19_『思いやりも、強がりも』
——パキンッ!
短く破砕音が響き、リリィちゃんに刺さっていた矢がポリゴン片になって散ります。
残りHPは3割程度——そして、わたしのも含めて、点滅を繰り返しながら減少中……。
「リリィ……ちゃん……?」
「コリスちゃん、敵っ!」
——間違いありません。交戦状態に陥って《共依存》の効果が発動しています。
周囲を見回せば、そびえ立つ岩だらけ。
奇しくも——ベニー&ライラさんの時と同じ……弓使いにとっては、有利なフィールドです。
まずは《索敵》を起動させて、敵の位置を確認しようと——した時でした。
唐突に、目の前に浮かび上がったカーソル。
「——っ!?」
次の瞬間、目の前に現れる黒い人影。はためくローブと、深く被ったフードの奥——仮面から覗く瞳がはっきりとわたしを捉え。
目の前で、照り返す矢。
咄嗟に杖を持った手で防ごうとして、視線を移動、《パリィアシスト》を発動しようとしますが——遠距離ではなく、こんな近距離から放たれてしまえば——間に合いません。
——パシュッ
あまりにも急な出来事に対応すらできず、そのまま撃たれる寸前でした。
——ピコン
バーの隣に青いアイコンが灯り、目の前で構えていた杖が、薄青く発光して、一瞬だけ膨れ上がりました。
——カキンッ!
目の前で受け止められる矢。そのまま跳ね返り、受けたのは僅かなノックバックだけ。
……間違いありません。今のは《パリィアシスト》が発動した証です。
けれど、確かにさっき発動は間に合っていなかったはず……と、バーを見ると、同時にリリィちゃんのものにも灯っています。
ちらと後ろを向くと、わたしを襲った相手と同じ見た目をしていてナイフを構えた人影がもう一人。位置から見て、ターゲットは女の子。
「……お姉ちゃんに任せてくれれば大丈夫——だからね」
その攻撃を、唐突な動きにフリーズした彼女を庇うようにしてリリィちゃんが、《パリィアシスト》を使って受け止めているところでした。
それを見て、ようやく合点が行きます。
忘れがちでしたが、《パリィアシスト》は、自身にバフ効果を与えるスキル。つまり、《共依存》の効果で共有されていたようです。
とはいえ、そんな使い方もあったのですね、なんて。感嘆するのは今ではありません。
明確な敵意が向けられている以上、この場をなんとかしなければ。
「——《フレイムバレット》っ!」
僅かなノックバックで開いた距離。
その間隔で生成され、放たれる真紅の弾丸。
——チッ
僅かな舌打ちと共に、相手は体を僅かに捩って脇腹で受け、その直後ノックバック。
わたしも僅かな硬直に襲われる中、ようやく表示されたHPバー。
それは、NPCのものでした。
「——っ」
そして、真っ向から《フレイムバレット》を受けたはずなのに、それは——あまり削れていませんでした。
ローブも僅かに焦げているだけ。
何事もなかったかのように、相手は立ち上がって。
……あまりにも、耐久力が高すぎます。
思わず一歩、たじろぎそうになるのを堪えながら杖を構えようとして。
けれど、それよりも黒ローブの動きの方は早いものでした。
跳躍と共に一気に詰められる距離、向けられたボウガン、一瞬照り返した七文字——『coclico』。
——“コクリコ商会“
そのオーバースペックさを証明するようにローブははためき、真紅の花の刺繍をこちらにまざまざと見せつけて——
◆ ◆ ◆
◆ ◆
◆
——カキンッ!
目の前で弾かれるナイフ。
一度、二度、三度。
《パリィアシスト》でそれくらいの回数なら受け止めることができる。
でも、装填に多少でも隙ができるボウガンならまだしも、スキルを纏っていない純粋なナイフによる連撃。
こちらがスキルを発動させる隙は——遥かに少ない。
「——っ!」
そして、あたしの隙を狙うようにして脇からも攻撃は伸びようとする。
狙いは、きっと……というよりも間違いなく、後ろの女の子だ。
「……早く逃げてっ!」
何度もそう呼びかけているのに、彼女はその場を動こうとしない。
買い換えたばかりで耐久値がマックスだったはずのレイピアは、もう軋んできてる。
横目で見た感じだと、璃子ちゃんも戦っている途中で、苦戦していることに変わりはない。
助けは、求められなくて。……今はあたしも手一杯である以上、逆に助けることもできない。
そして——守らなきゃいけない子が、もう一人いる。
限界は、近い。
そして、もどかしい。
あたしは倒されても、どうせ復活できる。
でも……NPC——人間じゃなければ、どうなるんだろう?
「おねえ、ちゃん」
黙り込んでいた彼女が、一言発した。
それも、さっきまでは嫌がっていた呼び名で。
嫌な考えは、その声を聞いて、余計強まる。
……庇わなきゃ。
どこか、璃子ちゃんの時みたいだ。
半ば脅迫するように、強まる観念が胸を焼き。焦りは一層強くなる。
「——ジカンを、つくって」
けれど、次に彼女が発した言葉は、璃子ちゃんの時に聞いた響きとは違い、凛としていた。
縋るような含みは、ほとんど感じ取れない。
ただ、求めるように、淡々と。
「……りょー——かいっ」
そう返事するのが精一杯だった。
脇を潜ろうとしたナイフをすんでのところでレイピアが受け止める。
「豬∬サ「縺帙h」
途端、彼女が発したのは、例えるのが不可能なほどに歪な言語。
でも、気はとられそうになっても、激しくなっている軋みの方がよっぽど問題で。
本当に、受け止められてあと数度だ。
「豁ェ繧薙〒縺励∪縺」
攻撃する隙すら作れない今、むしろ縋らないといけない相手は——守っていたと思っていた彼女しかいなくて。
——“ジカンを、つくって“
ただ、彼女の言葉を信じて、攻撃を受け続ける。
その時だった。
「——え」
視界が、赤く染まった。
一瞬反応が遅れて、《共依存》のせいだと察した瞬間には、もう遅かった。
5、4、3——スローにかかったかのように、HPはゼロに向かって減少していく。
—— “お姉ちゃんに任せてくれれば大丈夫——だからね“
次第に赤を強める視界の中で、さっき口にした言葉が、皮肉っぽくこだました。
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