21_『もう一度、求めたものは』
頬杖をつきながら、こつ、こつ、とペン先で軽く机を叩きます。
窓の外を見てみれば、窓ガラスを忙しなく雨粒が叩いていて。
先程までは十分追いつけるテンポだったというのに、気づけば随分と勢いを強めています。
それにしても、梅雨というのはわたしをどこか憂鬱な気分にさせます、違いありません。
……けれど、それ以外にももういくつか、理由はありました。
——“それじゃ、行こっ! ミカイイキっ! お姉さんを探してっ!“
数日前に出会ったハーフエルフのNPC——“リザ“、ちゃん。
彼女のお姉さんを探すための情報収集をした場所は端的に言ってしまえばたくさん、です。
近くの街はもちろん、フィールドやその近辺のダンジョンまで——。実際に、未開域にまで足を踏み入れてみたりもしました。
……ものの数秒でHPは溶けましたが。
このままでは埒があかないと思い、まだトラウマは癒えませんでしたが……インターネットにも手を出して。
そちらでも、成果はゼロ。
やはり、掲示板は使うものではありません。ゼッタイ、です……っ。
そんな数日間を思い出したせいか、思わず一度ため息が漏れて。
時計の方をちらりと見やり……あとどのくらいで昼休みが終わるか確認していた時、でした。
「白帆さん、少しいいかしら?」
突然名前を呼ばれたせいで、先にぴくりと肩が跳ね、軽く反応を示します。
「……あ、はい。大丈夫、ですけど……」
一拍遅れながらも慌てて返答しつつ、そこに立っていたのは一応は見知った女の子、でした。
——
高校に入学してから二ヶ月と少し、一度席替えを挟んでいるので、期間にしておよそ一ヶ月ほどの間、わたしの前の席に座っていた子——要するにご近所さん、です。
グループワークで何度か一緒になったことがあるので話したことがない……わけではありませんが、それでもほとんど話したことがないに等しいものです。
そんな子が何故わたしに……? と考え込んでしまうよりも先に、視線をうろうろさせている間に映ったのは、目の前のペン、でした。
「それじゃあ……っ、ん、コホン。こんなの脅しみたいで、あんまり柄じゃないんだけれど——」
ほとんどそれと同時に、どこか呟くように“脅し”と、彼女が口にしたのはどこか物騒な表現。
もしかして……これがうるさかったせい、でしょうか……?
どこか像を結ぶ、一つの答え。それであれば、確かに頷けます。
それ以外に彼女がわたしに話しかけてくる理由なんてわからないですし、実際、確かにうるさかったかもしれない……です、し。
相手はNPCではなく、本物のヒト。
友梨奈ちゃんだったらこんな時、もう少し上手く対応できるのかもしれませんが、わたしにとれる選択肢なんて、ほとんど見つかりません。
——じゃ、じゃあ……まずは……謝らないと……?
ともすれば、とれる選択肢は一つしかありませんでした。
「そ——そのっ!? ごめ——」
「白帆さん、あなた——」
絡まったせいであまり思考が巡らない中、反射的に頭を下げて、見つめた先は床。
不運なことにかち合うタイミング。
耳鳴りの中、喧騒や雨音も耳に入らずしばらくの間そうしていて。
「そ、その——白帆、さん……? 何で謝ってるのかは知らないけれど——まずは、頭を上げてちょうだい……っ!?」
やがてそれをも打ち破り、聞こえてきたのは、慌てたような浅黄さんの声でした。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「……で、あたしもいなきゃ……ってこと?」
「……そう、なんです。その——何だか気まずくなっちゃって」
結局、あの後互いに言葉を発することができず、気まずい空気の中、昼休みは終わりました。
その後放課後になって、昼休みのことは忘れて帰ってしまおう、だなんて思っていたところ、ようやく話しかけてきたのは浅黄さんの方から、でした。
『その——話しづらいなら、柑野さんを呼んでくれても構わないから……むしろ、そっちの方がアタシもありがたいというか……』
多少、不思議な含みも入っていましたし、あまり友梨奈ちゃんにも迷惑をかけたくないのは確かでしたが、一対一だと気まずくて、確かに話せる気がしません。そこで、半ば最後の手段として……ではありますが、彼女の言う通りに一緒に帰る約束をしていた友梨奈ちゃんと合流を済ませて。
なんとか、二対一に漕ぎ着けることができました。
「なるほど……それで——浅黄さん。璃子ちゃんへの用事ってどんなのだったの?」
「それは——ね」
けれど、友梨奈ちゃんに話しかけられてもなお、彼女はなかなか要件に入らず、視線を揺らすばかりで。
やがては、友梨奈ちゃんまで困ったようにこちらを見つめてきます。
一対一だろうと、二対一だろうと、会話には別に有利不利もないのです。
しばらく充満する気まずい空気に、そろそろ耐え難くなってきた頃、でした。
「……白帆さんと柑野さん——あなたたち、『コリス』と『リリィ』——でしょ……っ!?」
ほとんどヤケを起こしたように大声で、彼女はそう叫びました。
「——え?」
「……どうして、それを知ってるの?」
一拍、反応が遅れて。
わたしは頓狂な声を漏らし、友梨奈ちゃんは、驚いたように聞き返します。
MMORPGでの身バレだなんて、割とVR化する以前からもボイスチャットだったり、色々な要因のせいでありがちなことではありました。
それでも——今、実際に自分が直面してみると思っていたよりも、衝撃は大きいもの、でした。
またしばらく
浅黄さんはやってしまったとばかりに俯いて。しばらく考え事をしているかのように、つま先でコツコツと、床を何度か叩きます。
けれど意を決したようにこちらを向くと、ようやく返答をしました。
「理由は……もちろん説明するわよ。ただ——そうね、時間がかかりそうだから……駅前の……えーっと——そう、カフェ……っ。カフェでお話でもどう、かしら?」
明らかに不審です。そんな彼女の挙動に少しだけ逡巡して。
けれど、結局は好奇心だったり、そういったものが勝りました。
「行き、ますか……? 友梨奈ちゃん」
「璃子ちゃんが行くなら、あたしもついてく、けど……」
「それじゃあっ、決まり、ね?」
あくまでもまだ濁した状態ではありましたが、さっさと解釈を済ませてしまい、浅黄さんは一瞬だけ振り向いたのちに、ついてきて、とでも言うように背を向け、校舎の外に出ます。
直後に、かなりの土砂降りになった雨を一身に受け、僅かな時間だったのに、その長い髪をぐっしょりと濡らして。
「……傘、忘れたみたい。柑野さんか白帆さん、どちらか持ってたりしない?」
「あたしは持ってるけど……」
「その……友梨奈ちゃん……。わたしも、忘れたみたい……です」
一度は背を向けたのに、再びこちらを向くと、少しばかり図々しい要求をしてきます。
……わたしも含めて、なので人のことなんてとやかく言えませんが。
「……しょうがない、なあ。けっこーキツいと思うけど……二人とも、入って?」
友梨奈ちゃんと一緒の傘。
湿度が高くて蒸し暑い……というよりも、体が熱を発しているような感覚——端的に言ってしまえば、どきどきが止まりません。体が熱いです。
そうして久しぶりの相合傘に胸を躍らせながら、プラスアルファで入ってきたヒト——浅黄さんの方を、ちらと見やって。
傘を二人占めできなかったことに、ため息をついて数瞬。再び、火照った思考を引き戻します。
彼女がわたしたちのプレイヤーネームを特定できた理由、だとか。
それをわざわざ宣言してまで要求したいことだとか、まだわからないことばかりです。
あくまでも雨を凌ぐために、さらに友梨奈ちゃんの方へ体を寄せながら。
わたしは、彼女の熱に触れながらも、しばし無言のまま駅へと歩き続けました。
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