24_『うぬぼれ、きっと禁物で』
「——遅かったじゃない。リリィ、コリス。……ホント、ねぼすけさんね?」
背中に当たる感触が固い壁から柔らかいベッドに変わってすぐ。
ログインを終えたあたしに話しかけてきたのは、ここ数日で聞き慣れてきた声、だった。
「おはよう。リザちゃん」
「おはようございます。リザちゃん」
もう夕方になっているはずなのに、あたし達がログインしてくるタイミングを見計らってか、この子はいつも、これくらいの時間帯になるとあたし達が起きてくるのを待つように、ベッドの中に潜ってくる。
そうすると、決まってあたしの方に頭を突き出してきて。
最初の頃は何をして欲しいのかちっともわからなかったけど、どこか拗ねたような態度と、それでも絶対に頭を下げない姿勢から、何を欲しがっていたのか、あたしは理解していた。
「ごめんね? ……待たせちゃって」
そうやって頭を撫でると、さらりとした髪と体温がそのまま手のひらに伝わってくる。
まるで現実と変わりない感触と触り心地の良さに、思わずしばらく撫で続けてしまって。
ちょっと髪が乱れてきたあたりで、ようやくリザちゃんは頭を引っ込めた。
「……ん、髪型、クズれちゃったじゃない。……撫ですぎよ」
「すぐに直してあげるからちょっと待っててね?」
先にベッドから出て鏡の前で身だしなみを整え終えていたコリスちゃんに場所を開けてもらった後、ウィンドウからブラシを実体化する。
現実世界のものと違って、そこまで目も細かくないし、デザインも簡素なものだけど、髪を梳かすくらいなら十分に使える。
乱した後に自分で整えるっていうのも何だか変な話だけど、髪型が整った後は、決まって嬉しそうに顔を綻ばせるから、中々やめられない。
「今日はどんな髪型がいい?」
「何でも構わないわ」
「それじゃあ……ツインテールとか……?」
「……流石にコドモすぎない?」
とは返されつつも、試しにリボンを二本、実体化させてみる。
「……しかもピンクじゃない……それを、私が……?」
「うん、合うと思うんだけど……どう、かな?」
街での情報収集の最中に、コリスちゃんにおすすめされた店で買ったリボン。
ちらちらと揺れるリボンを試しに髪に押し当ててみて——うん、組み合わせ的には大分あってるかも。
「でもでも……っ、やっぱり……」
「あの……リリィちゃん? 浅黄さんが待ってるんじゃ……?」
「あっ、浅黄さん……えーっと……そうそうっ! 大きな街に行くの! だからおめかし、ちゃんとしないとダメ、じゃない?」
「大きな街って……サントゥール……?」
その名前を口にした時、ちょっとだけリザちゃんの表情が綻んだ。
……もしかして、行ったことがない、とかなのかな。
「そう……だよね? コリスちゃん」
「……ええ。合ってます」
「……おめかし……サントゥール……ぅぅ……」
そこまで伝えて、リザちゃんはようやく悩むような仕草を見せ始める。
未だあたしの手にあるリボンと、長い髪の一房を見比べて。
「……わかった。おめかし、するから——ムスんで」
それでも、最後は“大きな街でのおめかし“っていう言葉が勝ったのか、彼女はリボンをあたしの手から取ると、結ぶようにお願いしてくる。
「りょーかい。じゃあ、結んじゃうね?」
手で直接結ぶんじゃなくって、ウィンドウを開いて結ぶっていうのはちょっと残念だけど、その辺りはしょうがない。
リザちゃんの頭の上——カーソルに触れて、装備欄を表示させて——。
「——ん?」
あたしは、アクセサリの中に一つだけ、変な言葉——文字化けした状態で記載されているものを見つけた。
思わず、リザちゃんの方を見て、それらしいものを探そうとしても……あるのは、あたしが少しずつ装備させていったものばっかり。ちっとも見つからない。
「どうしたの? リリィ、するなら早く」
「……う、うん。そう……だよね。ごめん」
もしかしたら不具合みたいなもの、なのかもしれない。
どこか引っかかるものはありつつも、取り敢えずそれは隅に置いて。後で一応コリスちゃんには相談しておかなきゃ……なんて、考え事をしながら。
あたしは空いたアクセサリ欄に、一対のリボンを入れた。
◆ ◆ ◆
◆ ◆
◆
「むぅ……だから……私は……」
「うんうんっ! やっぱり似合ってるっ!」
結われた二房の髪を隠すように、更にフードを深く被るリザちゃん。
そんな彼女をフォローし続けながらも、リリィちゃんは手を引きます。
とはいえ、その光景を見ているとどこか——少しだけ、引っかかるものがあるような気がして、なんて。……無粋です。
わたしは現実世界でずっと、友梨奈ちゃんと交流を持っているのですから。
軽く首を振って、その考えを振り払い——視線を再び二人へと向けます。
確かに、子供っぽい髪型と言えば……否定はしきれませんが、わたしから見ても似合っているとは思います。
ずっとリリィちゃんに褒められっぱなしで食傷気味になっているようなので、わたしは口をつぐみますが。
「ここが……サントゥール……!?」
けれど、転移碑から歩いて少し。
メイン通りに入った途端に、先ほどまでのげんなりとした様子はどこへやら、リザちゃんの様子は一転、目を輝かせます。
始まりの街というだけあって、露店や溢れかえったプレイヤー、連なる店——サントゥールは今日も賑わっていました。
確かに、初めて見るのなら、興奮するのも頷ける景色です。
「そうそうっ! コリスちゃんが最初に連れてきてくれたのもここだったんだよ。ね? コリスちゃん」
「あ、はい。そう、ですね」
その時でした。唐突に話を振られたために、慌てて返答したせいか——発した声は詰まり、少し震えたものになってしまいました。
そのために、早々に話を切り上げて。半ば気を紛らわせるように、浅黄さんから送られてきたマップ情報に視線を戻します。
指定場所はサントゥールのメイン通り付近です。しかし、よく見てみるとそこはほんの少しだけそれた場所——いわゆる、路地裏にありました。
距離もここからそう遠いものではありません。
辺りを見回すと、確かに一箇所、建物と建物の間に細い道があることに気づきました。
そして、その前には露店が広げられていて。サントゥールぐらい大きな街になると、こういった隠しマップに近いものも多いことには多いですが……それにしても、マップ情報を渡されていなければ相当にわかりづらい場所です。
「あそこ——みたいです。行きましょう」
「ん、りょーかい。リザちゃん、こっちだって」
「あそこのお店、少しだけ」
「あとで連れていってあげるから……。ね?」
少し不服そうなリザちゃんを、しばらくリリィちゃんが宥めて。
最後は何とか折れてくれましたが——それにしても、また歩き始めるまでの時間はそこそこなものでした。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「——こんにちは、コリス、リリィ」
路地裏に入って程なくして。
すぐに奥へと突き当たりました。
そして、そこには——口ぶりから察するに、恐らく浅黄さん……がいました。
「その……浅黄さん、ですか……?」
「ええ、それで合ってるわよ。……できればリアルでの名前は控えてほしいところだけれど」
けれど、言葉を濁した状態で聞いてしまって。
というのも……彼女のアバターは、あまりにも現実世界での姿とかけ離れていました。
腰まで伸びた眩しい金髪、わたし——というよりも、現実の友梨奈ちゃんよりも高い背丈。
本来はもっと小柄でどちらかというと、可愛らしい——といった印象を受ける浅黄さんとは全然違います。
「アバター生成の時……どれくらい現実世界の見た目、反映させました?」
「ゼロね。ネットリテラシーは大事だもの」
即答でした。
それと一緒に、指差された頭上のカーソル。
『sui』と、短く三文字。
顔も違って、名前も現実世界と全然違うもので——確かに、言動がなければ本人の特定なんてほとんど不可能です。
「……ねぇ、コリスちゃん。“ねっとりてらしー“って……何……?」
現実世界とほとんど変わらない表情のまま、リリィちゃんが聞いてきます。
……思い返してみると、浅黄さんに協力することになった経緯も友梨奈ちゃんの顔がきっかけでした。
「……とても——とっても、大事なものです」
そう考えると、確かに一理あります、なんて。今更学んだことは隅にやって。
何よりも気になるのは、なぜわざわざ彼女がこんなところを待ち合わせ場所に指定したのかということでした。
普通見つかるはずもなければ、理由はあって然るべき——それが道理ですし。
「……ところで、あさ——スイ……さん?」
「ええ、発音には難ありだけど……って、この文字数じゃ無理があるわよね。間違ってないわ。続けて?」
プレイヤーネームにはそれぞれのこだわりがあるものなので、案外発音一つや読み一つ、うるさい人はいるものですが、彼女はその辺り、特に厳しい相手ではないようです。
「えーっと……スイ、さん。なぜ、わざわざこんなところにわたしたちを……?」
「それはね——これがあるからよっ!」
力一杯、彼女が叩いた後ろの壁。
現実世界よりも幾分か態度が大きいような気がするのはさておき。
「——これ、ただの壁じゃ……?」
「ううん、よく見てみなさい! このノブを!」
彼女の示した先にはドアノブらしき突起がついていて。
よく見てみると、ドアになっているのか、溝もうっすらと見えます。
薄暗さと、完全に壁に擬態した配色のせいでちっともわかりませんでした。
ですが、だとしたらますますわかりません。
こんな場所とこんな外装でこの建物は、一体何を——?
「これってなんの建物、なんですか……?」
「——武器屋ね。それも、プレイヤーの経営していて——要するに、プレイヤーメイド品を売ってくれるの」
「……プレイヤーメイド……!?」
思わずその響きに反応してしまいます。
高価さや素材の要求値が高い反面、店売りのものよりもハイスペックなプレイヤーメイド武器。
ですが——値切りにせよ何にせよ、人と交流しなければならないという事実のせいで、敷居の高いものでした。
でも、今なら——。
辺りを見回せば、わたしよりもコミュニケーションを取れそうな人——スイさんは置いておいて——リリィちゃんがいます。
それに、お金も素材も未開域近くの狩りでそこそこ貯まっていて。
来るべくして来た機会、とでもいうのかもしれません。
気づけば、気分は高揚していました。
これではリザちゃんと同じ……ですが、楽しみなものは楽しみです。それに違いはありません。
「——だから、武器を整えてもらおうと思ってっ! ここ、結構安くて強い武器を作ってくれるらしいのよっ!」
伝聞したらしい情報を自信ありげに口にして、もう一度スイさんはドアを叩いた——その時でした。
「——おいおい……うるっせぇなあ」
低くて、少ししゃがれた声が路地裏に響きました。
それと同時に出て来たのは、身長を盛っているスイさんよりも、もっと身長が高い女性、でした。
服装こそ鍛治師らしいエプロンで、髪も黒いものでしたが——どこか威圧感を感じ、何歩かたじろいでしまいます。
リリィちゃんも少し表情を険しくしながら、背後にリザちゃんを隠して。
けれど、一番反応が顕著に出ていたのは、スイさんでした。
顔は引き攣り、先ほどまでの態度は何処へやら、口も開かずにわたしの後ろに隠れます。
NPCなので正確な年齢はわかりませんが——やっていることがほとんどリザちゃんと変わりありません。
そうしてわたしたちを一通り見渡すと、彼女はさっきよりも低い声で一言、口にしました。
「アンタら……まさか、冷やかし……じゃあないよな?」
もちろん違います。むしろその逆です、と。
そんな念を込め、必死に首を振ります。横目で見てみれば、リリィちゃんも同じことをやっているのが確認できます。
……自信ありげにここを紹介していたスイさんは、縮こまっていましたが。
それがしばらく続いたのち、彼女は背を向けると、ようやくいくらかやわらいだ声音で、店内の方を示しました。
「だったら——入ってよし。……武器、だろ?」
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