第二章 『私のところ』に帰ってきて?

17_『遠いあなたを想って』

「コリスちゃん、そこ——まだ来てるよっ!」

「了解ですっ——フレイム——」


こちらに迫るモンスター。

ターゲットをクリティカルサークルに合うように動かしたのち、引き金となる呪文を口にします。


「——バレットっ!」


放たれた真紅の弾丸は青い火花を散らしつつ、モンスターをポリゴン片へと変えます。

直後、背後から迫るもう一つの気配。

振り向こうとして——硬直が邪魔をしたせいで、それは叶いませんでしたが、代わりにレイピアが閃き、後ろから迫っていたモンスターを倒します。


「コリスちゃん、大丈夫?」

「もちろん、です。ありがとうございます、リリィちゃん」


やっぱり背中を守ってくれる相手がいるというのは、本当にありがたいものです。

そして、何よりその相手がリリィちゃん——友梨奈ちゃんである、というのも。

接点がもてたということがたまらなく嬉しくって、ずっと気持ちは高揚したまま。ゲーム中だけでなく、現実でもずっと浮かれっぱなしです。


ただ、そんな中で一つ不満があるとすれば——HPバーの隣に灯ったままでいるアイコン、くらい……でしょうか。


「リリィちゃん、回復薬です」

「ん、りょーかい。ありがとね」


特に被弾はしていないものの減ってしまったHPを補うように回復薬を喉奥に流し込みます。


——《共依存》


一週間前——DoT直後にかかった状態異常です。

こんなに時間が経っていても何故か治らないまま。こちらに与えてくるデバフとしては二種類、《パーティー解散不可》と《戦闘時のスリップダメージ》でしたが、《パーティー解散不可》はまだしも、《戦闘時のスリップダメージ》は中々に大きいものでした。


「そういえばコリスちゃん、前に治す方法を調べるって言ってたけど、何か見つかった?」

「……いえ、全然です……」


そして、治癒方法もまた見つかりません。

時間経過だけでなく、回復薬も万能なものを試したのですが、てんで効果なしで。

最後の手段として掲示板にまで頼ったのですが……成果はひどいものでした。

……というよりも、黒歴史を掘り返されてしまってはもう何もできません。宿屋で外部インターネットを用いながら顔を真っ赤にしているのをリリィちゃんに見られなかったのが唯一の救いです。……ほんとに。


「それにしても不便だよね……どうしたら治るんだろ?」

「ほんと、です——っ」


その時でした。

視界の端で、菫色の何かが揺れて。

釣られるように視線を動かしたのち——わたしは、少しばかり驚いてしまいました。


「——女の子……? どうして、こんなところに……」

「襲われちゃう、よね? 話しかけてみる……?」


わたし達が狩りをしていたのは、中立域の外に近い場所。

要するに探索できる範囲のギリギリ、です。

その分、敵モンスターも強いもの。

だからこそ、それ——菫色の髪を深くフードで隠し、ピクニックにでも行くかのような軽装で、まるで何かを探しているかのように周りを気にせずに歩く、背丈がわたしの胸ほどしかない小さい女の子……だなんて、あまりにも不釣り合いでした。

NPCは、基本的には町の外へ出ません。いるとしても、戦闘をサポートしてくれる傭兵タイプ——武装はしているはずです。

そして、プレイヤーだとしても、やはり武装すらしていないのは違和感があるもの……もしかして、迷い込んでしまったのでしょうか?


「……あの……何か困りごと、ですか?」


話しかけてみると、きょとんとした様子を見せ、軽く首を傾げながらも、瞳はわたしに向けられます。


「……別に。何も困ってない、けど」


浮かんだカーソルは、NPCのものでした。

かと言って、特にここにいる理由を話すでもなく答えは簡潔なもので。

それだけを短く口にすると、もう用は済んだかというように、彼女はわたしに背を向けて歩き始めます。

けれど、彼女が向かっている方向は限界領域の外でした。

違和感ばっかりです。

NPCなら尚更、その先が危険だというのは知っているはず。

それに、意味がないのにこんなところを歩き回っているのもあり得ません。


「でも……その先は危険です。行かない方がきっと」

「——見つからないんだもの」


余計なお世話、だったのでしょうか。

わたしの言葉を遮るようにそう口にしたのち、彼女の持つ緋色の瞳がわたしの手のあたりを——正確には、薬指に嵌まっている《リング・オブ・フォーチュン》を捉えた時でした。


——ピコン


短くSEが響いて。


まじまじと《リング》を見つめ、彼女が顔を上げた時、カーソルは旗のマークに——要するに、クエストフラグが立ったNPCのものに変わっていました。


「……でも。あなた、しつこいから……そうね。教えてあげる。私はを探して、ここに来たの」


ため息を一つ吐いたのち、彼女が口にした目的。

探しもの——というよりも人、でしょうか。

よくあるものにしては、フラグの立ち方の歪さが気になりますが……受けてみるのがきっと、答えを見つける近道です。


——彼女が先程見つめていた《リング》。

仮にこれがクエストフラグを立てる条件だったとして、《共依存》はDoT直後にかかったもの。

このクエストと何かしらの関係性がある、という可能性も捨てきれません。

《共依存》が強力な効果を持っているのは確かですが、現状デメリットが大きいのも事実。何か情報が得られるなら、欲しいです。


「人さがし、手伝います。だから……詳しく聞かせてもらっても……?」


もう一度、聞こえたため息。

彼女が少しだけ顔をしかめながらももう一度わたしを捉えた時、視界の端にクエストを受注したことを示すアイコンが表示されて。


「まあ、見つからない方がよっぽどいいんだろうけど……いいわ。そこまで言うなら手伝って」


年齢に見合わないくらいには随分と高慢な態度で、彼女はそう言い放ちました。

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