33_『不在の友を思う』

「——お前、今回の被ダメちゃんと記録しといたか?」

「何回リスしたと思ってんだよ、したに決まってんだろ」

「運営、最近無口だな」

「さあ、イベの用意でもしてんじゃねぇの?」


カルカさんと一緒にホームに戻ってしばらく。

続々とログインしてきたギルドメンバーの皆さんによって、ホームはまた昨日の喧騒を取り戻しつつありました。


「……ベラ、本っ当に——何度言えば——ッ!?」


そんな中でも、カルカさんのお説教は十分に聞こえるほど、この空間に響き渡っていました。


「ご……ごめ……なさ……」


そして、それに対するベラさんの謝罪は、消え入りそうなもの。

半ば、喧騒に埋もれかかっていました。


VRMMOは従来のゲームと違って、面と面で向かい合わせ。コミュニケーションも限りなく現実に近いもの、です。

だからこそ、でしょうか。


「……っ」


ベラさんの瞳は、少しばかり潤んでいました。

外見から推察するに、このゲームをプレイできる最低ラインぐらいの年齢でしょうし、カルカさんの剣幕の前では無理もなかったのかもしれません。

その上、仮想世界では感情もよく顔に出てしまいますし。


「と、とにかく——っ、謝る相手は私じゃない。コリスさんたちへの状況説明と、手伝わせたことの礼を言うこと……っ」


少し動揺したような——心なしか、先ほどよりも優しげな声音で話を締めると、まだ少し目元を擦っているベラさんを伴って、カルカさんはこちらにやってきます。


「——本当に、今回はウチのメンバーがすまないことをした。ほら——ベラも」

「ご……ごめ……なさい」


先ほどよりはまだきちんと言葉の体をなしてはいるものの、相変わらず少し嗚咽混じりな声です。

そんな子を前にしているせいでしょうか。一瞬、声が詰まってしまって。

慌てて、何か慰めにと言葉を捻り出そうとした時でした。


「……別に。提案に乗ったのはこっちだもの。気にしなくてもいいわよ」


わたしやリリィちゃんよりも先に声を上げたのは、予想に反して、提案を飲む際には苦い顔をしていたはずの——スイさんでした。


「……しかし、アンタたちにはあくまでも検証の協力を頼んでいる身だ。流石に、今回の件は改めて詫びさせてくれ」

「大丈夫です。今、スイさんが言ったとおり、提案に乗ったのはあくまでもあたしたち、ですから。だよね? コリスちゃん」

「は、はいっ。スイさんのレベリングも兼ねてやったことですし。ほんとに……大丈夫、ですっ」


三人でフォローした甲斐あってか、一つ息を吐いて。それからカルカさんは頭の辺りをさすりながら、口を開きました。


「……そうか。アンタたちがそう言うのなら……。ただ、再発防止のために、状況は聞かせてほしい」


改めて謝罪を——と言うのも仰々しい話ですし、これぐらいで済んでよかったのかもしれません。

相変わらずまだ少しだけ身を震わせているベラさんの代わりに頭を下げ、改めてカルカさんはこちらに向き直ります。

おそらく、今のベラさんからは事情を聞きづらいと判断したのでしょう。


「……わたしたち、少し早めにログインしてしまったみたいで……それで——その、失礼ですが——少しだけ“未開域”に関するデータを知りたいと思って、本を読ませて頂いていたんです」

「それは構わないが……。ベラとはどういう……?」

「ただ、目当てのデータが見つからなくて……困っていたところにベラさんが、自分を手伝ってくれたら目当てのデータの場所を教えてくれるって……」

「なっ……!? ベラ——アンタには、データの場所をまだ教えていないはずじゃ……?」


そこまで話した時でした。

僅かにカルカさんは声を荒げると、顔を顰めながらも、ベラさんの方へ向き直りました。


「嘘を吐いてまで、何をしようと……」

「……欲しかったんだもん」


けれど、カルカさんの質問に対するベラさんの返答は、先ほどよりも消え入りそうなもので。僅かに一言、発されたのみでした。


「……欲しかった……?」


その意図が読めなかったのでしょう。彼女は問い直します。

それでも、ベラさんはしばらく黙りこくったままで。

カルカさんも強く問いただすことができなかったのか、焦れたような空気がこちらにまで伝わってきた時でした。



「——カルカ姐の武器が、欲しかったんだもんっ!」



突然、声を張り上げて。

僅かに指先で空をなぞった直後、ベラさんの体から力が抜け、とさり、と。彼女は机にうつ伏せになるようにして、倒れ込みました。


「……ログアウトしたか」


どこか寂しげな響きをもたせたまま、カルカさんが呟きます。

けれど、こちら側からすると、わからないことがかなり多い状況でした。


「……カルカ姐って……ベラさんとは、どういう……?」

「……別に。ただ、彼女が初めてすぐの時、モンスターから一度助けただけだ。ただ、だいぶ怯えた様子だったから、フレンドになって。しばらくの間、一緒にゲームをやって——最終的にはギルメンにして。そうしたら、いつの間にか懐いちまった」

「カルカさんの武器が欲しい——と言うのは……?」

「ああ、ワタシのポリシーで基本はそこそこの上位素材からしか武器は作らないようにしてたんだ。知る人ぞ知るって雰囲気の店をやりたくてね」

「だから、あんな路地裏に……」

「……まあ、そんなところだ」


そこまで語り終えると——長く座りすぎて、むしろ疲れでもしたのでしょうか。

彼女は立ち上がり、軽く伸びをします。


「……ただ——いくらここの連中が忙しいからって、ギルドの協力者って立場のアンタらを巻き込むとは思ってなかった。……すまない」

「……いえ。もうその件は大丈夫です。ベラさんがデータの場所を知らない、と言うのはどう言うこと、なんですか?」


それを聞いた瞬間、再びカルカさんは先ほどの顰めっ面に戻りました。


「“未開域”のデータは貴重品。それに、ここはあくまでもホームを名乗ってるだけの安全地帯だ。初めてアンタらがここに来た時に出したものは、ここに来る度ワタシが本棚に戻しているもの。そもそも、ベラに取り出せるわけがない」

「……なる……ほど」


そう口にしながらも、カルカさんは机の上に何冊か本を実体化させます。

ようやくカルカさんがあそこまで動揺していた理由に、合点がいきました。

ベラさんがあんな嘘を吐いてまで何をしようとしていたのか——恐らく、それが知りたかったのでしょう。


「それでは、ここにあるデータが、今集まっているものの全て——ということ、ですか……?」

「……情けない話だが、そういうわけでもないんだ」


一応の確認のために、一つ聞いて。

その瞬間、今までで一番の——顰めっ面と、苦々しい口調で、彼女はぼやきました。


「——“旧“ギルドホームがある」

「“旧”……?」

「……ああ。こっちよりも、よっぽど——拠点を移す前にギルマスが集めてたデータも含めて、大量に残されてるのが」

「なぜ、そんなことに……?」

「ここより二層下、侵入者を警戒して、ダンジョンの最下層にあった安全地帯に元のギルドホームは設けられていた。ただ——その直前の大空洞に現れるモンスターが告知もなしに、急に切り替わって——倒せないまま、ワタシたちは追い出されちまった。結局、貴重なデータを持ち歩くようにしたのはそれ以降、それ以前のはまだ残されたままだ」


ダンジョンのモンスターが急に切り替わる——そして、話を聞く限りではきっと、難易度も格段に跳ね上がったのでしょう。

しかし、アップデートをした際の告知もなしに、そんなことが起きたというのは、一度も聞いたことがありません。


「……どんなモンスターだったんですか?」

「——一言で言えば、“異質”だ。名前も、外見も、攻撃方法も、何もかも」

「……名前は……?」


聞き覚えのある話、でした。

何もかもが“異質”なモンスター。一度、対峙したことがありましたから。


「忘れるわけがない。何せ、よっぽど変な名前だったし——相当な因縁があるからな」


苦々しいものから一転、重々しく。彼女は、その名を口にしました。



「——【TS-08_MODEL:hydra】——なす術も、なかった」

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