30_『よい便り』

「——レイピアが使いづらい? そりゃそうだろ、使いこなせたら強いってのをウリにしてんだから」

「じゃあ、他に何かおすすめの武器とかってあったりする?」

「ん? 僕は断然ダガー派だなあ。案外好きなんだよね、あのリーチ」

「また随分と半端なのを……というか、俺が勧める流れだったろ、今の」


すぐ後ろの方で、どっと笑い声が起こります。

それだけじゃありません。クラス中、どこを見回してもそれは同じもの。

お昼休みなんて喧騒に包まれていて然るべき——小学生の時も、中学生の時もそれは変わりません。


そして、今日もわたしの目の前にあるのは、茶色っぽい色味をした弁当だけです。

相も変わらず変わり映えのしない光景と、口当たり。

もそもそとしていて、口の中の水分はどんどんと持っていかれます。

さればこそ、さっさと食べてしまおうと、そこそこ大きく一口含んで。

飲み込むと同時にさらに乾いてしまった喉を潤すように、一息に流し込んだ水。

その勢いのせい、だったのでしょうか。


「けほっ、けほっ」


確かに気管にまで入ったような感覚。思わず何度か咽せてしまいます。

後に残ったのは、真っ暗なスマホの画面に映る見慣れた顰めっ面だけ。

そこから目を逸らすように、再びお弁当に箸をつけようとした時でした。


「……白帆さん。ここ、いいかしら?」


不意に呼ばれた名前、反射的に顔を上げます。

そこにいたのは、席に座ったまま、顔だけを軽くこちらに向けてきている浅黄さん、でした。


「……そもそも浅黄さんの席、です」

「確かに……って、そうじゃなくって——一緒にお昼食べない? ってことよっ!」


一度頷いた後、すぐに少々大袈裟にも思えるような声をあげると、彼女はわたしの方に椅子を向けて、答えを聞くよりも先に自分の弁当箱を置いてしまいます。

思ってもみない提案、でした。


「どうして、ですか?」

「どうしてって……ミーティングみたいなの、必要じゃない? 昨日のギルドってところからのお誘いも、結構大変なものなんでしょう?」


一応は筋の通った理由、でした。

確かに昨日、色々あったのですから。むしろ、何も話をしない方が不自然なのかもしれません。


「……でも、ここには友梨奈ちゃんがいません。やっぱり、みんなでお話、した方が……」


けれど、思わず口走ってしまったのはそんなこと。……視線を合わせることすら、できませんでした。

そこまで、嫌でもない提案だったはずなのに——なぜ、でしょう。

ただ胸の中で燻るのは、引き止められたような感触だけ。


「……そう。乗り気じゃないのは結構、だけど」


小さく首を振りながら、浅黄さんはそう口にします。

一体、わたしはどうしたかったのでしょうか。

誰かとお昼を一緒に食べたいって、確かにそう思っていたはずなのに。

クラスの人とも仲良くならなきゃいけないはず、だったのに。

実際に取ってしまったのは真逆の行動でした。


それでも、絡まった思考は決して、その理由を教えてはくれなくて。

むしろ、わたしの行動原理——だなんて。友梨奈ちゃんに聞いた方が、よっぽどわかりやすいものだったのかもしれません。


わたしが何も口にできず、ただ縮こまっているところで、目の前に伸びた手。

浅黄さんは、自分の弁当箱を引き寄せます。

自分の机に戻るのでしょうか。


浮かない思考で俯いて。

取るべき行動もわからず、ただ見つめているだけ、でした。


けれど、浅黄さんは引き寄せた弁当箱の蓋を開け、その中身へ、箸をつけ始めました。

思いの外鮮やかなその彩りに、思わず目を奪われてしまいます。


「——だけど、浮かない顔で食べるのは、食べ物に失礼よ。食事は楽しくなきゃ。というわけで、アタシはここにいさせてもらうわね」


ほんの少しお説教っぽい口調でした。


「……いいん、ですか? わたしとご飯……なんて」

「アタシも一緒に食べる相手なんていなかったもの。お互いよ、お互い。それに——昨日は、まともに話せなかったじゃない……?」


ふと、昨日の会話を思い出します。

結局、間違って言葉を捉えたまま、お互い気まずくなって。途中からは友梨奈ちゃんに任せてしまいました。


思い返してもみれば、そういうこと、今までにも結構あったような気がします。

上手くお話できなくて、結局は友梨奈ちゃんに頼りっきりで。でないと、落ち着かなくって。

SFlの中でも、それは同じでした。

友梨奈ちゃんと合流してから、やっと少しずつ、輪が広がってきて。


——わたしには、こういう機会が必要なのかもしれません。


「——あ、あのっ」

「うん?」

「お弁当——きれい、ですねっ」


……だなんて。

なんとか話題を探して、探して。

捻り出したてしまったのは、正直変なもの、でした。


「でしょ? これ、アタシの手作りなの」


それでも、浅黄さんは特に気に留めていないかのように、話を合わせてくれました。


「すごい……です。わたし、料理は全然ダメで……」

「……なるほど。お弁当、ご家族が作ってくれてるものなの?」

「はい、お母さんが毎朝、作ってくれてて……」

「良いことじゃない。ウチは両親共に昔ほど暇がなくて。……でも、忙しいからって放っておくとは、コンビニ弁当しか食べないから。アタシがやらなきゃって」


ようやく、少しだけ会話が成立してきていて。

その時、僅かに彼女の表情が陰ったことに気がつきました。


「……ごめんなさい。アタシもこういう場、あまり慣れてなくて。急に家族の話とか持ち出したら迷惑……よね?」


彼女はすぐ、取り繕うように話を切り替えます。

大体、持ち出そうとしていたのが妹さんの話だというのは、見当がついていて。

けれど、触れていい話題なのかわからず、思わず黙り込んだままでいてしまいました。


……やはり、まだまだわたしは未熟です。


ほとんど、会話が頼りっきりで。


「——そういえば、白帆さんが好きな食べ物ってなに?」


そんな風に考え込んでいる間にも、彼女は別の話題を持ち出します。


「……甘いもの、です」

「特に、縛りとかはなかったり?」

「……ええ、特には」

「だったら今度、白帆さんと柑野さん——二人分で、何かお菓子作ってきてあげるっ!」

「……え?」


それゆえ、でしょうか。

半ば頼りきったまま会話していたせいで、気づけば話はだいぶ進んでいました。


「い、いえ……」

「アタシ、結構お菓子作りは自信ある方よ?」

「そうじゃなくって……その……悪い、です。忙しいんでしょう?」


そんなわたしの途切れ気味な返答に、彼女は少しだけ見開いて。

それから、クスリと少しだけ、笑みを浮かべました。


「……別に、気にしなくて良いのよ。むしろ、手伝ってもらってるのはこっちの方だし……。一番好きなものってなに?」

「し、強いていうならドーナツ、です……」

「了解。二人分ね。今度持ってくるわ」

「……ありがとう、ございます」

「……別に、硬くなくていいのよ。アタシたち、同級生だし、同じクラスなんだし。それじゃ、もうすぐ授業だし——続きは放課後、かしら」


彼女に釣られるようにして時計を見ると、もう昼休みは終わりに近づいていました。


「——今日もよろしくね? コリスさん」

「……よろしく、お願いします。……スイさん」


彼女が弁当箱を回収して、振り向く手前、零した挨拶。

返答と重なるようにして、チャイムが鳴ります。


普段は持て余し気味にしていた時間だったのに、なんだか、あっという間だったような気がします。


静まり返る教室に伴うように、ふと窓の外に目をやると、梅雨期にしては珍しく陽が顔を覗かせていました。


普段より、気持ちは前向きです。

放課後に、思いを馳せながら——わたしは、ノートを開きました。

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