12_DoT:5『私と踊って』

——パシュッ


背後で響く乾いた音。


「リリィちゃんっ!?」


思わず、悲鳴を漏らしたのと全く同じタイミングでした。


——キュィィィン!


響き渡る駆動音と共に、青い輝きが背後を照らし——直後に閃いたのは一直線に霧を裂く光芒。

一撃目は、避けるためだけに放たれ、スキルの一時停止と共に切られたターン。彼女は音がした方へとそのまま、二撃目を放ちます。


「チィッ!」


唐突に襲ってきた連撃のせいか、先ほどとは別の相手であり、たった今放たれた矢の主——ライラは、舌打ちと共に、すぐさま結晶の背後へと身を隠そうとします。


「コリスちゃんっ!」


しかし、いくら霧が立ち込めていて視界が悪かったとしても、影の位置と、矢の放たれた位置から、おおよそ場所なんて検討が付きます。


彼女の目配せから意図を感じ取り、先に詠唱した起句。

スキルの射程の関係で彼女の刺突は直前で止まりますが、確かにこの状況、魔法なら……っ!


「——《バレット》っ!」


事前に詠唱しておいた起句と合わせて放たれた真紅の弾丸が、射抜く影。

空洞中に響き渡る、再びの低い舌打ちと共に、ジ……ジ……と、HPバーは後退します。


「やっぱりそいつには慣れないねぇ! 大した射程だ、気をつけな、ライラ!」


リリィちゃんは回避できました。

彼女が身を引くと同時に、HPも8割ほどまでは削れました。

これなら行けるのでは……と、少々の安堵の息が漏れそうになります。


「……へぇ。そいつは、気をつけねえと——なあっ!」


しかし、油断は禁物でした。

真逆の方向から、再び音が響いて。

飛んできたもう一筋の弓矢を、身を捩って、すんでのところで回避します。


……やっぱり、全然攻撃の手は緩みません。

本来あるはずのスキル後の硬直ですらも、射程の長さのせいで、こちらに届く頃には解けている上、魔法や剣技なんかよりも、十分に短いものです。


であれば、この距離の取り方は明らかに不利です。


「リリィちゃん、近距離、一人分担、お願いしますっ!」

「りょーかいっ!」


そんな心強い返事と共に、再び視界の端で青い閃光が閃き。

……それを横目に、私はに向かって走り出します。


遮蔽物はなし。

対象は自分の真正面。

格好の的——通常であれば、ただの自殺行為です。


すぐさま結晶の背後から一つの人影が飛び出し、霧の隙間から覗くクロスボウ。


——パシュッ


乾いた音が響きます。


……けれど、そう簡単に的になる気はありません。


「《ヴェント》」


ヴェント系呪文は、強いノックバック力を持つ魔法です。

とはいえ、これだけの広さでは、相手に届く頃には相当に減退した威力にしかなりません。


……だからこそ、です。相手に撃つ気なんか毛頭ありません。


深く、地を踏み締めて。



「——《バースト》」



対象は——足元。


霧を裂いて、すぐ目の前にまで迫っていた弓矢ごと、吹き飛ばし。


「なっ!?」


唸り、一点に炸裂した豪風。


《ブラスト》魔法よりも遥かに強いノックバックが襲い——私の体は、一気に打ち上げられます。


——射程に届かないくらい、遠くへ。


普段よりも遥かに威力は高く、一点に集中した《ヴェント》呪文。それに加えて、鍛えあげた敏捷性による跳躍。


辿り着いたのは、天井間近。

森林マップでのPKが相手だったら、絶対に取れない距離の詰め方でしょう。

それでも——この場所においては、全てが好都合です。

そのまま風圧によってブレていた身体を少し回転させて——接地した天井。

僅かな蹴りと、進路変更だけで十分だけでした。


為された演算、加速は重力がつけてくれます。


そして、向かう対象はただ一つ、目を見開いた髭面——ライラさん。


空中からの襲撃にも、多少動じただけで、すぐにいくつか弓矢が放たれますが、流石に高い位置にいる上、未だに霧は立ち込めています。それに、的が動いているようでは中々矢も当たりません。


被弾したのはたった一度……それでもHPは相当に削られましたが。

そのままスキル後の硬直に入ったのか、彼が一瞬動きを止めた時——それは、好機でした。

勢いはそのままに、彼を捉え——


「なっ⁉」


直後に、こちらにもかかった強い衝撃と共に、魔法を用いた体当たりは成功したようでした。

のけぞるどころか転倒する彼をクッション代わりにしたおかげか、落下ダメージも抑えられたようで。

覆いかぶさるようにして動きを抑えると共に、眉間へと杖先を当てます。


先ほどの《バースト》でそこそこMPを消費しているとはいえ、使う魔法なんて、この距離なら高威力じゃなくても十分です。


「《フレイム》——」


杖先で生まれた炎が眉間を焦がし、ジ……ジ……と、ダメージエフェクトが僅かに発生し、HPは減少していきます。


「——《バレット》」


そして、詠唱を終えた刹那、ゼロ距離で放たれた弾丸。


悲鳴をあげる間も与えず、青い火花を散らし、ダメージエフェクトと共にピピピ、と。

忙しない電子音が響き、目の前でHPバーはみるみるうちに減退していきます。

……何とか倒せたはずです。肝が冷える体験ではありましたが……。

咄嗟にとった行動の割には上手くいったことに感謝しつつ、HPが完全にゼロになるまで、待っていた時でした。


——ピッ


赤く染まったHPバー。

突如、電子音とは別の音が響き渡って。

強い光が、視界を包みました。


「……え」


刹那、響き渡った轟音と、真正面からわたしを襲った爆風、熱風——そして、衝撃。


避ける間もなく身体を吹き飛ばされ、耳元で響く破砕音と共に、感覚が徐々に遮断されていきます。

そして最後に、視覚が失われる直前——目に焼き付いたのは、彼の装着していたペンダントに彫り込まれているアルファベット七文字——『Coclico』でした。


◆ ◆ ◆


◆ ◆



「そんなもんかい? アンタはぁッ!」


——パシュ、パシュ、パシュ


短い間隔で飛んでくる弓矢を、なるべく最低限のステップで避ける。

でも、何度かそれが掠ったせいか、少しずつHPは削られて。

スキルを使おうにも、硬直の手前で再び身を隠されてしまうせいで、隙がない。


——パシュ、パシュ、パシュ


そして、再び姿を見せるベニーさんと、弓矢。

現状は防戦一方で、HPが削られているこちらが不利。

近距離は近距離で、相手はしっかりと立ち回りをわきまえていた。


——どうしよう。


あたしは、コリスちゃんほど戦い方がわかるわけじゃないし、このゲームのことも、まだ、よくわからない。

そして、頭が回らない隙を付け狙って、彼女はまた弓矢を撃ち込んでくる。


——どうすれば、いいの……?


連続で響く乾いた音は、途中で一拍置きつつも、延々と続く。


——わっかんない。


でも、段々と頭の中はぐちゃぐちゃになってきて。


……せめて……せめて、誰かに聞けたら良かったのに……璃子ちゃん、とか。


今は縋れない相手のことが一瞬脳裏に浮かび、ますます気持ちは落ち込んでいく。


でも、回避を止めることはできず。

僅かに、後ろへ身を下げ、飛んできた弓矢を避けた時だった。


一瞬、浮き上がり視界に入ってきたのは、一つのペンダントだった。


——“リリィちゃんにあげます。お守り代わり、ですから。持っててください”


首に触れた、あの感触を思い出すと共に、


——“璃子ちゃんのことは、あたしが絶対に守ってみせるよ。まだ、ちょっと頼りないかもしれないけど、さ“


浮き上がったそのペンダントを掴んで。


——“そんなこと、ありません。友梨奈ちゃんは、とっても頼りになる人です“


「……そっか」


——誰かに縋ってるのは……頼ってるのは、あたしだけじゃ、ないんだった。


意志は、固まった。


視線を移動させ、レイピア全体に光を纏わせる。


——パシュッ


そして、この状態なら……っ!


コリスちゃんも使ってたスキル《パリィアシスト》が発動し、


——カキンッ!


一時的に何倍にも膨れ上がったように見えるレイピアが矢を弾き——相手側に生じた硬直と、できた隙。

対してこっちのスキルに、硬直は——ない。


——キュィィィィン!


纏っていた光が紅へと変わり……振動と共に、響き渡る駆動音。

弓矢を弾いた直後に連結させたスキルによって、加速する身体。


「やぁぁぁぁぁぁっ!」


彼女が避ける直前、短い硬直を狙い、放たれたスキルによって加速した剣先が、歪んだ表情かおに突き刺さる直前だった。


突然、爆発音が響いて、大きく地面が揺れた。


そして、そのせいで僅かに剣先がブレて、その隙を、確かに彼女は見逃さなかった。


——パシュッ


目に焼き付いたのは、閃光に照らされ輝く、クロスボウにあしらわれた白い花の紋章。

そして、ゼロ距離で放たれた弓矢の鋭い先端。


悲鳴をあげる間も無く、それはあたしに突き刺さり——すぐにHPは空になってしまって。


初めて、あたしの耳元で破砕音が響いた。


すぐに四肢の感覚が途切れ、嗅覚も聴覚も消えていく。

そして、最後に視覚が遮断される直前だった。


あたしが目にしたのは、爆発によって吹き飛ばされ……欠片になって砕け散る、璃子ちゃんの姿だった。

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