25_『予期せぬ出会い』
「……うわぁ」
店に入ってすぐ、リリィちゃんが感嘆とも呆れとも取れない声を漏らします。
店内は足の踏み場があるかどうかすら怪しいほどに、そこら中に武器が散乱していました。
踏んで壊してしまわないように気をつけながら、かがんで一つ、確認してみます。簡素なデザインの片手直剣——《スチール・ブレード》、初心者向けの武器です。辺りを見回してみれば、他の武器種でもそうでした。ほとんどが初心者向けとしてショップに売っている《スチール》武器。どれもサイズや見た目の質がまちまちであることから、先にカウンターの方へ戻った女性——店主らしき方が作ったものであることには違いがなさそうです。そうして、しばらく店内を観察していた時でした。
「——アンタ、プレイヤーメイドの割には武器のランクが低いって思ったろう?」
不意に声をかけられたせいで一瞬、かなり大袈裟に——それこそ、肩が跳ねるくらいには反応を示してしまいました。
……何しろ、図星でしたので。
「……あ、いえ……そんな、こと……」
「構わないさ、別に。ここに来たヤツは大概そんな反応だ。そうだな——試しに一つ、プロパティを確認してみろ」
しどろもどろになりながらも答えて。けれど、案外店主さんの態度は店に入る時とは違い、柔らかいものでした。
取り敢えずは言われた通り、ちょうど今見ていた《スチール・ブレード》をタップします。
「——っ」
表示されたウィンドウ。羅列された数字——それを目にした途端、思わずわたしは声を漏らしてしまいます。
「そのランクの武器でも中々なもの、だろう?」
「え、ええ……」
強化自体は一切していない状態だというのに、そのステータスは、通常の《スチール》系武器よりも二倍ほど高いものでした。
「鍛治熟練度を上げるには、一個ハイグレードな武器を作るよりも低ランクの武器をたくさん作った方が効率が良いからな。ストレージには入り切らないが、スキル上げに貢献してくれた大切な武器たちだよ」
そう口にしながら彼女は床に落ちた剣を拾い上げ、刀身を指で撫ぜます。
店主さんの力量もあるのでしょうが、思っていたよりも遥かに——プレイヤーメイドの武器は強力でした。
「それで——武器製作、だろう? アンタ達、今使ってる武器を出してくれ」
「……じゃ、じゃあ、まずはあたしから……」
まずはリリィちゃんが腰に挿していた《レイピア・ド・バロネス》を卓上に置きます。
「ふむ——《レイピア・ド・バロネス》。
レイピアのプロパティを確認しながら、感心したように何度か頷く店主さん。
そうしてから、彼女は再びレイピアを置き直し、今度はわたしに視線を向けます。
次はわたしの番、ということなのでしょう。
先ほどの武器を見て、否が応でも期待値は上がったまま。高揚に拍車がかかった状態でリリィちゃんに倣い、ウィンドウから杖——《ルーン・オブ・クレッセント》を実体化させ、卓上に置いた時——。
「……この店、杖を作るための設備はなくてね」
少し困ったような声音で、店主さんは呟きました。
……完全に、失念していました。
元々、魔法攻撃ができるという点で特殊な杖は、基本的に街の店では買えません。
それこそ、森林エリアの奥にいる専用のスキルを持ったNPCに作ってもらうだとか——そういえば、今使っているものもそうやって手に入れたのでした——なんて。そう考えている内に、高揚は落胆へ。
「——コリスちゃんっ!?」
「……ごめんなさい。ちょっとだけ、目眩が……」
感情の高低差をヘッドギアが読み取ったのか、視界を埋める目眩エフェクトと共に多少ふらついたわたしの体を、リリィちゃんが受け止めてくれます。
こういうところまで繊細に読み取るところは、少々の不便さまで感じます、ほんと。
今度は少々鼓動を早めた胸の音と、熱くなった頬に気づかれないように、少し俯きがちになったままリリィちゃんからこそっと離れ、杖をインベントリに収納します。
「次はアタシの番……ってことで……?」
次いで、少し恐々としたまま、武器——《スチール・ブレード》を卓上にスイさんが置きました。
しかし、それを見て店主さんが作ったのは顰めっ面。そのまま、彼女はスイさんに聞き返します。
「アンタ、素材はあるのか……?」
「そざ、い……?」
そんな店主さんの質問に、呆けたような表情で、スイさんはこちらを向きます。
「……ストレージ、何もありませんか?」
「多分、ない……けど。始めたばかり、だし」
「……ウチは、素材持ち込み制でやらせてもらってるんだ。だったら武器は作れないな」
店主さんの呆れたような声音が反響します。この店をわたし達に教えた当の本人だと言うのに、スイさんも項垂れたまま、こちら側にやってきて、床に座り込んでしまいました。わたしも空回りすることは少なくありませんが、いざそう言った状態にある人を前にすると、言葉は迷子になってしまいます。
わたし、スイさん、リザちゃん。誰一人口を開かないまま、その場には重苦しい空気が充満していて。
それとは対照的に、唯一卓上に残された《レイピア・ド・バロネス》と、店主さんに向き合っているリリィちゃん。
「それじゃあ、素材を出してくれ」
「りょーかい、です……って、素材ってどれ……?」
けれど、よく考えてもみればリリィちゃんが武器作成を依頼するのは初めてでした。
「ちょっと、見せてもらえますか?」
沈黙から逃れるようにリリィちゃんの隣に移動して、一緒にインベントリを確認します。
鉱石や、モンスターの爪など、使えそうな素材を、取り敢えず片っ端から実体化させて積み上げていきます。
「この素材……未開域近くでしか取れないヤツじゃないか……アンタら、なんでそんなに……?」
一瞬、《共依存》のことを説明するか迷いましたが、流石によくわかっていないスキルのことを、そうそう口にするわけにもいきません。
「この子——リリィちゃん、とっても強いので」
「……確かに、レイピアを使っているだけあってということか。了解した。ベース素材を《レイピア・ド・バロネス》とした上で、他の素材がこれなら今でもかなり良いものが作れると思うが……まだ素材スロットには空きがある。他に、追加は……?」
「だそうです、リリィちゃん」
「うーん、他にこういうのはない……かも」
「ふむ、素材レベルの平均を下げるよりはこのままの方が良いか。では、これで——」
素材の譲渡を済ませるために、再度リリィちゃんのウィンドウを覗いていた、その時でした。
「——これ、なんですか……?」
一つ、見覚えのないアイテムが素材として分類されていました。
「《アストラシア・インゴッド》……? あたしも知らない、なあ」
首を傾げたまま、リリィちゃんはそれを実体化させます。
数瞬して、薄い光を纏ったまま現れたシルエット——そして、実体化した《アストラシア・インゴッド》。
それに刻まれた独特な紋様と光沢を見て、ようやくわたしは——それが何であるかを理解しました。
「これって……【lupus】のものじゃ……?」
間違いありません。
DoTの時に戦った奇妙なボスモンスター——【lupus】の身を覆っていた装甲。
形こそインゴッド状になっていましたが、質感といい、何といい……まさにそのもの、でした。
「——っ!? アンタら、これは……っ!?」
リリィちゃんが素材を譲渡した瞬間、店主さんが呻き声を漏らします。
先ほどまでとは違い、少々取り乱しているようにも見えます。きっと、それほどまでに——。
「一瞬でスロットが満杯に……それどころか、完成する武器のプレビューも見たことがないものに……これ、使ってもいいか——っ!?」
「あ、はい……良いよね? コリスちゃん」
「……もちろん、です」
きっと、それほどまでに——《アストラシア・インゴッド》が素材として、質の高いアイテムだったのでしょう。
何せ、見たことがないモンスターが落とした、未知のアイテム、普通のものであるはずがありません。
興奮冷めやらぬ様子で、店主さんは卓上の素材と一緒に、《インゴッド》もカマドに投入します。
すぐさま、その影響は簡単に視覚で捉えられるような形で現れました。
最初は青かった炎が、《インゴッド》を投入した瞬間に、眩く輝いて——。
「こいつは——こいつは——っ!」
取り出された金色の混合物は、鍛治を一切やったことがないわたしでもその異様さがわかるぐらい、強い光を纏っていました。
——カンッ、カンッ!
すぐさま取り出された鍛治用のハンマー。
幾度も響く重い音と共に、光は強まっていき、二十回ほど叩かれたところで視界を染めるくらい、一層強く輝いて——。
ようやく視界が元に戻った時、目の前にあったのは《レイピア・ド・バロネス》よりも更に細身で、全体に【lupus】の装甲の模様と似た、繊細な装飾が施された、一振りのレイピアでした。
「——“クロニアシーカー“。
恐る恐るといった様子で店主さんが差し出したレイピアを、リリィちゃんが受け取ります。
そして、指先で刀身を軽くなぞって——彼女にしては珍しく、ただ息を呑むだけでした。
「……はっきり言って、異常な数値だ。それに加えて、スキル付きなんて……こんなの、今まで一度も……。多分、コクリコ武器にだって負けてないぞ……これ……」
リリィちゃんに見せられたプロパティ画面。そこに表示されている数値に、思わずわたしも息を呑みます。
強力——というよりも、そもそもスキルを持っている武器ですら希少な中で、換算すれば強化されていた《バロネス》の時よりも無強化の状態でも二倍ほど高い数値。はっきり言って、異常でした。
「……代金はいらない。ただ……その代わり、スクショを撮らせてくれないか……? このレベルの情報を放置するのは、あまりにも勿体なさすぎる」
目の前で起きていることの凄まじさを理解したのか、どこか上の空なまま、頷くリリィちゃん。
すぐさま、短いSEが響いて。店主さんがスクリーンショットを撮ったことがわかります。
「本当に——本当に、ありがとう。ワタシが武器屋を開いていたのも貴重な情報のため、だから本当に助かる」
「攻略サイトか何か、運営されているのですか……?」
「……いや、アイツらとは違う。……とはいってもまあ、似たようなものだが」
未だ意気消沈気味のスイさんと、その空気に当てられたのか同じくげんなりしたリザちゃんも連れて店を出る手前、店主さんがそう零します。
「まあ、次までにゃ杖の作成スキルも習得しておくよ。だから——また来てくれ。何なら、《クロニアシーカー》の強化もしたいし。……達者でな」
閉じられたドア。
みなしばらく呆然とした様子で、静寂が路地裏を支配します。
そんな中、《クロニアシーカー》だけは唯一、僅かに当たる光でも、十分なほどに照り返しを見せていて。
それを見て、リリィちゃんはまた、ごくりと息を呑みます。
「……これ、すごいんだよね……? コリスちゃん」
「……ええ。絶対そう、です」
未だに呆けたような声でしたが、ようやく空気は解れてきました。
「それじゃ、狩り、行くんでしょ?」
そんなスイさんの問いかけに、少しずれ落ちて来ていたリザちゃんのフードをかぶせ直しながらも、リリィちゃんが頷いて。
同調するように、思わずわたしも頷きます。
「うん、これ——試さなきゃ」
ようやく調子が戻って来たのか先導するスイさんに従って、わたし達も一旦は、狩りに出かけることにしました。
◆ ◆ ◆
◆ ◆
◆
「——《アストラシア・インゴッド》。それと、《クロニアシーカー》——どちらも初めてだ。アンタらはどう思う?」
先ほどまでいた四人がいなくなって、がらんとした店内。
人も減っていれば、日課の鍛治スキル上げもしていない。普段よりもずっと、店内は静かだった。
顔を照らすウィンドウには、幾つもの文字列が重なっていって。
「……ふむ。やはり、名前しか存在が確認されていなかったもの、か」
店主はそれを前にして、一言発した。
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