27_『考える者よ、従順たれ』

「ようこそ。ここが、ギルド——“カラムス・ラデ葦の根っこィックス“のホームだ」


目の前でぽっかりと口を開ける石造りの入り口。

振り返ると、岩によって出来上がったお世辞にも足場がいいとは言えない階段。

“ホーム”と、立派な名前こそついていましたが、そこはまるで——。


「……洞窟、じゃんっ」


たった今、リリィちゃんが口にした通り——ただの洞窟、でした。


◇ ◇ ◇


◇ ◇



「……ウチは、“ブラックリスト入り“——“アングラギルド“なもんでね。活動のため、つっても、コイツらが検証検証ってプレイヤーに戦闘吹っかけるから、町にホームを作れないんだ」


——検証班。


その名前を聞いたのは、今日が初めてでした。

この世界には、ギルドと呼ばれるパーティーよりも大きな集団が存在します。

大体は、友人と組んだり、共通の目的を持つ人たち同士で組んだり——きっと、この場合は“共通の目的を持つ者“という括りで組んでいるのでしょう。少なくとも、あまり連帯感があるようには見えませんでしたから。


「ところで店主さん、検証ってどんなことをしてたりするんですか?」

「……ん、ああ。ダメージの計測とか、バフ値の検証とか、モンスターごとの部位がどう、とかだな。そんで、ワタシの担当はゲーム内アイテムについて、だな。例えば、嬢ちゃんが持ってる《クロニアシーカー》——ああいう、wikiにも情報がない武器の情報提供——そんなところだよ」

「それで、後ろの人たちは?」

「自称クレバーな切り込み部隊、通称はそのまんま、クレバー隊。自らの身を犠牲にしてダメージの計測をしてるのさ。ただ、そのせいで……嬢ちゃんはPKだ。こっちがブラックリスト入りギルドゆえペナルティーは軽いが、二時間は街に入れない……」


店主さんは、そこで少し言葉を濁します。

というのも、リリィちゃんのHPバーの横に灯った拳のアイコン。そもそもとして、わたしたちがここにいるのはそれが理由、でした。


『二時間の間、休める場所を用意する。当然、その間説明もする』


“詫び”と称して、為された提案。

PKに引っかかる可能性も考えれば、半信半疑ではありましたが、店主さんの態度といい、まだ多少の信頼感はあって。

なぜこんなことをしたのかという興味も手伝ったせいか、結局わたしたちはついてきてしまいました。


「……この件に関してはワタシのミスだ。本当に、申し訳ない」

「……事情に関しては……りょーかいしました」


リリィちゃんと店主さんの会話は、そこで一旦途切れました。

後ろを歩く人たちも、お説教の後のせいか今のところは無言。わたしたちの間にも、特に会話はありません。

後に聞こえるのは、ぴちゃ、ぴちゃ、と。どこからか水が滴る音のみです。

それにしても、相当に無茶苦茶な話でした。ダメージの検証のためとはいえ、自ら倒されにいくギルドメンバー——あまり理解が追いつきません。

検証とは、そこまで大事なもの——なのでしょうか。


「……ただ——ここまで無礼を働いてもなお、ワタシたちがアンタらをここに誘いたかったのは、“協力”を願いたかったからだ」


そんなことを考えていた時でした。


「《クロニアシーカー》、そして——《共依存》。二つとも、現状では唯一無二。だからこそ、ワタシたちにはデータが必要だ」


わたしの思考とちょうど重なるように、店主さんは立ち止まると、膝を折って、こちらに向かって頭を下げました。


「……なぜ、そこまでして……?」


思わず、問いが漏れます。

現状、わたしたちが協力するメリットは薄く見えます。それを知っているからか、半ばプライドをも捨てたような姿勢でこちらにお願いする意思。

何にそこまで突き動かされているのか——少し、興味が湧きました。


「未知への窮乏——と言うと……少し仰々しいか。簡単に言えば、白紙のマップを埋めていくこと、ワタシも、コイツらも、それを愛している、と言うことだよ」

「マッピング……と言うこと、ですか?」

「……遡れば、本当にそれぐらいだよ。隠されたものマスクデータを明らかにしたい。ゲーマーの持つ根源的欲求、その内の一つだ。……まあ、後で安全地帯に着いたら詳しく説明するが、今のうちに少しでも考えていてくれると助かる。コリス、さん」


最後にそう付け足して、再び立ち上がると、店主さんは歩き始めます。

それについて、再び一同だんまりとしたまま歩き続けます。

ただ、そんな中、頭の片隅で考えていたことは、メリットが少ない中で協力するか否か——正直、図りかねていたことでした。


「……リリィちゃん。どうしますか?」

「協力するかってこと?」

「はい。わたしだけの問題、ではないので」


実際、《共依存》に関連したものとなると、わたしだけでなく、影響はリリィちゃんにも及びます。その上、一緒に行動しているスイさんや、リザちゃんにも。


「……あたしは、ちょっと考え中、かも」


けれど、返ってきた答えは、若干濁されたものでした。


「アタシは保留ってことで。そもそも、理解が追いついてないし」


スイさんも変わらず。プレイ初日なので、当然といえば当然、ですが。


「リザちゃんは、どう思う?」

「私は正直……ううん、もしかしたら……ホリュウに、させて」


リリィちゃんに質問されたリザちゃんの答えは、ブツブツと何やら唱えて——最終的には濁されたもの、でした。

未開域の件がある以上、彼女はきっぱり却下してもおかしくはないと思ってはいたのですが……結局、総意としては保留、です。


尚更考えが絡まっていく中で、ひたすら足だけは動かし続けて。20分ほどが経ったでしょうか。

突然、先頭を歩いていた店主さんが立ち止まりました。

横から少しだけ顔を出してみると、階段があります。

純粋に下るため——にしては、随分と長い間です。


何か質問をしようとした、その瞬間でした。


「総員、降下用意——武器をっ!」


店主さんがメイスを抜くと同時に、背後でも金属音と共に、着いてきていた十人ほどのプレイヤーも一斉に各々の武器を実体化させます。


「……あの……店主さん……これは……?」


「念のためだが、アンタらも武器は取り出しておいてくれ。この先は、モンスターが湧出ポップするエリア——ダンジョンなんだ」


——ギルドホームとは、ここまで過酷なものなのでしょうか?


頭に浮かべた疑問符と共に、思わずため息が漏れるのを感じながら——わたしも、杖を実体化させました。

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