11_DoT:4『この一発、酔いしれろ』

「……切れちゃったみたい……ですね」


クールタイムが過ぎるまで周囲に意識を集中させながら、視界の端に表示されるアイコンが灯った途端に、視線を移動させます。

直後、【索敵】の発動を意味するマーカーが表示され……ませんでした。


「どう? コリスちゃん。他の人、いる?」

「いえ……ほんとに不思議……です」


さほど索敵範囲が広くないとはいえ、洞窟に入ってから20分ほど経過しても一切何も感じない、というのは妙な話です。

イベントの進行を確認する限りでは既に15組がここに入り、締め切ってしまったはずだというのに。


「リリィちゃんは何か感じますか?」

「……ううん。なんにも」


しかし、他プレイヤーが見当たらず不安が煽られるのは確かですが……今は進む他ありません。


「……ごめんなさい。少し、心配させてしまって。進みましょう」

「そう……だね。うん、そうしなきゃ」


——誰よりも早く、《リング》のところに辿り着かねばなりませんから。


……とはいえ、得体の知れない不安がこびりついて離れないのです。

体が強張るのを誤魔化すように、ぎゅっと拳を握りしめて。

固い地を踏み締め、わたし達は歩き続けるのでした。


◇ ◇ ◇


◇ ◇



洞窟に足を踏み入れてから、おおよそ1時間くらい経ったでしょうか。

マップを確認すると、踏破率は7割ほど。


「来たよ、コリスちゃんっ!」

「ええ——《フレイムバレット》」


真紅の弾丸によって、目の前にいたモンスター——【ウルフ】はその体を散らし、同時に背後から飛びかかろうとしていた個体もリリィちゃんの《スペーサー》によって倒されます。


「……ねぇ……あたし達、どれくらい倒したのかなぁ……?」

「……数えきれないほど、でしょうか……?」


実際、ステータス画面を開いてみると、戦っていたのがかなり経験値効率の良い【ウルフ】だったというのも相待ってか、かなりレベルは上がっています。……つまりそれだけ倒してきた、という証明にもなるのですが……。


「でも……他の人、どこに行っちゃったんだろ?」


生存しているプレイヤー数が確認できない以上はなんとも言えません。

けれど、イベント終了のアナウンスがないということは、未だ《リング》に辿り着いたプレイヤーはいないということを意味していて。


「……もしかして、モンスターにやられちゃったのかな……?」

「流石にここまで辿り着くほどの手練れが倒されるなんてそうそう……」


——あるはずがない。


そう口にしかけた時でした。

唐突に道が開けて。

目の前に広がったのは、巨大な空洞。

そして、その奥にあったのは——


「……コリスちゃん、あれって……っ!」

「……ええ、二階層の入り口ですっ!」


——わたし達が探し求めていたもの、でした。


周囲に敵がいないことを【索敵】を用いて確認したのち、リリィちゃんの手を取って駆け出します。


「ちょ……っ!? コリスちゃん!? 速いって!?」


けれど、その時のわたしは、焦り過ぎるがあまり、自身とリリィちゃんとの敏捷性の差をあまり意識していませんでした。

……そして、そんな状況で速度を緩めなければバランスを崩してしまうというのも、また必然というもの。

 

「うわっ!?」

「コリスちゃんっ!?」


ガッと鈍い音と共に足元から全身へ鈍い感覚が伝わり、一瞬にしてバランスは崩れます。

そして、それはリリィちゃんも同様です。

しっかりと物理演算されているがために、一切止まることなく。二人分の体重がのっている分、より速く。


「わわわわわわっ!?」


リリィちゃんの悲鳴が響き渡ると共に、そのままわたし達は長い長い石段を転がり落ちていきます。

それは、二階層についても止まることなく。

もう何回転かしたのちにようやく勢いは収まり、重なり合うようにして、わたし達は平地に投げ出されました。


「……ごめんなさい、リリィちゃん……」

「……ううん、あたしは大丈夫だけど……コリスちゃんは……?」

「……ええ、わたしも大丈夫です」


痛みの代わりに全身を走っていた痺れもようやく収まり。

いくらか、冷気に合わせて頭も冷えてきます。


……やはり、少々焦り過ぎていました。


冷静に……冷静に……と、自身に念じながら立ち上がり、ゆっくりと周囲を観察します。


そこは、光を放つ水晶が所々生えている巨大な空洞でした。

周囲に立ち込める霧は水晶の放つ光によって照らされ、雰囲気で言ってしまえば、幻想的とも、不気味とも取れる景色でしたが……。


「……周り、全然見えないね……」

「……ええ、不安です」


……何より、視界が悪いものでもありました。

こんな状況で奇襲を受けたら一たまりもありません。


「——とにかく、早く抜けましょう」


そう、提案した時でした。


「……ねぇ、コリスちゃん……何……これ……?」


リリィちゃんの震えた声音が響いて。

ふと、指された足元を見てみると、青白い光に混ざって、仄赤い光が所々灯っています。


その時、霧が一瞬晴れて。

わたしの視界に映ったのは——


「——これは……蘇生待機状態……?」


一枚一枚と、花弁を落としていく真紅の花たちでした。

それも、地上で【タビー】が作ったものとは比にならないであろうほどに大量の。


「——早く離れないとっ、リリィちゃん……っ!?」


間違いなく、ここは危険です。

リリィちゃんの手を取り、この場を離れようとした時でした。


突然視界が赤く染まり、【索敵】による赤いカーソルが表示され——


——パシュッ


たった一度、乾いた音でした。

反射的に身を捩った時、頬を掠めたのは、一筋の弓矢。


「コリスちゃんっ!?」


……このゲームでの遠距離攻撃では考えられないほどの速度でした。


そして、掠っただけだというのに、かなり削られたHPも。


「……へぇ、お前さん、随分と良い反射神経してんじゃねぇか。こいつは有望だぜ、ベニー」

「そうみたいだねぇ、ライラ」


弓矢をヒットさせたのちに、再び結晶の影へと素早く身を隠す人影。


緑色の灯るHPバーの隣に表示された名前は、【Bennie】。


——“ベニー&ライラ。PKを生業にしているコンビだよ“


響いた二つの声の主は、脳裏をよぎったその名と完全に一致しています。

そして、名前表示は任意であるはずなのに、わざわざ今、彼は見せつけるように……。


それは……間違いなく、わたし達をターゲットにしているという証です。


その事に気がつき、冷たいものが首筋を伝った時でした。


——パシュッ


背後——リリィちゃんに近い場所でもう一度、その音が響き渡りました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る