13_DoT:6『オロカシイモノ』


——ピッ、ピッ、ピッ


目の前で進んでいくカウントダウン。

300から始まり、1秒おきに減り続ける数字がゼロになった途端、唐突に視界が光に包まれ——

最初に聴覚、次に嗅覚、最後に触覚——と、全身の感覚が戻っていきました。


「……大丈夫……? コリスちゃん……?」


直後に、耳元で聞こえたそんな声に反応するように瞼を開けると、そこにはこちらを覗き込むリリィちゃんがいました。


「……ええ。お守りのおかげ、です」

「……そう、だね」


『《ペンダント・オブ・オパレス》:希望を司る宝石を埋め込まれたペンダント。パーティーメンバーが一定数、蘇生待機状態に陥った際、一度だけ、300秒後に蘇生させる。』


数日前、モンスターハウスにて宝箱から入手したアイテム——《ペンダント・オブ・オパレス》は、効果欄に記されていた役目を終え、今まさに、リリィちゃんの手の中で光に包まれたまま、ポリゴン片へと変わろうとしていて。


「……うん。しっかりと、あたしたちを守ってくれたんだもの。……ありがとう」


どこか名残惜しそうにそう呟いた彼女へと応えるように、最後に一度だけ、ふわりと色を変えると——ペンダントは、完全にポリゴン片と変わり、霧散していきました。


「……それじゃ、行こっか」


数十秒ほど、溶け込んでいく光を見つめていたでしょうか。

やがて、こちらに顔を向けると、リリィちゃんはそう口にします。


蘇生アイテムが支給されないDoTにおいて、唯一使える蘇生手段である、装備アイテム。

とても貴重なそれと巡り会えたのは、奇跡に近かったと言わざるを得ないでしょう。


……だからこそ、このまたとないチャンスを生かさなければ——。いくら、あの二人に先を越されていたとしても、まだイベントが終わっていない限りは進まねばなりません。


「……ところで……立てそう、ですか?」

「……ごめん、ちょっと……さっきので、腰、抜けちゃったかも……。手、貸して……?」


無理もありません。

あんなに至近距離から撃たれる経験なんて、そうそうありませんから。


「…..もちろんです。……友梨奈ちゃん」


触れてすぐ、私の手に絡んだ冷たい手を掴み。ぺたんと座り込んでいた彼女を引き上げます。


「……それじゃ、今度こそ……だね?」

「……ええ。行きましょう」


仕切り直すように。そして、手を引いている途中で、離れることのないように。

繋がれた手に、軽く力を込めると。私たちは、空洞のさらに奥——洞窟の最深部を目指して、駆け出しました。


◇ ◇ ◇


◇ ◇



「リリィちゃんっ! そこですっ!」

「りょー……かいっ!」


奥に進むにつれて増えていく【ウルフ】を一通り倒したのちに、再び手を繋ぎ。

ある程度振っていた敏捷性によって得たアシストを精一杯生かして、また駆け出します。


あの二人が他のプレイヤーをほとんど倒してしまっていたからか、その間遭遇したのはモンスターだけ。


ある程度は勘を、ある程度はマップの向いている方角を頼りに、比較的効率よく進んでいた時でした。


分かれ目のうちの一つ、一本道を進んでいた先にあった空洞。


そこに入った途端、感じたのは——明らかに、異質な空気。


そして……その奥には、何かを祀るために用意されたかのような、二つの祭壇がありました。


「コリスちゃん、これ……っ!」


恐らく、ここが説明の際に名前の出ていた、《わかたれし祭壇》で、間違いはないでしょう。


それに気づいた時、思わずはやる鼓動を抑えきれず、足は前へ、前へと勝手に出ていって。

やがては駆け足に、半ば駆け寄るように近づいて顔を寄せます。

下部に刻まれている紋章は、間違いなくルール説明の時——そして、挿絵で見てきたリングに刻まれていたのと同じもの。


「コリスちゃん、《リング》は……?」


拍動を強める胸を、ローブ越しに強く抑え……視線を、上部へと移動させ——


「……な、い……?」


——そこには、何もありませんでした。


「……でも……なぜ……イベントは、まだ……?」


——真っ先にリングに触れたプレイヤーが勝者。


それが、このイベントの——DoTのルールのはずです。

もし、先にあの二人や、他のプレイヤーが《リング》に触れてしまっていれば……もう、その時点でこのイベントは終わっているはず……。


考えれば考えるほど浮き彫りになっていく違和感に、思わず頭を抱えます。


その時でした。


「コリスちゃん、これって……何……?」


リリィちゃんが指差した先にあったのは、僅かに漏れている光。


それは、密着している祭壇の隙間から溢れているものでした。


「なん、でしょう……?」


思わず、疑問の声を漏らして。


「……もしかして、隠し扉、でしょうか……?」


……経験則がはたらいた、とでも言えるものでしょうか。

わたしが行き着いたのは、一つの可能性でした。


「…..じゃあ、押せば開くの……?」


そう口にしたリリィちゃんに合わせ、力一杯、祭壇を色々な方向へと押しますが……びくともしません。


「これ……すっごい重い……」

「ほんと、です……」


音を上げながらも、ますます疑問は深まるばかりで、視線を落とした時でした。


「……この……紋章……?」


祭壇の下部に刻まれていた紋章は、左右で違うもの、でした。

そして、それは——


「……リリィちゃん。そのまま、祭壇に触れていてください」


そうリリィちゃんに指示をしたのち、わたしももう片方——リリィちゃんの触れている方とは違い、妖精族の紋章が刻まれている方の祭壇へと手を触れます。


その瞬間、重々しい音と共に、奥へと、祭壇は開きました。


そして、姿を現したのは、上へと続く階段と、漏れてくる光。


「……開いた……?」

「……きっと、人族と妖精族。それぞれが紋章の刻まれている方へ触れないと開かない仕組みだったんです。……それにしても……」


……確かに、ギミックとしてはそこまで高難易度なものではありませんが……これでは、同種族でコンビを組んでいるプレイヤーは、決してこの扉を開けることができないはずで……そこには、決して公平性なんか……。


——一体、この先に何が……?


「……あたし、よくわかんないけど……この先に行けばわかるんでしょ……? だったら行こうよ、コリスちゃん」


けれど、考えたところでわからないのなら、段々と思考は煮詰まってくるばかりです。


「……そう、ですね」


軽く頭を振って、違和感を払おうとしたのち、そう小さく口にして。

何が待ち受けているのかはわからずとも、わたしは一段上から伸ばされた手を掴みました。


◇ ◇ ◇


◇ ◇



「ぐはっ!?」

「ベニーっ!? クッソ、この犬っころが——よおっ!」


——パシュッ


階段を登った先に広がっていたのは、真紅のカーペットが広がる大地でした。

思わずその景色に息を呑んで。


「……っ」


よく見てみると、それは踏み荒らされた花の一輪一輪が寄り集まってできたものであることがわかります。


そして、先客もいました。


ベニーさんと、ライラさん。

恐らく、二人ともそれぞれ人族と妖精族だったために、先にたどり着けていたのでしょう。


けれど、その先に待ち受けていたのは——見たこともないようなもの、でした。


「それ」には、弓矢なんか効きませんでした。


届くよりも先に、迸った電流が、弓矢を焼き切ってしまいます。


そして、それだけじゃ済みません。


硬直していたライラさんに掠っただけで、その電流は、HPバーの横に灯るアイコン——《麻痺》を引き起こしたようでした。


「テメェ、こっちに来るなぁぁぁぁっ!?」


絶叫が聞こえたのは、僅か一瞬。


「それ」は爪による一裂きで一度破砕音を響かせ、その場に真紅の花を咲かせます。


「よくも、ベニーをぉぉぉぉ……っ!!」


そして、もう一つ真紅の花が咲くまでもまた、そう時間はかかりませんでした。

クロスボウを構え、矢が放たれる直前——再び迸った電流による《麻痺》。

跳躍と共に放たれた一裂きによって呆気なく響く破砕音——わたしたちが呆気に取られている間に、全ては終わっていました。


一見、「それ」は【ウルフ】に近い形状をしていました。


……けれど、身を包んでいる装甲も、その隙間から覗く関節や身体も、【タビー】なんかよりもずっと大きい、その体躯も。


一切、生物らしさを感じさせず、まるで、全てが作り物のようです。


そして、その紅く光る瞳は——たった今目撃してしまった惨状とその歪な存在に、呆気に取られていたわたし達を見とめて。



「ウォォォォォォン!!!」



刹那、震える空気。

一拍遅れて聴覚が捉えたのは、耳をつんざくような咆哮。



【TS-12_MODEL:lupus】



直後に、頭上へと映し出された膨大な量のHP数値の隣——表示された文字列。

それが、あまりにも異質な……DoTでは出現しないはずの、ボスモンスターの——名前、でした。

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