08_DoT:1『上機嫌』
『Scarlet Flure大型イベント! 《Dungeon of tag》いよいよ本日開催!』
MMOマガジンの大見出しに掲載されている記事をタップ、少々の読み込み時間の後に表示された記事を視界の端に捉えながら、温めたばかりの牛乳にハチミツを混ぜて、喉奥に流し込みます。毎日飲んでいるんです。もう少しくらい背丈が伸びても……なんて……贅沢です、贅沢。
特に開催概要が変わりないことを確認したのち、焼けたパンへと、牛乳に注いだついでにハチミツを塗って。
齧りながら、詳細を読みます。
開催まではおおよそあと1時間。
主に出現するモンスターも【グラッデ・ウルフ】で変わりないようです。
ある程度、わたしも友梨奈ちゃんも、先日の洞窟ダンジョンで戦闘経験は積んでいるため、それこそモンスターハウスに足を踏み入れたりでもしない限りはそこまで問題はないでしょう。無欲を貫けば全然平気なはずです。
……そんなことを考えつつ、いつの間に飲み干してしまったのやら、空っぽになったコップを一瞥しつつ、反射的に自分の手が牛乳パックと、ハチミツに伸びていることに気がつきました。
——もう一杯、飲んでしまっても……。
撤回です。欲がなければ背丈なんて伸びません。
そんな囁きに便乗するように、コップへと注いでしまおうとした時でした。
——ピンポーン
チャイムの音が鳴り響き、すんでのところでその手は止まりました。
慌てて口に含んでいたパンを飲み込み、そのまま玄関へと駆け足で向かいます。
お母さんがいたら注意されるかもしれませんが……まあ、今日もいませんし、問題はないはず、です。
「おっはよー! 璃子ちゃんっ!」
ドアの先に立っていた友梨奈ちゃんの弾むような挨拶に軽く会釈をして、家の中へと招き入れます。
ただ、部屋に行く前にまずは食器を片付けようとして……リビングに着いた時のことでした。
「……どうしたの? これ……」
ハチミツのこびりついた皿とコップを重ねて、流し台へと持っていく傍ら、彼女が聞いてきたのはそんなことでした。
「……ハチミツ、です。普段はこんなにかけると怒られてしまうので……」
「それはわかるけど……こんなにはダメだよ。普段よりも多いし……。いくら体に良いものに混ぜてても砂糖の摂りすぎは体に悪いんだからっ!」
そう指で軽くバツ印を作りながら、友梨奈ちゃんは注意してきます。
……まあ、正しいのは確かですが、それもこれもDoTで緊張していたせいです。
わたしの舌がいつまでも子供なせいなのはきっと関係がなくて……。
とあれこれ言い訳考えつつも、プレイ前に飲み物を摂りすぎると、トイレに行きたくなるのも含めて、確かにデメリットは多いです。
確かに、飲まなくて正解だったという事実は否めません。
「……わかりました。おさえますから……」
「うんうん、それにゲームの中でもスイーツとか、食べれるんでしょ?」
「まあ、一応は……」
「じゃあさ、終わった後に一緒に食べに行こうよっ! あたしもけっこー興味あったし!」
それは……願ってもない提案でした。考えてもみれば、最近はずっとレベリングやら実践やらに明け暮れていましたし。
「……ほんと、ですか?」
「もちろんっ! 璃子ちゃんのオススメ、楽しみにしてるから!」
間違いなく、わたしにとっては贅沢なご褒美です。
「任せてください。とびっきりのお店、紹介しますから」
であれば、なおさら頑張らねば。
勝利の余韻に浸りながら友梨奈ちゃんと食べるスイーツは、美味しいものでしょうし。
「よーしっ! 糖は減らすことっ! そして——今日は勝とうっ! 璃子ちゃんっ!」
「もちろんです。よろしく、お願いしますっ」
用意していたリクライニングチェアに、ヘッドギアを被った状態で背を預けたのちに、互いに目を見合わせると軽く頷いて。
聞き慣れた駆動音とともに、わたしの意識は飛翔していきました。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「ここが、開催場所……?」
「ええ。すごい人混み、ですね……」
想定外、と言っていいほどに集まっているのはありとあらゆる種族のプレイヤーたち。
今回のDoTの舞台となっている『岐れの森』の入り口前は、喧騒に包まれていました。
通常、DoT用のダンジョンは、イベント開催時になってようやく開放されます。
つまりは、全プレイヤーが初見ということ。
それに加えて、今回は妖精族の領土と人族の領土の間——つまるところ、中立域に属していたために、多くの人が集まっていました。
『人族の諸君らも、妖精族の諸君らも、配信を見ている世界中の諸君らも……うむむっ、メンドくさいっ! とにかく諸君ら、ご機嫌ようーっ!』
その時、よく通る甲高い声と共に、森の入り口を塞いでいる巨大な水晶をスクリーン代わりにして、紫色のツインテールと八重歯が特徴的な少しばかり——背丈の小さな——小柄な女の子が姿を表しました。
『うおおおおおおおっ!!!!』
そんな彼女の登場に合わせて、幾重もの歓声が響き渡ります。
「……この子、だれ?」
対してリリィちゃんは少しばかり怪訝な顔をしています。
確かに、喋り方も、容姿も少々奇抜ですから。
「——リリスさん。有名配信者さんで……このゲームのアイドル的存在、ですね」
『よーしっ! 前置きはそこそこでいいだろう? それじゃあ、「Dungeon of Tag」のルールを説明するぞっ!』
直後に、森を示すオブジェクトが宙に表示されます。
『今回も大盛況っ! 参加者が多いからなっ! まずはこの森の中っ! 諸君らが探すべきは、洞窟の入り口だっ!』
次いで表示されるのは、二枚の洞窟のマップ。
『そして、先に辿り着いた15組だけが入れるこのダンジョンの最深部っ! 地下二層目の最奥——分かたれし祭壇に祀られている《リング・オブ・フォーチュン》に触れたやつが優勝だっ!』
そして、二対の《リング・オブ・フォーチュン》。片や、妖精族のシンボルが、片や、人族のシンボルが彫り込まれたそれが視界いっぱいに表示された時、巻き起こる歓声の中、隣でリリィちゃんがゴクリと、唾を飲む音が聞こえました。
『そして、一応諸注意だぞっ! 参加プレイヤーが持ち込めるのは、装備アイテム以外は支給品のみっ、二人パーティーでのみ参加可能っ! 両プレイヤーが蘇生不可状態になったらゲームオーバーだっ!』
直後、《リング》が消失し。
『——それじゃあっ、ルール説明もそこそこに……っ!』
六輪の花弁を纏った一輪の花が、視界いっぱいに映し出されました。
『始めるぞーっ! カウントダウンっ!』
プレイヤーたちの歓声が混じったカウントダウンと共に、一枚一枚花弁は落ちゆき、やがて、最後の一枚が落ちると同時に、森が光に包まれ——
『——ゼロっ! 諸君ら、これより、「Dungeon of Tag」を開始するっ!
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