23_『内気なのはお互い様、ですね?』

「えーっと……なんで……?」


狭い部屋に、呆けたような友梨奈ちゃんの声がこだまします。

当然といえば、当然です。唐突も唐突、彼女が口にしたのは動機のよくわからないお願い事、だったのですから。


「アタシ、《スカーレット・フルール》を始めたいの。ただ、その——VRMMOというか……インターネットって……その——怖いじゃない……? だから、どうしても一人じゃダイブする気になれなくて……でも、二人とも強いじゃない? だから、一緒だったら安心、かなって……」


尻すぼみする声は、どこかデジャブを感じさせるもの。正直、わかります。初対面の相手を二人にしてここまでお願いするなんて、大変ですもの。

……けれど、聞くべきことは一つずつ、しっかりと聞かねばなりません。正直、今彼女が口にしたことだけでは、理由として弱すぎますから。


「……そもそも、どうやってわたし達がプレイヤーだと……知ったのですか……?」

「……インターネットよ。二人とも大きな大会で勝ってた、じゃない? だから、このゲームについて調べているうちに、記事になってたのを見つけて……単純に既視感を覚えただけ。だって、柑野さん」


そこで浅黄さんは友梨奈ちゃんの方を指すと、少々躊躇うような仕草を見せながらも言葉を継ぎます。


「……あなた、その……現実世界とほとんど同じ顔、してたじゃない……?」


思っていたよりも随分と簡単な方法での特定、でした。

というよりも、いつかは起きてしまうこと、だったのかもしれません。

なにしろ、友梨奈ちゃんのアバターは現実世界の顔と髪の色以外はほとんど変わらないものでしたから。


「でも……じゃあ、なんであたしじゃなくて、最初は璃子ちゃんに……?」

「……柑野さんをゲームに引きずる導線になりそうな子なんて、白帆さんくらいだったんだもの。柑野さん、休み時間こそ他の子と話してても、登下校中はずっと白帆さんに付きっきり、じゃない?」

「そう……かも」

「ゲームって特に時間がかかるものでしょ? それで、大会で勝つところまで持っていくって、相当なプレイ時間が必要じゃない。それに、一緒にプレイするパートナーも。それで……あなたの周囲との関係を一つ一つ調べてたら……」

「……璃子ちゃんだった……ってこと?」


確かに、納得できる部分はありました。友梨奈ちゃんに最初から話しかけるよりも、わたしに話しかけた方が断られづらい……というのは、自然な考え方です。それに、席が近い彼女だったら、普段のわたしの様子も見ているはず。あまり認めたくはありませんが……尚更です。

けれど、一つ引っかかります。顔だけでの身バレならありがちですが、わざわざ遠回りにわたしから……外堀から埋めるのには相当に用意が必要です。

それこそ、普通のプレイヤーならこの学校でも探せば相当いるはずでしょう。一人が怖いのなら、何も一緒にダイブする相手としてわたし達にターゲットを絞る必要がありません。

だとすれば、まだ何か理由があって然るべきで——。


「もしかして……キャリー、ですか?」


一瞬、彼女の瞳が見開かれました。

そののち、少々躊躇うように伏せられて。部屋を一時の静寂が包みます。

……酷な質問だったかも、しれません。キャリー目当てなんて、あまり誉められた理由ではありませんから。

しかし、聞く必要があったのは確かです。しばらくの間をおいて、再び彼女は口を開きました。


「……強くならなきゃ、ダメなの」

「強くならなきゃって……《スカーレット・フルール》で、ですか?」

「……ええ。やっぱり、一から全部説明するのが筋、よね? ……聞いてもらってもいい、かしら?」


特に、それに対しての異論はありません。友梨奈ちゃんもわたしも、お互い頷きます。

それからまた間を置いて、ようやく浅黄さんは話し始めました。


「まずは……そうね。妹が部屋から出なくなったって話から、かしら? 何がキッカケだったのかはよくわからないけれど……ある日を境に、家はおろか、部屋からも出なくなったの」

「部屋にずっと……ネット中毒に近いもの、とか……ですか……?」

「……ええ。一回、ドア越しで通話の内容か何かが漏れ聞こえたのだけれど……“VRMMO“にハマってるって。それで、調べたの」

「《スカーレット・フルール》について、ですか?」

「ううん、まずは妹のSNSのアカウントからよ。ネットのコミュニティに頼っている以上、アカウントが存在しないわけがないもの。時間はかなりかかったけれど、やっと見つかって——今日から二週間後に、あの子がゲーム内でフォロワーと交流会をする予定があるってことがわかったの」


インターネットも決して狭いコミュニティではありません。その中から、特定の人間を見つけ出す苦労を考えると、相当な執念と行動力、そして、情報収集能力の高さです。


「……でも、なんでわざわざゲーム内にこだわって……同じ家に住んでいるのでしょう? もっと……直接的な方法でもあるのでは…..?」


けれど、そう聞いた直後、彼女ははっきりと首を振りました。

先ほどとは違って、今度こそ毅然とした態度で。


「——無理矢理引き摺り出しても、必ず後味が悪くなるに決まってるもの。だって——もうすぐで一年よ? まだ中学生のあの子にとっては長い時間だし、それを急に断ち切っても、未練は残るはずだもの。……だから、アタシ自身がもっとあの子がのめり込んだ”VRMMORPG”について知って、対等な場所に立って——それで、話さないと。じゃないときっと——すれ違ったままよ」


ようやく瞳は、わたしを捉えました。そののち、彼女は頭を下げると、震えた声音ではあっても、一つ一つ、確かに、言葉を紡ぎます。


「プレイヤーネームまで出して、脅すような形にしたのが良くないってことも、これから頼むことがとても自分勝手なことだっていうのも、わかってる。……だけど——だけど、アタシ一人じゃ、《スカーレット・フルール》に触れるのも、あの子のオフ会に参加できるくらい強くなるのにも限界があって……だから、お願い。力を……貸してほしいの」


初心者をキャリーしたって、得られるものなんてほとんどありません。

わたし達にとって、メリットのないお願いです。


「……どう、しますか? 友梨奈ちゃん」

「そう、だなあ。……うん。ここは、璃子ちゃんの方が詳しいだろうから、任せるよ」


そんなお願いを、最終的にどうするかはわたしに委ねられました。

わたしには、兄弟なんていません。だからこそ、浅黄さんの妹さんに対する気持ちも、正確に知り得ることはできません。


……けれど、遠い相手との接点が欲しいという解釈をするのなら、その気持ちは——十分にわかります。

ずっと、小さい頃から触れていて。でも、距離が開いてしまった相手との接点、だなんて。

実際、わたしが求めていたものと変わりありませんから。

具体的な状況こそ違えども……きっと、根っこの部分では同じはず、です。


どこか先ほどまでの様子といい、少しだけ浅黄さんに対して——勝手なものではありますが——親近感が湧いてきます。


しかし、協力したいという気持ちはあっても、今は友梨奈ちゃんと一緒にクエストを受けている途中、あちらが難航している以上、わたし達に初心者をキャリーしている余裕があるとは到底、思えません……と、思案していた時、わたしは一つ、メリットに気づきました。


「……浅黄さん、手伝う代わりに条件が一つあります。わたし達が今受けているクエストの情報収集を、手伝ってもらってもいいですか?」


ドア越しに手に入れたという情報から、対象のアカウントを特定できるほどの情報収集能力の高さ——。

打算的な考えではありますが、わたし達のみでクエストを進めるよりも、確実に力にはなってくれるはずです。


「そういうことなら、もちろん。アタシにできることがどれくらいあるかはわからないけれど——むしろ、手伝わせて」


答えは、すぐに返ってきました。

であればもう、互いに利あり、です。


「だったら決まり、だね?」


それにしても、不思議なものです。

顔を上げて、各々ヘッドギアを手に取り、ダイブの準備をしながらも考えてしまいます。

わたし自身、そこまで人に興味がある類いの人間ではありませんでした。

けれど、何だか今日、話していて……どこか、浅黄さんに入れ込んでいてしまっていたような気もして……友梨奈ちゃんと接しているうちに、段々とお人好しな一面が移ってきているのかも——なんて、野暮でしょうか。


「きゃりぶ……れーしょん……? こうすればいいの?」

「ひゃうっ!? 浅黄さん、自分のです……自分の……っ」

「それにしても、この部屋ってけっこー狭いよね。戻ってきた時、身体、痛くなってそう……」


そんな多少のアクシデントが起きながらも、何とかセッティングは完了して。

狭い部屋で何とか体勢を整え、意外と反発性のある壁にもたれかかると、わたしは——瞼を閉じました。

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