18_『お似合いのふたり』
「なるほどねえ……お姉さん探しを、かあ……。確かに迷子は大変だもん。いつでもあたし——お姉ちゃんに頼ってくれていいからね?」
「……別に。あと、あなたのことは絶対にお姉ちゃんって呼ばないから」
——“姉とはぐれた場所? この辺にいそうってことくらいしか、私は知らないけど”
どこかツンツンとした態度の女の子を連れて、わたし達は境界スレスレのフィールド——荒野を探索していました。
それにしても、わたしが言うのも……といった具合ではありますが、女の子のコミュニケーション能力は、相当に低そうなものです。
NPCだったらある程度定型文が用意されているので会話が途切れることなんて基本はないはず、なのですが……絶え間なく話しかけるリリィちゃんに対しても、女の子はずっと素っ気ない返事しかしません。ほんとに不思議なNPCです。
「でもでも……っ、そう言わずに……ほら、一回だけ言ってみたら案外悪くないかもしれないよ? “お姉ちゃん“って」
「だから絶対にやだって言ってるじゃない。ダンコキョヒ、するから」
……それにしても、どこか既視感のある対応です。どこで……と、思索を巡らせて、はたと気づきます。
そういえば、小さい頃の友梨奈ちゃんも、あんな雰囲気でした。
自分のことには無関心なようで、他人に対してもどこかツンツンしていて——ええ。やっぱり似ています。
……とはいえ、頭の中では思っていたとしても、そんなことは中々口にできません。
ほんの少し……顔を赤くして動揺している友梨奈ちゃんを見てみたい……だなんて。下心もないわけではありませんが、過去を掘り返されることの恐ろしさは身をもって学んでしまいました。
とても他の人——それも大切な人だったら尚更、同じことをする気にはなりません。絶対——絶対、です……っ。
「……そういえばモンスター、全然襲ってこないね、コリスちゃん」
「あ——ええ。そういえば……そう、ですね」
そんなことを考えていたからか、リリィちゃんに話しかけられていたことに気づかず、反応に遅れてしまって。
慌てて口先で返答したのち、何度か頷きます。
それにしても、言われてみれば確かにそうです。
先程からエンカウントするモンスターはなし。しかもこの辺りはかなりハイレベルなフィールド、モンスターの
試しに《索敵》を発動させてみても、カーソルは表示されません。注意力が散漫になっていたせいで言われるまで気づけなかったのはいただけませんが、冷静に考えてみれば確かに妙な話です。
……さて、それはそれとして……疲れたような声音でリリィちゃんがわたしに話しかけてきた、ということは相当にこの女の子とのコミュニケーションに苦労している……ということでしょうか。
いくらNPCとは一時の付き合いだとしても好感度は上げておきたいもの。今後のクエストフラグに繋がることもありますし、何よりクエストを進める際の快適さにも直結します。
ウィンドウを開き、アイテム欄とにらめっこしながら思索すること少し、目的のものは、しっかりと人数分ありました。
「そろそろ、この辺りで休憩にしませんか?」
「りょー……かい。確かに……何となく疲れてきたかも……」
ずっとコミュニケーションをとろうと考えていたのなら疲れるのは当然です。
「自信作、です。あまり現実と変わらないはず……なので」
アイテム欄から実体化したサンドイッチを、まずはリリィちゃんに一つ。
そして、女の子にも渡そうとして——
「……キュウケイなんかいらないわ。今は時間の方が大切、だもの」
見事なまでに、断られてしまいました。
「疲れてるなら、勝手に休んでればいいじゃない。私は自分でさがすから」
仕方なく、その場に座り込んで、わたしも自分の分を頬張ります。
このゲームでの料理は、比較的マニュアル化されていない部類に入ります。スキルはある程度システムのアシストで使えても、料理はある程度自力で、現実と同じ過程を踏む必要があります。
そんな中で作ったサンドイッチです。トースターも何もないもので、買ってきたバケットそのまま。付け直したかった焼き目も、サクサクな食感もあまり再現できていません。それこそ《フレイムバレット》なんて使って焼こうとした日には、恐らくパンごとなくなってしまいますし。
けれど、間にたっぷりと塗ったハチミツのおかげで、ちっとも食べづらさは感じません。
この世界のハチミツは、大型の昆虫系モンスターから採れるものですが、甘さは現実のものより強め。
要するに、パンの食感なんて気にしている暇もなくて、味覚の再現は大半がハチミツに持っていかれています。
だからこそ、本当にたまらない仕上がりになっていて、
食べきってしまうのもあっという間で。
「コリスちゃん、何だか小さな時みたい」
「……そう、ですか?」
「そうだよっ、お菓子とか出されたらすぐに食べきっちゃって。それでおいしいおいしいって……そうだ。もう一つそのサンドイッチ、出してもらってもいい?」
「……わかりました」
促されるままにウィンドウを開いてサンドイッチを実体化し、リリィちゃんに手渡します。
もう一個食べたかったのでしょうか? なんて、考えたのも束の間。彼女は、すぐに少し先の方で歩いていた女の子のところに向かいます。
「ねぇねぇっ、これ、おいしいよ? 食べてみない?」
「……別に。私、そんなにお腹が減ってるわけじゃ……っ」
「ほらほらっ、お姉ちゃんが食べさせてあげるから——ね?」
半ば口元に押し付けられるようにして、彼女は少しすんすんと香りを嗅いだのちに、パンとパンの間に挟まれているハチミツに気づいたのでしょう。
最初は小さく口を開いて齧ってみて。
もそもそと少し味わったのちに、大きく目を開き、リリィちゃんからサンドイッチを取り上げると、あっという間に残りも食べてしまいます。
「結構ほっぺたにハチミツ、付いちゃってるよ? ちゃんと拭かないと——ごめんね。コリスちゃん、ハンカチみたいなのって持ってる?」
「持ってます……けど」
普段のリリィちゃんらしからぬ食いつきようと、女の子の存外満足そうな表情に少し驚きを感じながらも、布系のアイテムを実体化させて手渡します。
「ちょっと大人しくしててね? すぐに拭いちゃうから」
「そ、それぐらい、自分で……っ」
口では拒否しつつもあまり満更でもなさそうな女の子と、とても乗り気なリリィちゃん。
むしろ微笑ましい……の、でしょうか?
でも、そうやって二人を眺めながらも、どこかちょっぴりだけ面白くないと思っている節もあった気が、して。
「そ、それじゃ……もう、出発するわよっ」
「りょーかいっ! でも、あんまり遠くに行かないようにね?」
……いえ。むしろ歓迎すべき、です。円滑なコミュニケーションは大事、ですもの。
「ありがとね? コリスちゃん。色々と手伝ってくれて」
そんな、少しだけ鬱屈とした感情が立ち込めていた中で、隣にリリィちゃんが並び、わたしに話しかけてきます。
「ええ。可愛い、ですよね……あの子」
「そうなの、何だか妹みたいでっ!」
「そういえば、リリィちゃんは一人っ子、でしたよね?」
「そう、なの。だから、けっこー憧れてて——あたしにも妹がいたら……って」
「リリィ、ちゃん?」
そこで、彼女は一度口籠もって。けれど、取り繕うように、すぐに口を開きます。
「……ごめん、ね? 何でもないかな。それよりも今は探さなきゃ、だね?」
……そう、でしたね。思考がまとまらなくなっていたせいで、完全に失念していました。
彼女が家族のことを口にする時はいつもこう、でした。
だから、友梨奈ちゃんが今の時間を楽しく過ごせていること。それはきっと、ほんとにいいことで。
……わたしが、少しでもお手伝い、しなければいけないことのはず、で。
「……サンドイッチ、もう一つ出しましょうか? もっと仲良くなりたい、でしょう?」
「そうかも、だけど……でも、さ」
けれど、わたしの予想に反し、リリィちゃんは首を振ると、わたしが手渡そうとしたサンドイッチを返してきました。
「……コリスちゃんも楽しくなきゃ、じゃない? だったらさっ、一緒にいこっ!」
そして、そのままわたしの手を掴むと、一息に駆け出します。
「ちょっ!? リリィ——ちゃんっ!?」
早いペースで進んでいたとは言っても、走ってもいれば女の子に追いつくまで、そんなに時間はかかりません。
「このお姉ちゃんも君と仲良くなりたいんだって。だからサンドイッチ、受け取ってくれない? 仲良しの証だと思って」
「……あまりエヅケみたいに言わないで。でも、くれるならもらってあげてもいい、けど?」
口振りとは裏腹、意外と欲しそうに、彼女は口を開きます。
……確かに、これくらいの年頃の子にとって、甘いものはたまらなく魅力的に映ります。
何より、わたしがそうでしたから。
そう考えてみると、わたしたち、結構似ている部分もあるのかもしれません。
たとえNPCでも、仲良くなった相手が増える、というのは嬉しい……です。
……ちょっと、さっきまでは心が狭すぎたかもしれません、だなんて考えながら。
恐る恐る、一口大にちぎったサンドイッチを差し出して——彼女にあげようとした時、でした。
「あぶ——なっ!」
——パシュッ
どこか聞き覚えのある音がして。
視界の端で一気に減少したもう一本のHPバー。
音のした方を見た時、そこには、わたし達を庇うようにして立っているリリィちゃんがいて——彼女の肩には、見覚えのある矢が、刺さっていました。
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