09_DoT:2『その障壁、粗暴につき』

『——これより、「Dungeon of Tag」を開催するっ!』


開始の合図と共に、森を包んでいた光がさらに強くなり——それが消えた時、わたし達は薄暗い森の中に立っていました。

密集している木々の間からは到底木漏れ日が差すこともなく、あまり道らしき道もありません。

また、相当にフィールド自体が広いため、でしょうか。

周囲からはキョロキョロとしているリリィちゃん以外のプレイヤーの気配を感じることもありませんでした。


……しかし、先ほどから《索敵》のカーソルはずっと反応しています。

どうやって、洞窟を探すか考えるのも大事ですが、少なくとも気は引き締めなければ、と杖を強く握り締めた時。

直後、ガサガサガサッと背後から立った音と共に、視界の端に映るカーソルが強く明滅し始めました。

間違いなくモンスターです。


しかし、詠唱している時間も、ターゲットを合わせている時間もないので、軽い視線移動によるスキルの発動と共に、薄青くライトエフェクトを放つ杖——《ルーン・オブ・クレッセント》を振り向き様に顔の前で構え、刹那、目の前に迫った鋭爪を受け止めます。

紅く輝く瞳、そして黒光りする毛並みと牙。予告通り【グラッデ・ウルフ】であることに違いはありません。

そのまま、未だライトエフェクトを纏った杖を大きく薙ぎ払うことで、逆にノックバックを発生させて押し返し。


「《フレイムバレット》っ!」


そのまま、数メートル先へと吹き飛ばされていく【ウルフ】に照準を合わせた状態で撃ち込まれた真紅の弾丸がHPを刈り取り、破砕音が響いて。

早速一体、相手は倒せたようでした。


「……ごめんね、コリスちゃん。気づけなくて」

「いえ、襲われたのはわたしですし……それに大丈夫です。一応経験者、ですから。それでは洞窟の入り口を探すとしましょう」


とはいえ、やみくもに探していても見つかるものではありません。



「……それにしても、どこにあるんだろうね? 入り口」

「……はい。早く探さないといけないですし……でも、見当がつかない状態で動いたところで遠ざかったら困りますし……」


尚更に思索を巡らせながら、先ほどのような奇襲を防ぐため、クールタイムが解けた《索敵》をもう一度発動させます。

途端、視界にいくつかカーソルが表示されて……


「偏りが……激しい……?」

「かた……より……?」

「モンスターが湧出ポップしている数の偏りです……そうですね……」


詳細までは確認できなくても、今回のイベント傾向からこのカーソルのほとんどが【ウルフ】であることは想像に難くありません。

つまり、考えられることとしては、特定の方向から大量の【ウルフ】が湧出ポップしていて……


「……っ! こっちです!」


その時一つ、不確定ではありましたが……一つの直感が脳裏をよぎりました。


「どうしたのっ!? コリスちゃん!」

「【ウルフ】の出現量の差、ですっ!」


【グラッデ・ウルフ】は、その名を冠する通り、洞窟での出現が主要なモンスターです。

そして、それはDoTであろうとも、大きく変わるとは思えません。

仮に、この湧出ポップが、洞窟で発生する形で発生しているとしたら……

口早にそのことを伝え、未だに若干呆けたままのリリィちゃんの腕をしっかりと握りながら、ひたすらに足を動かします。


その時、幾重もの音と共に、三匹の【ウルフ】が姿を現しました。


「《トロワ・フレイム・バレット》っ!」


高速で唱えた呪文と共に、出現した三つの弾丸が、それぞれ【ウルフ】を貫き、破砕音が三度響きます。

けれど、それだけでは留まりません。


「ウォォォォンッ!」


直後、術後硬直で、ガクンと足が止まったのと同じタイミングで、もう一匹、体躯の大きい【ウルフ】が爪をギラつかせて、茂みから飛び出してきました。


しかし、それが届くことはありませんでした。


「……ふぅ……セーフ……だよね?」


青い火花と共に散りゆくポリゴン片の中で佇みながら、ライトエフェクトの収まりつつあるレイピアをスキル後の硬直の中数秒構えた後、肩から力を抜いて。

リリィちゃんは、わたしに微笑みかけてきました。


「……ええ、本当に。危ないところを、ありがとうございました」

「ううん、それはいいけどさ、もうちょっと落ちつこ?」


そう言われて、ようやく相当に力んだ手が握られていることに気づきました。

こういう微細な心の動きまで察知して、アバターに反映してしまうのですから、知らず知らずのうちに、わたしは相当に焦ってしまっていたようです。


「……ごめんなさい。《リング》があると思うとどうしても……」

「大丈夫。あたしも頑張って、力になるって言ったでしょ? コリスちゃんを信じて進むから。だから一回、深呼吸しようよ」


ゲーム内の空気を吸っても落ち着くのかはわかりませんでしたが……やはり、昔からの癖に近いものでしょうか?友梨奈ちゃんに背中をさすられていると、落ち着いてくる気がします。


「……ええ、もう大丈夫みたいです。慎重に、進みましょう」

「そうそう、やっぱりそうでなきゃっ! よーしっ! 行こっ!」


一応はぐれないように、そっとリリィちゃんの手を軽く握り、再び《索敵》を発動させて。

わたし達は、カーソルの多く出現している方へ、向かうのでした。


◇ ◇ ◇


◇ ◇



そうして進むこと20分ほど。あまりプレイヤーと遭遇することもなく、段々と数を増やしていく【ウルフ】を着実に倒しながら進んでいって。

視界の端に表示される制限人数が残り8組へと切り替わった時でした。

姿を現したのは、開けた土地と、30mほど先に見える洞窟の入り口であろうもの。


きっと、目的地だったのでしょう。

けれど、その景色はあまりにも異様すぎました。


一切の木が生えていない代わりに、そこかしこに姿を見せていたのは、時間が経つごとに、花弁を落としていく真紅の花。

幾つも、幾つもあるそれは、一輪一輪と、段々と消えていきます。


「……なに……これ……?」


リリィちゃんがそう声を漏らすのも納得できます。


「……蘇生待機状態になったプレイヤーが変化するオブジェクトです。でも、なんでこんなに……」


大規模なPKでもあったのでしょうか? ……それでも、こんなにプレイヤーが倒されるとは到底思えませんし、制限を示すカウントがあまり進んでいないのも気になります。もっと、障壁になるような何かが……と、ここまで思索を巡らせた時。

その時、わたしは気がつきました。

地面を抉り取っている、巨大な爪痕に。


「……っ! リリィちゃんっ! 今すぐ下がってくださいっ!」


リリィちゃんの手を掴んだ状態で反射的に地面に向けて放った《ウィンドブラスト》によって、後ろに回避したのと同時、でした。


……ザザッ!


この森の中で唯一差す陽に照らされて輝く鋭爪が天から降ってくると、先ほどまでわたし達が立っていた地面を貫き。


冠する名に嘘偽りはなく、獰猛な、その障壁。


「シャァァァァァッ!!!」


——【ブルータル・タビー】は、わたし達と洞窟の間に立ちはだかると、雄叫びを上げました。

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