20_『甘い夢を、見てたみたい』

——“お姉ちゃんに任せてくれれば大丈夫——だからね”


灯った一つの感情。

出会ったばかりの女の子——ノンプレイヤーキャラクター、要するにコンピューターが操作しているキャラクターに抱くものしては、強すぎた。

現実と仮想世界の境界線が曖昧なことには違いない。

でも、はっきりとは理解していたはずだ。ここは仮想世界だって。

それなのに、胸を焦がす感情は、まるで止まるところを知らない。それこそ、数字を一つ一つ刻んで、HPがゼロに近づいていっていても。

なん……だろう。この気持ち。

どこ、かで——絶対に、味わって——。


「リリィちゃん——隙をっ!」


長い、一瞬だった。

1から、0へ。

HPバーが空になる寸前、引き伸ばされていた思考を、その声が引き戻した。


HPバーの隣に灯る指輪型のアイコン。

ちょうど目の前、レイピアを握っていた手、その薬指に嵌っていた指輪が光を放って。

僅かに一瞬、あたしを包み、その後にバーが三分の一ほどまでに戻る。


『《共振の天秤》。エルフから人へはHPを。人からエルフへはMPを。それぞれ自分のものと相手のものを足して半分。同じになるように分けることができるスキル、です。これでお互い——が、できますねっ』


確かこの指輪——《リング・オブ・フォーチュン》を装備している時に使える専用スキル。

そんなものがあるって、璃子ちゃんから少しだけ聞いていたのを思い出す。


——ありがとう、璃子ちゃん。


口にするには時間が足りないから、心の中でそう唱えて。


確かに——なのかも。


これだけHPがあれば——隙は、十分に作れる。


——ズブリ


脇腹にナイフが突き刺さり、一気にHPが赤バーまで減少する。

でも、璃子ちゃんがくれたHPがあるから、まだ、ギリギリで保つ。

そして、ナイフが刺さったままのこの状況、相手からしても回避することは困難なはず——っ!


——キュィィィィィン!!


防御という役割から攻撃へ。

引き絞ると共に転じて、レイピアは緑色に輝く。


スキル——《バック・ピアス》。


璃子ちゃん曰くノックバック——弾き飛ばす力が強いスキル……らしい。

それを、一瞬できた隙に撃ち込んで。


「——シッ!」


相手の口から、僅かに声が漏れ、あたしに刺さっていたナイフもろとも、身体が大きく吹き飛ぶ。

見た感じだと、そこまでHPは削れていない。


「蝗?譫懊?謌代′謇九↓縺ゅj」


それでも、十分な時間稼ぎにはなるはず——と、女の子の方を見ると、まだ何やら唱えていて。

そのままコリスちゃんの方へと視線をやった時だった。


敵は目の前。至近距離で構えられたボウガン。

放たれた矢を、ギリギリのところで《パリィ・アシスト》状態の杖が受ける。

でも、大きく薙いだせいで、きっと二撃目は受けられない。

いつもみたいにスキルで割り込もうとしても、これじゃ間に合わない上に、あたしにHPを分けたせいで、一撃を受けることすらままならないくらいにHPは減っていて。


「コリ——」


思わず、名前を口にしかけた時だった。


「——“ディストーション“」


——『rysa』


突然、そう記されたバーが、コリスちゃんのものの下に三つ目として出現した。

その直後、激しい耳鳴りと共に女の子が——正しくは、女の子の首にかかっているペンダントが眩い光を放って。


彼女の姿が、塗り潰された。

敵の姿が、塗り潰された。

コリスちゃんの姿が、塗り潰された。


視界全部が真っ白になって、それと同時にブツン、と。

突然、全感覚が途切れた。



◇ ◇ ◇


◇ ◇




「……ところで、結局それは……どういうもの、なんですか? それに……さっきの人、たちは?」


感覚が元に戻った時、あたしたちは3人とも近くの街にいた。

理解が追いつかなくて、少しキョロキョロと辺りを見回していて。

でも、すぐにコリスちゃんが形相を変えて、あたし達の手を掴むと、すぐに近くの宿屋に連れて行かれて、一部屋とった。

コリスちゃんが言うには、鍵をかけている限り宿屋の部屋は“絶対不可侵”だから、らしい。

そして、部屋に入って一息吐いた後に、彼女は質問を始めた。


「……このペンダントのこと?」

「そう、です……。その花の紋章、さっき襲ってきた相手と同じもの、ですよね?」


女の子がワンピースの上につけていたロケットペンダント。

今は、すっかり割れてしまっていて。中身は少しむき出しになっている。

でも、外に刻まれている模様は、まだ見てとれた。


「——さすがに、あそこまで巻き込んでおいてごまかせるわけもない……わよね。セツメイすると少し長くなるけど……まずは、これを見てもらってもいい、かしら?」


彼女が被っていたフードを外し、耳にまでかかっていた長い髪をかき上げて。

そうしたことで、むき出しになった耳。


「——っ」


それを見て、コリスちゃんが息を呑んだのがはっきりとわかった。


「——私も姉も、“ハーフエルフ“、なの。……それで——どうなったかってわかる?」

「……迫害、ですか?」

「……ええ。私たちは人里離れたところに暮らしてて——でも、ある時人族に見つかっちゃったの。あとは……散々よ。親は気づいたら逃げ出してたわ。残されたのは、私と姉だけ」

「……なんで、“ハーフエルフ”だからって、そんな目に遭わなきゃいけないの……?」


思わず、そんな疑問が漏れる。

コリスちゃんは妖精族エルフ。私は人族。

それに、街を歩けば色んな種族の人がいる。

そんなに、彼女がピンポイントで迫害される対象には到底……


「……“どっちつかず“、なのよ。ここはチュウリツイキだからほとんど見ることはないけど……外じゃ、人と妖精が戦い続けてる。そんな中で“ハーフエルフ“、だなんて。気味が悪い……じゃない?」

「そんなこと……っ」

「……リリィちゃん、“あの本“の内容、覚えてますか?」


コリスちゃんがそう口にして。

思わず、あたしは顔を上げる。

恋をした人族の騎士と妖精族の魔法使い。

二人の迎えた結末を——思い出したから。

確かに、不条理な環境だ。

だからこそ、それ以上は何も口にできなくて。

思わず、黙り込んでしまう。


「でも、残されたからって、姉は二人してのたれ死んでいくのを選ぶわけじゃなかった。シュゾクを隠しながらも、遠くの街まで二人で逃げて。姉はお金を稼ぐため、小さな『商会』を作ったの」

「それって——もしかして、『コクリコ商会』のこと……ですか?」

「……あなた、知ってたの?」

「ええ。オーバースペックな武器を売っている、とかって」


オーバースペックな武器、コクリコ、紋章。

それを聞いて、少しだけイメージが浮かぶ。

確かに、今日襲ってきた人たちの武器は強かった。攻撃しても全然HPが減らないくらい防御力の高い装備に、少し掠っただけでも相当にHPが削れるナイフ。……うん、相当だ。


「——問題はそれ、なのよ。最初の頃は食料品とか鉱石とかで堅実に稼いでいって。……でも、そこそこの規模になった辺りのこと、だったかしら。急に姉は、お金とこのペンダントを残して帰ってこなくなって——」


そこで彼女は、割れたペンダントをもう一度握りしめて、また話し始めた。


「ちょっと逸れるけど、これにはね。二種類の効果があったわ。一つ目は、モンスターが寄り付かなくなる効果。そして、二つ目は——」

「《転移魔法》……ですか?」

「……ええ。ロケットを開いた所に、古代文字が書かれててね。これを唱えると効果が使えたの。今日で使い切っちゃった、みたいだけど……話を戻すわね? 急にいなくなったものだから、姉を探して、色々なところを巡っていたのだけれど、その間にある噂を聞いたの」


その表情は険しいもので。

もう続きを口にする前から、あまりいい話じゃないってことは理解できた。


「——『コクリコ商会』は、人族と妖精族、それぞれにオーバースペックな武器を売って、対立を煽ってる。敢えてキンコウを崩して。まだ、大規模な戦争は始まってないけど、これじゃ時間の問題よ——“戦争屋”と、何も変わりないわ」


——“戦争屋”。

その響きに、思わず息を呑む。

でも、それを求める人がいると言うのも……どこか腑に落ちる話だった。

DoTの時も、ベニー&ライラさん達と戦った時も、好戦的なプレイヤーも多いって言うのは知っていたから。


「……でもね。きっと、そんな噂を聞いても——まだどこかで信じてたの」


俯いて、彼女は言葉を濁す。

視線はペンダントに向けたまま、しばらくそうしていて。

でも、やがて意を決したようにしてポツリ、ポツリ、と。言葉を継いだ。


「でも、今日の戦いでよくわかったわ。姉は——コクリコ商会は、変わった。そして——私を敵として見てるって」


声音は震えていて。言葉は所々途切れていた。

本物の人間と——それこそ、その辺にいる女の子と、全然変わらない仕草だった。

確か、小さい頃の璃子ちゃんも、悲しいことがあった時にはよくこんな感じになっていたっけ。

とてもコンピューターに操作されたキャラクターにだなんて見えない。あたしの目に映っているのは——ただの女の子だ。


「……もう、変わっちゃったみたい。何がそうさせたのかは知らないけど……諦めることに、しようと思うの。今日は、危険なことに付き合わせちゃって——ごめんなさい」


一通り話し終えて最後に頭を下げると、彼女は立ち上がり、部屋から出ようとする。

ある程度、手がかりは掴めて。その上で危険だと判断して。だから、諦めるって。

きっと、彼女の中でけじめは付いていて。

それは、見た目よりもずっと大人っぽい考え方で。

……でも。


「ダメ、だよ。……そん、なの」


——放って、おけない。


気づいたら、彼女の手を掴んでいた。


「たった一人の家族と分かり合えない、だなんて。そんな悲しいことってない、じゃない……?」


握った手は、少し驚いてしまうくらいには冷たいもので。僅かに震える。


「でも——私がいるだけで、あなた達も危険な目に遭うかもしれないのよ? 今日のことでジュウブン、わかったでしょう?」


……あたしは、まだまだ初心者だ。

この世界に来て間もないし、他のプレイヤーがどんな気持ちで戦っているのかすらも、まだうっすらとしかわからない。

当たり前だ。璃子ちゃん一人の感情を察するのすらも、難しいんだから。


……でも、そんな中でも——目の前の女の子の気持ちだけは、痛いくらいにわかった。

むしろ、お金とペンダント。確かに危険な目には遭ったけど……無関心じゃなくて——少しでも気にかけてくれるのなら——すれ違いを正すことだったり、もっとスッキリするやり方でけじめをつけたり……まだ、できることがあるのかもしれない。


「……それ、でも。危ないならあたし一人でもいい……から。——手伝わせて」


瞳は見開かれ、あたしを捉えると、迷うように揺れる。

中々結論は出なくて。

互いにじっと見つめあったままで。

その時だった。


「友梨——リリィちゃんがやるのなら、わたしも手伝います。ある程度、戦いには慣れていますから。二人いれば心強い、でしょう?」


沈黙を破るようにして、璃子ちゃんが助け舟を出してくれた。


「いい、の? 璃子ちゃん」

「二人で楽しまなくちゃ、でしょう? それに、危ない目に遭っている子を放っておくのはわたしも嫌ですし」

「……そっか。ありがとうね」


ホントにいい子だ。

こんなワガママにも付き合ってくれて。あたしには勿体なさすぎるくらい。

でも、今は素直に甘えさせてもらおう。


「どう、かな? あたし達二人ならだいぶ危険じゃなくなると思うし……それに——心強い、でしょ?」


そう口にして、さらに手をぎゅっと握る。

熱が移っていたせいか、それは随分と温かい。


「……お節介、なのね。あなた達。《リング》を共有しているだけあって、二人とも」


一度、あたしの指に嵌まった《リング》を見て、その後にもう一度、あたしの瞳を見つめて。

そのあと、まだ考え込むように視線を巡らせて。しばらくそうしてから、ようやく彼女は頷いた。


「——そこまで言ってくれるのなら、甘えさせて……もらおう、かしら?」



◇ ◇ ◇


◇ ◇




「それじゃあ決まり、だね。あたし達はずっとはここにいれないから……ログア——あたし達が寝てる間は念のため、できるだけ宿屋にいてもらって……フィールドには絶対に出ないこと。いい?」

「……ええ、たしかにムボウビすぎたわ。それにしてもあなたたち、夕方までそんなに寝ているなんて……随分とねぼすけさん、なのね?」

「う、うん。どうしても起きられないから……っ」


手伝うからこそ、やっぱり危険な目には遭ってほしくなくて。いくつか、ルールを決めておく。

しっかりと理由をしながら説得してみれば、最初のツンツンとした様子はどこへやら、素直に話を聞いてくれる。

ログアウトしている間のスリープ状態については言い訳をしながら、だけど。


「……ところで、お姉さんの居場所について……手がかりとかって、ありますか?」

「そのことについて、だけれど——」


璃子ちゃんの質問に対して、彼女はもう一度ペンダントを指す。


「……多分、“ミカイイキ“のあたり、じゃないかしら?」

「未開域……? って確か、まだ立ち入れないフィールドのこと、ですよね?」

「まず、このペンダントの効果について。未だ、《転移魔法》なんてものはない、わよね」

「……ええ。それに、古代文字なんてものも初耳、です」

「私が思うに、きっと、これはミカイイキの遺跡から——入手した技術を応用して作られたもの、だと思うの。そして、それだけの技術があるのなら——」

「——さらに、オーバースペックなものがある、ということですか?」

「そういうこと、よ。きっと、姉のキョウミはずっとそこにあって。今日も商会の人間が周辺にいたってことは、あの辺りにあるミカイイキの遺跡で何かを探しているのかも。……あの人に言わせれば、“仕入れ”ってところかしら」


ミカイイキ。立ち入れない場所。

初めて聞くことばっかりだ。

そして、遺跡っていうのも。


「……ねえ、なんでミカイイキには立ち入れないの?」

「スリップダメージがあるんです。それも、回復が追いつかないくらいの」

「それを消す方法は……?」

「今のところはありません。だから——解放を待つしかないんです」


それを聞いて何度か頷くと、女の子は言葉を継ぐ。


「……確かに、ミカイイキは少しずつ拓かれてる。でも、姉がいつまであの辺りにいるかもわからないわ。ミカイイキだって広いもの。今回はたまたま情報が掴めただけで……もっと、遠くへ行ってしまう可能性だって……」


……なるほど。二人の説明を聞いて、ちょっとはわかった……のかもしれない。

でも、口にすればするほど、女の子の顔は曇っていっていて。

暗いままっていうのも嫌だ。もう少し、明るい顔をしていてほしい。


「——でも、可能性はゼロってわけじゃないんでしょ? あたし、まだわかってないこととかいっぱいあるけど……情報がないなら、探すよ。だって、お手伝いするって言ったんだもの……っ!」


空元気でもいいからって、なるべく声のトーンを上げながら宣言して。


「……友梨奈ちゃんらしい、ですね。確かに、そうかもしれないです」


少し間をおいて、璃子ちゃんが笑った。


「……そんなの、全然ムケイカクじゃない。……ん、でも——」


そして、それに釣られるようにして。


「——ちょっとだけ、できる気がしてきた、かも」


女の子は、少しだけ表情を綻ばせると、ぼそり、と。そう口にした。


うん、さっきよりはずっと良い空気だ。


「それじゃ、行こっ! ミカイイキっ! お姉さんを探してっ!」


あたしが拳を突き上げたのを見て、璃子ちゃんが控えめに手をあげて、それを女の子も真似る。

みんな笑顔……とまではいかないけど、空気が綻んでいるのは感じ取れて。


そして、周りがこうだったら、あたしも自然に笑えてる……気がする。


こういう場はやっぱり、楽しいのが一番だって。


どこか満たされた気持ちのまま、あたしはそう思った。



◇ ◇ ◇


◇ ◇




「あなたたち、寝るの? だったら、私も入れてもらってもいい……かしら?」


ログアウトのため、璃子ちゃんとあたし。二人して入ったベッドの中。もう随分慣れてきたもので、先にログアウトした璃子ちゃんの体から力が抜ける。それに続いて、あたしもログアウト——しようとした時、もぞもぞと、あたしと璃子ちゃんの間に挟まるようにして、女の子が、掛け布団から顔を出した。


「別にいいけど……あたしも、すぐ寝ちゃうよ?」

「構わないわ。ただ、少しの間こうしていたいだけ、だもの」


そうぽしょりと口にすると、すぐに彼女はあたしの胸の辺りに、顔をうずめる。


……温かい。


そう言えば、誰かとこんなにくっついて寝るのなんて久しぶりだ。

それでも、案外悪いものじゃない。むしろ、心地いい。

しばらく、その温もりを抱いて、ログアウトする前に少しだけ、と。味わっていた時だった。


じわり、と。

服に、何か湿ったものが触れた。


思わず、女の子の方を向いて。

彼女の背中が震えているのと、布ごしに僅かな嗚咽が聞こえてきて——あたしは、彼女がどういう状態にあるかを理解した。


ずっと、一人でいたんだもの。……当然、か。


——泣いてるの? だなんて、聞くのはきっと、よくない。少なくとも、あたしだったら嫌がってる。

だから、抱きしめたままで、しばらく背中を撫で続けて。


やがて、落ち着いたのを見計らって。


「また、すぐに戻ってくるからね?」


なんて、せめてもの慰めとして口にする。

そうしたのちに、少し間をおいて。


もう、背中は震えておらず、一定のペースで呼吸を刻んでいた。

そろそろ……大丈夫、なのかな。

璃子ちゃんを待たせている以上、ずっとこうしていることはできない。

最後に何度か背中をさすって。

今度こそ、ウィンドウを出そうとした時だった。


「——“リザ”。“おねえちゃんがわり“、してくれるんだったら、せめて名前は覚えてて」


口早に、そしてどこかぶっきらぼうに。

彼女は、そう呟いた。

しばらく、意味を反芻して。


「お姉ちゃんっ!? 今、お姉ちゃんって……っ!?」

「……うるさい、わよ。耳元で叫ばないで」


理解して思わず叫んでしまったせいか、直後に彼女——リザちゃんは冷たく答える。

……嬉しい。嬉しい、けど。確かに、気はちゃんと使わなきゃ。

それに、今日はもうお別れだ。


「……ごめん、ね? それじゃ、“リザ“ちゃん。おやすみなさい。また、明日」

「……ええ。また、明日……」


“また、明日“


を約束する言葉を口にして、もう一度彼女を抱きしめながら。


あたしは、少し躊躇ってから、今度こそログアウトボタンを押した。



◆ ◆ ◆


◆ ◆




「ありがとね? 璃子ちゃん。今日はあたしのワガママに付き合ってもらっちゃって」


帰路に着く友梨奈ちゃんを送るために、隣に並んで歩いている時、不意に彼女がそんなことを口にしました。


「……いえ。そもそもこのゲームに誘ったのだってわたしのワガママですもの。お互い様、です」

「あれ? でもさ、話を切り出したのってあたし……だったっけ? じゃあ、あたしの方がワガママなんじゃ……」

「でもでも……っ、DoTに誘ったのはわたしです。友梨奈ちゃんよりよっぽどわたしの方が……っ」


どっちの方がワガママか、なんて、気づいたら不思議な話題になっていて。

それは、止まるところを知りません。


「まあ——結局、璃子ちゃんも言ってたみたいにお互い様ってこと、かあ。あたし達、二人ともけっこーワガママ、みたいだねっ!」

「嬉しそう、ですね?」

「だっておあいこ、なんだもんっ! それで——それでね……っ、あたし、明日からがすっごい楽しみっ!」


そうしているうちに、いつの間にか十字路に着いていました。


「それじゃあ、またねっ!」

「ええ。——“またね“、です」


いつもよりもずっと自然な笑顔でわたしに笑いかけて、手を振りながら彼女は去っていきます。


そうなった理由は、大体想像がついていて。

きっと、あの女の子のおかげ、でしょう。


あまりにも細かいバックボーン。まるで、作られたのではなく、あの世界で“生きていた“かのような。

不思議なところはたくさんあるNPCでした。

でも、それでも。


友梨奈ちゃんが見せた強い感情移入。

少なくとも今、それが結果として友梨奈ちゃんにいい影響を与えているのなら、わたしにとってはそっちの方が大切です。


——あんなに自然な笑顔なんて、久しぶりに見ましたから。


釣られてわたしも上機嫌になって。鼻歌なんて歌いそうになるのを、慌てて堪えて。


今しがた目にした笑顔を焼き付けるように一度、目を閉じたのちに。


わたしも背を向けて、帰路につきました。

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