10_DoT:3『あたしを見つめて』

「コリスちゃんっ! こっちっ!」


術後硬直で動けない体を無理やりに引っ張られる形で、着地モーションからの二度目、即座に放たれた横薙ぎをすんでのところで躱します。

直後、硬直が解けると同時にわたし自身も振った敏捷性を限界まで振り絞る形で、一気にステップを踏んで。


「届いてください……っ!」


ショートカットを用いて実体化させた煙幕玉を投げて、一時的に視界を削ぎつつ、今度は逆にわたしが引っ張る形で木陰へと転がり込みます。


「っつぅ……危ないところだったぁ……」

「ほんとです、ほんと……」


未だ消えぬ煙のおかげか【タビー】のターゲットからは一時的に外れたようでした。

リリィちゃんの手もしっかりと繋がったまま。

物音を立てないように気をつけながら話しながらも、思わず木陰でぺたんと座り込んでしまって。

そう一度、ため息を吐いた時でした。


——ザザッ!


一瞬、空気が震えると共に、その刹那、轟音が轟いて。煙を吹き飛ばすほどの衝撃波が、周囲を襲いました。


「な……っ?」


思わず頓狂な声を上げてしまったのも無理はありません。

なにしろ、ここから三本離れた程度の距離にある木が【タビー】の突進によって倒されていましたから。


本来、フィールドのオブジェクトは、到底一回では破壊されないほどに高い耐久力を持ち合わせています。

けれど、それすらも一撃で破壊できるほどの威力……あれが命中してしまったら……。


思わず、冷たい何かが首筋を伝います。


「……ねえ、コリスちゃん……あれ……」

「……ええ。危なすぎます……」


以前戦った【タビー】よりもはるかに強力になっています。

まともに正面から戦おうとすれば、すぐに敗れてしまうでしょう。

けれど……


——ザザッ!


次第に、音は近づいてきます。

もう、あまりここに隠れることができる時間も長くはありません。

どうするべきか、思索をめぐらせようとした時でした。


「……コリスちゃん、あたしが……注意を引くよ」


引き抜かれた《レイピア・ド・バロネス》が閃きます。

彼女は、立ち上がると【タビー】を見据えました。


「……だから——」


【タビー】に聞こえぬよう、そっと耳打ちで伝聞された作戦に頷いて。

わたしもまた、緊張ゆえか汗ばんだ手で、杖を握りなおします。

けれど、直前に聞いた声は若干、怖れを孕んでいるかのようにも聞こえる、震えたものでした。


◇ ◇ ◇


「シャァァァァッ!!!」


このレイピアを手に入れた時もこんな感じだったな、なんてちょっと回想しながら。

木陰から飛び出したあたしの姿を、ネコ——【タビー】が認識して、雄叫びを上げるまでは一瞬だった。

風圧で髪が揺れて。

思わず手が震えると共に剣先がブレる中、それを強く律しつつ、地面を踏み締めて跳躍しながら軽く視線を逸らす。

直後に発動させた、スキル——《見切り》によって、視界に映った青い輪——弱点候補は、5つだった。

【タビー】がいくら、高いジャンプ力を持っているとはいえ、不意打ちを仕掛けたのはこちら側。

まだ、襲い掛かる準備はできていないはず……っ!


「やあああああああっ!」


自分を鼓舞するように声を上げながら、大きく引き絞ると同時に、真紅の光を纏ったレイピアが鳴動する。

そのまま、ターゲットを5つある弱点のうちの一つである右前足へと定めて、瞬きを一度。

途端、重力と一緒に、確か、璃子ちゃんが言ってた……『しすてむあしすと』に引っ張られるようにして、勢いづいた剣先は輪を一つ、貫いた。

だけど、青い火花は飛び散らず、HPが少し減るだけ。……右足は、弱点じゃなかったみたい。

なんて、考えているうちに迫り来るのは体制を整えた【タビー】の牙。


「《ロックブラスト》っ!」


その瞬間、背後から放たれた岩塊が【タビー】の顔面に命中し、僅かにのけぞる。

ナイス、コリスちゃんって、親指を立てたいけど。それよりも先に——レイピアを纏っていた光が消える直前、体が硬直する前に剣を僅かに引く。

途端にもう一度、剣が鳴動を始めるのと一緒に今度は青い光が剣を包んで、もう一度ターゲットが表示される。

それと同時に、視線移動をもう一度……《見切り》の示す先——ターゲットは——


「あたしは左前足っ! コリスちゃんは右肩行ってっ!」

「了解ですっ——《フレイムブラスト》っ!」


直後に放たれた炎が右肩に当たると同時に、あたしが放った二連撃スキル、名前は確か——《ターン・パルス》が、そのまま左前足を貫く。

でも、どちらも青い火花は飛び散らず。


「最後、左肩と額っ! やっちゃえっ! コリスちゃんっ!」

「はいっ! 《ドゥ・フレイムブラスト》っ!」


間も無くして放たれた二発の炎によって起きた爆発——青い火花を飛び散らせ、大きくHPを削ったのは額に当たった方だった。

残量を示すバーはほぼ三分の一。そのタイミングでのけぞった【タビー】と一緒に、あたしの硬直が解けて。

もう一度引いたレイピア、浮かぶターゲット、狙う先は——確定した弱点!


「いっけぇぇぇぇぇっ!!」


跳躍と共に、剣先が額を貫いた瞬間、断末魔が周囲に響き渡って。

青い火花と一緒に、ふっと抵抗が無くなり、【タビー】は砕け散った。


「……ふぅ……勝った……よね? コリスちゃん。あたしたち」

「ええ。……確かに、いい作戦でした。……でも」


着地と一緒にレイピアを腰に挿し、コリスちゃんの方を振り向いた時だった。


「……でも、リスキーです。《見切り》の弱点候補を減らすために、自分が囮になる、だなんて……」


まるで、飛びつくように彼女はあたしにしがみついてきて。

スキンシップかな、と伸ばそうとした手は宙で止まった。


「……怖かった、でしょう……?」


あたしにしがみつく手も、声音も、震えていた。


「……ううん、璃子ちゃんが頼ってくれるんだから——」


だからこそ、軽く胸を叩いて、


「——これくらい、だいじょうぶっ!」


いつもより意識的に声音を高くして、あたしは口にしたのは、軽い強がり。


途端、驚いたようにぴくりと彼女の肩が一度震えて。

若干、揺れる瞳があたしを捉える。


「ほんと、ですか……?」

「ホントホントっ! だから、安心してあたしを頼ってよ、璃子ちゃんっ」


そんなあたしの様子を見て、ようやく璃子ちゃんは手を離すと、「そう、ですね」と小さく口にして。

あたしの歩調に合わせ、洞窟の入り口へと歩み始めた。


うん、ここからだと横顔がはっきり見える。

現実だと前髪が少しかかっているせいで、見えづらい瞳も、ずっと、あたしを呼んでくれる唇も。


ちょっとくらい怖くたって、別に構わない。

だって、それ以上のものを、君があたしにくれるんだもの。


……だから、もう、その言葉だけで十分なの。


口にはしなかったその言葉を、そっと心の中で呟いて。

あたし達は、洞窟へと足を踏み入れた。

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