35_『幻、囚われることなかれ』

「どこ——ですかっ!?」


轟々と耳元で吹き荒れる砂塵。

遮られた聴覚と、塞がれた視覚。

声を上げども、誰の反応も掴めません。

連携も取れず、移動もままならない状況下——そんな中で、先に行動したのは【ミラージュ】の方でした。

砂塵の中、映る巨影。

一度、大きく頭をもたげて。

爛々と光る双眸が、こちらを捉えます。その瞬間でした。


——ズドォォォォン!


全身に響く轟音と共に、地が大きく揺れました。

再び砂に足を取られ、バランスも崩れ、元いた場所すらわからなくなって。先ほどまでいた場所からさらに遠のきます。

けれど、今捉えられるのは【ミラージュ】の影のみ。

だったら、せめて——と。


「——《ロック・バレット》」


一度、スキルを放った瞬間でした。

意外にも【ミラージュ】は防御をすることすらなくて。

その巨影を弾丸は貫きました。

……それでも、一切【ミラージュ】が身動きを取ることはなくて。


「……効いて……ない……?」


、貫いただけでした。

その異様な光景に、思わず顔を上げた時、もう一度、地面が振動しました。

再度崩れるバランスと共に、乱れる視界。

砂に足を取られ、そのまま前のめりに倒れてしまいます。

これでは、回避も防御もできません。体勢を整えなければ、と。

慌てて上体を起こした時、視界に映ったのは——。


「——っ」


ブレた、巨影でした。

中心が掴めないもの——視覚エフェクトに起きる異常です。

そして、それを引き起こしている要因は、間違いなく——。


——ズドォォォォン!!


——【ミラージュ】——その名が冠す通り、恐らくは砂漠マップ特有の温度差によると言ったところでしょうか。


その結論が出た瞬間に、再度のモーション。視界が揺れます。

砂地は、思っていたよりも戦闘のしづらい場所でした。

移動もままならなければ、砂塵によって視界も塞がれていて。

まともに狙いを定めている暇もありません。

そして、リリィちゃんや、スイさん、カルカさん達の場所も未だ掴めていない状況。

ライトエフェクトの一切が映りませんでした。


……というよりも、むしろ接近戦は危険すぎたのでしょう。

地面を揺るがすほどの攻撃力です。接近してスキルが命中しなかった時、危険なのは圧倒的にこちらの方。

何か策を練るほか、ないのでしょう。

けれど、砂塵と《共依存》のスリップダメージは絶え間なくHPを削ります。

それはリリィちゃんとて同じ。バーという形でしか確認できませんが、確実に目に見える速度です。

ポーションで回復し続けたとしても限界は必ずあって。そこまで時間は残されていません。

思わず、杖を強く握り締めた時でした。


【申請:karkaからのレイド招待 受諾しますか?】


突然、視界にウィンドウが表示されました。

カルカさんからのレイド招待。目の前には、二つの選択肢。

このタイミングで来た理由は不明ですが、このまま立っているだけでは何もできません。

《Yes》を選択した途端、今まで表示されていたHPバーの下に、ひと回り小さいHPバーが十本ほど表示されます。

そのどれも、スリップダメージによってかなり摩耗していて。

苦戦を強いられていることを再度、痛感して。


【karka:《挑発》を一度。直後、ライトエフェクトの視認と共に上級風魔法を】


その瞬間でした。

目の前に表示されたチャットメニュー。

意図は——汲み取る間もありませんでした。

再度、【ミラージュ】は頭をもたげて——予備動作プレモーションに移ります。

実行するなら、今しかありません。

視線を移動させて、《挑発》を選択。杖先に光弾を灯し、放ちます。

直後、真っ赤に染まる視界。

巨影の中で光る双眸。一瞬、モーションが止まって。


それが、わたしに注ぎ込まれた瞬間でした。


——キュィィィィィン!!!


駆動音が、風音を遮り。

砂塵の中、強くライトエフェクトが灯りました。


起きているのはカルカさんが言っていた通りの状況、残る行動は——一つだけです。


「——《ヴェントバースト》っ!!」


直後、地響きとは比にならないぐらいの轟音が、響いて。

体を吹き飛ばされそうなぐらいの衝撃と共に、唸り、炸裂した風は、砂塵を全て一掃し——一瞬にして、視界を晴らしました。

ここまでの威力ともなると、リスクも相当なもの。仮に味方に当たっていたら、それこそ大惨事です。

けれど、スキルの進路上には誰もいなくて。

映るのは、まばらに立っている《カラムス》のプレイヤー達、そして——。


「やああああああっ!!」


——閃く真紅。


《シーカー》を引き絞り、たった今、姿が露わになった【ミラージュ】へと向かい跳躍をするリリィちゃんでした。

巨体を生かした反撃は、確かにできたでしょう。

けれど、先ほどまではヘイトがわたしに向いていた状況。

いきなり、対象を変えることはできません。

その巨体を刺し貫く剣先。

忙しなく音を立てて減少し、80%ほどになるHP。


「総員、攻撃!」


《シーカー》の後を追うように、一斉に皆がライトエフェクトを灯し、攻撃を始めます。

その光景を前にして、わたしはようやくカルカさんの意図を理解しました。


砂塵により安易に攻撃ができない状況下を打ち払いつつ、一気に気温を下げることで温度差をなくし、による視覚エフェクトのズレを一時的に弱めることができる上位風魔法。

その点、大きなリスクを減らすための《挑発》での位置確認、そして、スキルでの合図。


完璧なタイミング——凄まじい統率力です。


けれど、今、じっくりと感心している間はありません。

硬直が解けた体で、再度杖を握り直して。


わたしは、駆け出しました。

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