34_『不屈の身すら、脆く』
「——ん、それでね、結局は待つのが肝心なのよ。白帆さんの、少し生焼けだったじゃない?」
「……確かに。すっごい小麦粉の味でした」
三、四限目の調理実習で、ある程度お腹を膨らませたままやって来たお昼。
傍には、食べきれず持ち帰ってきたパイ。目の前には浅黄さん。
近頃はずっと向かい合わせです。
「それにしても、白帆さんのお弁当っていつも健康的よね。やっぱり、野菜って増やした方がいいのかしら」
「わたし、あまり野菜は好きじゃなくって……いつも、苦いものを食べる時とか、手が止まっちゃうんです」
「……なるほど。刻んだピーマン——みたいなのじゃなくって、そのまま入っちゃってる——とか?」
「あ、大体そんな感じかも、です」
箸先で少しばかりほぐして、焼き魚を口に含みます。
少しばかりもそもそとした食感ではあるものの、先ほどまで口に残っていた粉っぽさに比べれば幾分かましです。
「最初は魚から、なのね?」
「……ええ。苦手なものは途中にって、決めているので」
「……確かに。そうなの、かも」
向かい合わせで浅黄さんがぽつりと漏らした言葉には、少しのため息が混じっていました。
机に作られた、僅かばかりのスペース。頬杖をついたまま中々自分の弁当にも手をつけず、外にばかり視線を向ける彼女の表情は、どこか物憂げなものです。
おおよそ、察しはついていました。
彼女と会話をしている時、たまに空く間。ほとんどが、家族の話に近いもの——妹さんに繋がりそうなことばかり、でしたから。
そして、最近は尚更うまくいっていないのでしょうか。近頃はそんな表情をよく見るような気がします。
それでも、まだ昼休みは始まったばかり。
浮かない顔での食事は食べ物に失礼——と、そう口にしたのは彼女だったはずです。
「あのっ、そういえば、さっきの浅黄さんのパイ、美味しかったですっ」
何か、話題を——と、探していて。その時、ふと脳裏をよぎったのは、自作の前に先に試食させてもらった浅黄さんのパイ、でした。
食感といい、甘さといい、絶妙な加減だったのは、よく覚えています。
「そう、だったの?」
「ええ、ほんとですっ」
普段よりも上がってしまった頭で、頬を紅潮させたまま、慌てて絞り出した返答。
きっと、拙いものだったに違いありません。
けれど、改めてこちらを向いた浅黄さんの口元は、少しだけ緩んでいて。
「それは嬉しい……かも。褒めてもらうの、何だか久しぶりだし」
彼女が漏らした声は、未だ憂いを含んではいれども、幾分か柔らかなものになっていました。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「……今日は人、少ないね。コリスちゃん」
「……そうかも、です」
辺り一面の砂漠地帯。
ギルドホームと称した洞窟からまた少し歩いたところにある場所——砂塵と霧が混ざる中、ぽつり、とリリィちゃんが呟きました。
確かに、リリィちゃんのいう通りです。
ギルドホームに着いた時から人は少なめ。ベラさんも今日は来ておらず、調査のため——と称して、遠征してきたものの、この場にはカルカさんやわたしたち四人を含めても十人と少ししかいませんでした。
「——それはそうだ。社会人を募ってゲームをする——ということほど、難しいこともそうそうない」
人数が少ないながらも何やら準備を進めながら、カルカさんは答えます。
目の前には未開域への道を阻む真っ黒な霧——カルカさんの隣に立っていたのは、屈強な男性プレイヤーでした。
「準備はいいか? サルト」
「任せてくれや、俺のHP特化ビルドは、このためにあるんだぜ?」
「……その返事を聞いて安心した。
カルカさんが、そう答えた瞬間でした。
男性プレイヤー——サルトさんは、急に霧の中へ飛び込んで行って。
直後、彼のシルエットが完全に霧に飲み込まれると同時に、悲鳴にも近い声が聞こえてきました。
「……彼はああ見えてもゾワゾワするのが一番苦手なんだ。霧の中に入ってみたことはあるか?」
「……ええ。一応は」
向こう側に何があるのか——と、興味本位で入ってみたのが一度。リザちゃんのクエスト受注中に入ってみたのが一度、合計二度です。
ただ、そのどちらも急激なHP減少と共に全身を撫ぜる不快な感触によって断念する羽目になってしまいました。
「……ところで、これは何を……?」
「割合ダメージの計測だ。一番長く耐久するための数値の模索も兼ねてね。ただ、このゾワゾワが嫌い——と。まともに測れないことの方が多いんだ。完璧なデータは、今となっては地下深く、だしな」
そう口にしながらも、カルカさんはつま先でコツコツ、と。忌々しげに地面を蹴ります。
ここまで苦労している——と口にするだけあって、やはり【hydra】というモンスターによって失ったデータの貴重性は相当なものだったのでしょう。
その時、ふと砂嵐に紛れた悲鳴が聞こえなくなっていることに、わたしは気がつきました。
「——およそ21秒と少し——か。……微妙だな」
どうやら、計測は終わったようでした。
首に下げていた砂時計を観察すると、カルカさんはそう口にします。
「だからこそ、旧ギルドホームを奪還しないといけないんだよ。……そういえば、コリスさん。スキル構成はどのようなものにしているんだ?」
「普段使うのは《パリィアシスト》や《索敵》——ぐらいです」
「……そうか。メイジで一つ、共有したら強力そうに見えるスキルを思い出してね。ポイントは、どれくらい残りがある?」
「近頃は使っていないので……かなり残っていたはずです」
「なら、足りるかもしれない。スキルツリーを開いてもらってもいいかな?」
スキルツリーを開いてすぐ。表示される、大量のスキル群。
そんな中で、カルカさんが指したのはかなり上の方——相当なポイントを要求するスキルで——かつ、少し前までは必要ポイント数に対してリターンが見合わないと断念していたものでした。
「……自己バフを共有できるなら、この膨大なポイントに見合うメリットは十分にあると思う。どうだ?」
「……確かに。リリィちゃんとの相性、悪くないかもしれないです」
取得できることの証左として、淡い光を放つそのアイコンに、一度、触れようとした瞬間でした。
突如としてHPバーの隣に《共依存》とは別種の——細かい点が刻まれたアイコンが浮かび上がり、視界が密度の高い砂塵で覆われました。
そして、同時に強い地鳴りが響いて。
「——っ」
思わず、バランスを崩すと同時に、深く吸ってしまった空気。
ひゅうと、僅かな呼吸音と共に、胸の辺り——肺へと僅かな痺れが走り、HPバーが減少します。
「カルカさんっ! リリィちゃんっ!」
それでも、今は状況の確認が最優先です。
視界がほとんど覆われている中、胸に痺れが走るのを堪えて、声を上げた時でした。視界が、真っ赤に染まって。
——【セルピエンテ・ミラージュ】
名前を示す文字列と共に表示された、膨大な量のHP数値、そして——フィールドボスらしい巨大な体躯。
爛々とした瞳は、砂塵の中でもこちらを捉えているかのように細められています。
一際大きい地響きと共に、地からそれは——ヘビ型の体躯に砂を纏わせた、そのモンスターは姿を現しました。
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