14_DoT:7『虚栄心』
——剣と、魔法。そして、花。
ありふれています。
こんな要素、本でも、ゲームでも、どんな創作物でも見られるもので。
……だというのに、わたしは堪らなくここに惹かれました。
思い出補正、とでも言うべきものでしょうか。
わたしの中に残ったまだ幼い部分が、この世界が今の形へと変わる前から——ずっと、ずっと——引き留めていたのです。
だからこそ、目の前の「それ」は、わたしに強い異物感を感じさせました。
動物らしさなんて感じられない全身を構成する機構。
未だわたし達を品定めするように向けられた、爛々と灯る紅い瞳。
その存在——【lupus】は、あまりにも……わたしと友梨奈ちゃんを繋ぐ場所であるここから、あまりにもかけ離れた容貌をしていました。
しかし、赤く染まる視界、頭上に表示された特大のカーソル——それは【lupus】が、紛れもなくボスモンスターであることを示しているようで……。
「来るよっ! コリスちゃんっ!」
しかし、そんな風に思考を巡らせている時間もさほどありませんでした。
「ウォォォォォォン!!」
咆哮と予備動作による帯電。
先程のベニーさんとライラさんが一瞬脳裏をよぎり、わたしは反射的に何が来るのかを理解しました。
「——《ヴェント・ブラスト》」
地へ向けて放った風、発生したノックバックによって、咄嗟に後ろへと飛び退きます。
同時に、チカリと視界が白く飛び——
その瞬間、真っ先に知覚したのは焦げ臭さ、でした。
間違いありません。
今のは、先程も見せていた広範囲への放電。
……現状、この世界で電気を使うモンスター、と言うのはほとんどいないはずですが、今はそんなことを考えている場合ではなさそうです。
白飛びした視界は数秒程度で元に戻り、目の前に広がっていたのは案の定、焦げたフィールドでした。
潰されていた花弁のカーペットは、パチパチと火を上げ、焦げ臭さを一層引き立てていて——。
どこか、チクリと心を痛める光景ではありましたが、そんなことを考えている場合でもありません。
【lupus】の方を見やると、向こうも攻撃体制に移ろうとしています。
幸い、リリィちゃんもスキルを用いて飛び退くことで回避には成功したようで、お互いダメージはゼロ。程なくして術後の硬直も解けたため、アクションを取り始める分には問題なさそうです。
であれば、まずは——
視線を移動させ、スキル項目から《挑発》を選択。
発光した杖先から三発ほど光弾を【lupus】に向けて放ちます。
直後、視界が先程よりも強い赤に染まり、同時に発動させていた《索敵》特有のアラート音が響きます。
再び相手に視線を向けると、紅い瞳は絞られ、間違いなくこちらを捉えています。
下準備は終わり。これからが肝心です。
「ちょっ!? コリスちゃんっ!」
地を踏み、横へ向かって駆け出したのと同時に、張り詰めた空気を裂いたのはリリィちゃんの声でした。
「——リリィちゃんっ! わたしとは逆向きにフィールドを回ってください!」
「……っ! りょー、かいっ!」
【lupus】の様子、そしてわたしの出した指示、一瞬だけ言葉を詰まらせはしましたが、すぐにわたしの意図が理解できたのか、すぐさま行動に移ってくれたリリィちゃんを横目に捉えながらも、わたしは走り続けます。
基本的に広範囲攻撃は強力です。
弓矢や魔法などの遠距離攻撃が自身に触れる直前で断ち切り、攻撃に転じる際には複数のプレイヤーを相手取れるのですから。当然です。
しかし——であれば尚更、欠点がないわけがありません。
広範囲攻撃技のクールタイムは基本的には長いのです。それも、見た様子だと【lupus】の放電にはプレイヤーを《麻痺》させる効果もある様子——その分、クールタイムも短いものではないはず、です。
少なくとも全方位に向かって連発できるものではありません。
だからこそ——です。
——ズドォォォン!
地鳴りと咆哮、振り向かなくても背後で何が起きているのかぐらいは理解できます。
恐らくは、その鋭爪を活かした攻撃でしょう。
段々と、それは近づいてきていて。
小刻みに魔法を挟んで回避していても、このスピードでは近いうちに限界が来ます。
ですが、それは同時にチャンスでもあって——
「——《フレイムブラスト》」
体を捩り振り向くと同時に、ずっと追ってきていた【lupus】へと火球を撃ち込みます。
実際、相手にとって防御は容易でしょう。
直後の放電によって、魔法は途中で打ち消されてしまいます。
そして——打ち消した後の行動なんて、ほぼ決まっているようなもの。
「ウォォォォォォン!!」
硬直したこちらに向かっての跳躍、照り返す鋭爪。
あまり大きな動きはできません——が。
「——今、です」
アイコンタクトの直後、青いライトエフェクトが視界を照らします。
晒している隙も、稼いでいるヘイトも大きいのはわたし。紅い瞳が向いているのは一点のみ。
だからこそ——横から迫るスキルの駆動音に気づいたところで、今更回避はできません。
——キュィィィィィィン!!
目の前に迫る鋭爪、その隣で輝くライトエフェクト。
本当に直前、その先端が触れるか触れないかギリギリのところまで体制は崩さず——かくして、機は熟しました。
「《ヴェントブラスト》」
目の前で発生する風、命中した魔法は、足元でとったステップも相まって、強いノックバックを発生させます。
そして、今なら——
「——そこっ!」
強く鳴動するレイピア。
普段とは違って黄色いダメージエフェクトが飛び散り、【lupus】のHPが3%ほど減少します。
しかし、唸ることも一切せず、【lupus】はというと、ただ物理演算に従って、僅かに横へとノックバックしたのみ。
普通のモンスターと同じようにダメージが入ることへの安心感はありますが……ダメージエフェクトの色の違いといい……違和感は付き纏います。
「ダメージ、受けてない? コリスちゃん」
「ええ、満タンです。この調子でお願いしますっ!」
「りょーかいっ!」
【lupus】が体制を整えるまでにお互い再び分かれ、体勢を整えると同時に、もう
——一人がボスのヘイトを買い、強力な攻撃を吐かせれば、もう一人は安全に攻撃できる。
強力な範囲攻撃に対する攻略方法の鉄板です。
以前、少しだけ会話の中でレクチャーしたものをすぐに、わたしが挑発して放電を撃たせ、クールタイムの間にリリィちゃんに攻撃してもらう、という形で実践に移せたのは、リリィちゃんのセンスによるところが大きいでしょう。
まだまだダメージは足りませんが、しばらくはこの作戦が大きく瓦解することもなさそうです。
終わったらお礼をしなければ——と、そんなことを考えている間に、再び視界の端で鋭爪が閃き、束ねた髪を強く揺らします。
「《ヴェントブラスト》」
わたしは回避のために再び、呪文を口にしました。
◆ ◆ ◆
◆ ◆
◆
——キュィィィィィィン!!
レイピアが青く輝くと同時に跳躍し、また一度、刺し貫く。
——ピ、ピ
短く音を立て、バー全体の残りが大体3割くらいのところで、HPの減少は止まった。
「コリスちゃん、大丈夫?」
「ええ、わたしの方は問題ありません。リリィちゃんこそ、大丈夫ですか?」
「……うん、あたしも大丈夫」
——あと、どれくらい続くんだろう?
ふと湧き上がってきた疑問に蓋をしながらも、せめて形だけはと親指を立てて。
ちょっとだけ表情のほぐれたコリスちゃんを前に、あたしはまた距離を取る。
走り続けても足は疲れないし、いくら攻撃しても筋肉が悲鳴を上げることはない。
それこそ、現実世界でこんなに動き回っていたら、今頃倒れていてもおかしくないだろうし。
……なのに、段々と思考はまとまらなくなってきて、それと一緒に、何となく足も重くなってきて。
歪さを感じるのは、いつもこういう時だ。
目の前の景色も、感覚も、ほとんど現実世界と変わらないのに、疲労感だとか小さいところで、いつもどこかがズレている。
仮想世界なんだから当然なんだろうけど、なかなかこの感覚には慣れないな、なんて。
ぼんやりとそんなことを考えているうちに、十分距離は取れていた。
再びあたしがコリスちゃんの方を見やったのと同じタイミングで、彼女が送ってきたアイコンタクト。
それに合わせて流れ通りにレイピアを持ち上げ、予備動作へ——移ろうとした時だった。
「——え」
想像していたよりも上がらない腕、光らないレイピア。
何が起きたのかわからず、思考が一瞬フリーズしてしまって。
その一瞬が、まずかった。
「——リリ」
悲鳴は、途中で途切れた。
視線の先で、血みたいに赤い破片が飛び散った。
簡単にその身体は跳ね、視界の端に映っていたもう一本のHPバーは急激に減っていく。
そのダメージ表現は、回らない頭でも理解できるくらい簡単なものだった。
とさり、と乾いた音を立てて、コリスちゃんは地に伏せる。
何でこんなことに……? と、考えるまでもなく答えは出る。
あたしが失敗したからだ。
——じゃあ、何で腕が上がらなかったんだろう……?
浮かぶもう一つの問い。
答えは、案外すぐに出た。
——あたしは、まだこの世界に慣れてない……慣れてないから……。
この世界は、細かいところでズレている。
だからこそ、いくら
痺れたような頭でも考えられるくらい、疲労の原因は明確なもの。
そして、ミスの原因も、あたしが初心者だったからって、これ以上ないくらいに単純なもの。
——“ちょっと、まだあたしじゃ、あまり力にはなれないかもしれないけど……何か、手伝わせてよ“
脳裏をよぎるのは、あたしが口にしたこと。
結局、ただのエゴに過ぎないことだ。
もしかしたら、あたしは迷惑をかけていたのかもしれない。
璃子ちゃんがどれだけこの世界と、指輪に入れ込んでいたのかくらいは知ってる。
だったら、あたしなんかよりも適任な人は、ここにはたくさんいるだろう。
だって彼女は強いんだから。きっと、コンビなんて見つかったと思う。
それは、初心者のあたしでもわかることだった。
もしも、璃子ちゃんがずっと気を遣っていたとしたら?
段々と、彼女とあたしの間にズレが生まれてきていたのは確かだ。
昔はもっと態度が柔らかくて、いっぱい話してくれてたのに。
いつの間にやら口調は他人行儀な敬語になって、
それでも、あたしは——ずっと、変わってほしくなくて。このままでいたくて。だから、無理やり接点を探して……。
嫌だ?……嫌だ。やだ。——何が。……何が?……何が?
まとまらない思考、ぐちゃぐちゃ。
【alert:バイタルが不正常】
視界に浮かぶメッセージの意味すら、理解するまで時間がかかる。
「——友梨奈、ちゃん」
そんな中で。
不意に、絡まった頭を——その声がほぐした。
覆い隠された視界の中で映る璃子ちゃんは、倒れたまま。
そんな中でモンスターが、襲い掛かろうとしていて——
——“友梨奈ちゃんの力が必要、なのです“
ずっと、昔からそうだった。
あの人も、誰も見向きもしてくれなくて。
半ば気まぐれで立ち塞がってみたら、案外懐いてくれて。
璃子ちゃんがその笑顔を向ける相手は、あたしだけだった。
そして、「それ」が、あたしには必要で——必要で。
どんな状態かくらい、今のあたしでもわかる。
「それ」は、あたしの目の前で引き裂かれていようとしていた。
ここが現実世界じゃないこと、それくらいはわかる。でも、それだけは——
「——やだ」
上がらない腕の代わりに、視線を移動させ、マニュアルでスキルを使おうとする。
そのまま、上に視線を向けようとして——失敗した。代わりにクリティカルサークルが表示される。
まだ、もう一度——。
今度こそ視線は上を向いた。
レイピアは、紅く光る。
狙う場所は——璃子ちゃんと、モンスターの——間。
痺れた頭で、無理やり
あたしは、一度瞬きをした。
◆ ◆ ◆
◆ ◆
◆
「——友梨奈、ちゃん」
ずっと、昔からそうでした。
身体は衝撃のせいで動かず、視界が赤く染まる中、鋭爪だけが迫ります。
それでも、そんな時にいつも手を差し伸べてくれるのは友梨奈ちゃんで。
それは、初めて会った時も、今回のDoTでコンビになってくれた時も……昔から、変わりありません。
だから、わたしは——
一度、レイピアが閃きました。
目の前で、束ねられた髪が揺れました。
彼女の瞳が一瞬、わたしを捉えました。
——ジ、ジ、ジジジジジジジジジ
刹那、響いた破砕音を突然、幾重ものノイズが塞ぎ。
頭の中に無理やり手を突っ込まれるような、凄まじい不快感が——わたしを襲いました。
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