状態なら——トドメを刺せる。


右腕を僅かに引き絞る。


——キュィィィ——


《シーカー》が閃光を散らす。

僅かな鳴動は、予備動作としてはもう十分だった。


「そこっ!」


システムアシストによって、投げ出された体が強く、腕ごと前方に引っ張られた。

《シーカー》が勢いづく。

尻尾は既に目の前まで迫っていたけれど、それよりもあたしのスキルの方が——。


——パキィィンッ!


確かな破砕音を、聴覚が拾って。

直後、手応えがふっと消えて——目の前で、【ミラージュ】の巨体は、大量の欠片と共に散った。


耳鳴りがする。誰もまだ、声を発せないみたいだった。


——ピコン


小さく音を立てて、目の前に報酬を示すウィンドウが表示された。


それは、幾つも重なって。この場にいる全員に勝利を告げる。



——ウォォォォォォッ!!



それに応じるように、無機質なシステム音声は徐々に上書きされていって。


やがては、大きな歓声へと変わっていった。

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