28_『あたしを行かせて』

「……この数は厄介、だな」


ポツリ、と。店主さんが声を漏らす。

階段を降りてから、どれくらい歩いただろう。

足取りが重くなってきたリザちゃんがあたしの服の裾を何度か引っ張って、コリスちゃんも疲れたような顔を見せ始めた頃、そのモンスター——巨大な鎌を持つ蜘蛛たちは、姿を現した。


「……コリスちゃん……アレ、何?」

「——《アロニエ・シックル》。強力な外殻を持つモンスター、です」


目測ではあったけど、通路を塞ぐようにあたしたちの前に立ち塞がっていた蜘蛛——【シックル】はざっと十体ほどはいた。

そして、コリスちゃんの言う通り、厄介なモンスターなんだろう。

ギルドの人たちは、タイミングを見計らうように武器を構えたまま。空気は張り詰めている。


「……つまり、下手に攻めて仕留めきれなかったら一撃受けちゃう……ってこと?」

「そういうこと、です。……リリィちゃんも、慣れてきましたね?」


不意な褒め言葉に、一瞬、思わず頬が緩む。

でも、それは後からにしよう。

今はこの状況の打開策を考えなきゃ——って、少し思索を巡らせて。

一つ、思い出したことがあった。


「……コリスちゃん、魔法って使える?」

「はい、MPはまだ結構残ってます」

「じゃあ、【タビー】の時みたいなこともできたりする?」

「【タビー】の時——弱点看破ってこと、ですか?」

「そうそう、それっ!」

「……できるはず、ですけど」


そう口にして、コリスちゃんは頷く。

こうして戦うのも、作戦を考えるのも、だいぶ慣れてきた気がする。


「——店主さん、あたし、攻めます。タイミング、大丈夫そうですか?」

「……一人で先陣を切るのか? そりゃ、だいぶ無茶——」

「一人じゃないです。それに、店主さんが作ってくれたもありますから」


更に強く握った《クロニアシーカー》。

それと一緒に、一歩前に出るコリスちゃん。

それだけで、十分心強かった。


「……アンタ、案外突っ走るんだな」

「……初めて言われた気がします。そういうの」

「そう、か。……よし。総員、“シーカー”に続けるよう、攻撃体制をっ!」


こういう、ちょっと大胆なこと。少し、強がってるみたいなこと。

いつもは、あまりやらないはずだけど——璃子ちゃんの前だと、ちょっとそれも変わってくる。——何だか、行かなきゃって。そんな気になってくる。


肩より少し上、引き絞ったレイピア。


——キュィィィィン!!!!


刀身が纏う青い光も、直に伝わる鳴動も、前よりずっと力強い。


「行くよっ! コリスちゃんっ!」

「了解、ですっ!」


地を踏み、蹴り上げて、勢いづけた刺突。まずは一体目、一気に距離を縮める。

爛々と光る目が、こちらを捉えた。それと同時に、点滅を始めるHPバーとその隣のアイコン。

僅かにそれを一瞥して、すぐに視線を移動。《見切り》を発動させる。

縮まった距離は、もう鎌の射程範囲内。

確かに、食らったらひとたまりもなさそう、だけど——。


「——《ドゥ・フレイムバレット》っ!」


最初に表示されていた二箇所、目の前に迫っていた鎌に背後から放たれた炎の弾丸が当たって、僅かにのけぞる。

それと同時に、頭部にもう一発。

でも、どちらも青い火花が飛び散らなかったということは——残る一箇所、狙うは——っ!


「そこっ!」


ほとんど抵抗すらなく《シーカー》が腹を貫くと同時に、目の前に表示されていたHPバーは空になった。

それと同時に、響き渡る破砕音。


それでも——まだ、終わらない。

連撃のために、硬直の直前、構え直したレイピア。再び光が灯ると同時に、すぐにもう一体の【シックル】——鎌は迫る。


「——《ロックブラスト》っ!」


それがあたしに達する直前、鎌を砕く岩塊。

そのまま勢いを殺さず、貫いた腹部。なのに——青い火花は飛び散らなくて。

スキル後で硬直する体。

その瞬間、視界の端で迫る、もう一つの鎌が映った。


——ガキィィィィンッ!!


鈍い金属音と共に、目の前で叩き割られた頭。

あたしに鎌が届く前に倒された【シックル】、たった今、メイスを振り下ろしたのは、店主さんだった。


「——総員、攻撃を続行っ!」


辺りで飛び散る火花と、響く金属音。

他のプレイヤー達も、もう攻撃を始めてるみたいだった。


「——正しく“シーカー”。相応しい、良い切り込みだった。まだ、頼めるか?」


最初に二体を倒した状態。

かなり、戦闘は有利に進められているみたいだった。

店主さんの質問に頷き、まだまだ力強い重みを伝えてくる《シーカー》を構え直す。


「りょーかい、ですっ! コリスちゃん、またお願いっ!」


そう口にしながら、指輪を軽く撫ぜて。

《共振の天秤》を発動。人族——あたしから、璃子ちゃんへMPを送る。


「もちろんですっ! 《ドゥ・フレイムバレット》っ!」


背後から放たれる二発の弾丸、その進路目掛けて、あたしは、再び駆け出した。


◇ ◇ ◇


◇ ◇



「……それで、なんでこんな立地なんですか」


ダンジョンの一室——というよりも、安全地帯として備えられただけの部屋。

石造りの粗雑なテーブルと、それとは対照的に、丁寧に作られているらしい高級そうな本棚に収められた何冊もの本。


「いやあ、“シーカー”様は流石だぜ」

「やっぱユニークよユニーク。そそるねえ!」


そして、少し広い程度のそのスペースには、おおよそ十数人、ひしめいた人々によって賑わっています。

色々とアンバランスなその部屋で、わたしは、思わずそんなことを漏らしてしまいました。


「モンスターがすぐ湧出ポップするから検証がしやすい、というのが最たる理由だったかな」

「でも、【シックル】にはだいぶ苦戦してました……よね?」

「……引っ越したばかりで、あまりテーブルが把握しきれていなかったんだ。……すまない」

「……いえ、頭は下げないでくださいっ」


わたし達4人と店主さん、計5人で囲んだテーブル。

何度も頭を下げる店主さんを宥めて、顔を上げてもらうまでには、結構時間がかかってしまいました。


「それで、あたしたちを呼んだ理由って、PKのペナルティ以外にもあるんでしたよね?」

「ああ、そうだ。——改めて、ギルド《カラムス・ラディックス》副ギルドマスター“カルカ”だ。一応は、まとめ役も兼任している。よろしく」


店主さん改め、カルカさんは、そう口にすると、こちらに握手を求めるように、一人ずつ、手を差し出してきます。

ごつごつとした手——そして、今も騒がしいギルドメンバーの方々を普段まとめているという事実——何となく、気迫を感じました。


「——それでは、本題に入る。アンタら二人が罹っている《共依存》。それは現状、唯一無二、かつ未知の存在だ。そして、検証班として設立されたこのギルドには、最終的に成し得なければならない“目的”がある。そのために必要なのは、一つでも多くの未知を既知へ変え、先へ進んでいくことだ」

「だから、あたしたちに協力してほしいってこと、ですか?」

「その通りだ。……もちろん、断られたらそれ以上はギルドとして、アンタらに介入しないことは誓う。その上で、頼まれてくれるか?」


浅黄さんの強化に、リザちゃんのため向かわなければならない未開域。

まだ、検討している——というよりも、今わたし達のやろうとしていることを考えれば、この頼み事は邪魔になる可能性が高いです。

まだ、全員でしっかりと相談はしていないので、決定はしていませんが、現状は断る方に話は傾くでしょう。


『……遡れば、本当にそれぐらいだよ。隠されたものマスクデータを明らかにしたい。ゲーマーの持つ根源的欲求、その内の一つだ』


ですが、店主さんが口にしたこと、“隠されたものを明らかにしたい“、プレイヤーの端くれである以上、わたしにもその感情はわかります。

だからこそ、“目的”が何か、気になりました。


「あのっ、カルカさん。“目的“について、聞かせてもらっても良いですか?」

「ああ、そうだった。確かに、語らずして——ということか。私たちの目的は——」


「——“ミカイイキ“への侵入、でしょう?」


その瞬間、でした。

店主さんの発言を遮って発された声。


それは、今までずっと黙り込んでいたリザちゃんのもの、でした。

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