07_『大切な思い出』
「嬢ちゃんたち……助けに来てくれたのかっ!?」
「頼むっ! 麻痺で動けなくて……っ!」
唐突に道が開け、たどり着いた空洞。
そこには妖精族と人族、二人の男性プレイヤーが折り重なって倒れていました。
その頭上、HPバーの隣に表示されているのは《麻痺》を示すアイコン。
これは厄介なものです。治癒薬を飲ませるにしろ、自然治癒を待つにせよ、かなり時間がかかりますから。
そして、その周りを取り囲んでいるのは十五体ほどの【グラッデ・ウルフ】。
目を凝らしてみると、中々に広いその空間の奥には銀色に光る宝箱と、彼らの下にある黄色い床板……剥き出しになったトラップがありました。
このような構造をした部屋には見覚えがあります。
正式名称は特についていませんが、VR化する以前——据え置き機や携帯機時代に発売されたゲーム内での呼び名からプレイヤー間での通称は『モンスターハウス』。
特徴は、目立つレアな宝箱とその手前あたりに設置されたトラップ。
これもまた厄介なもので、踏んだ途端大量のモンスターが
「ウォォォッ!!」
そして、状態異常に侵されている相手にも、モンスターは容赦しません。
【ウルフ】の牙が、爪が、触れては妖精族プレイヤーのHPを削っていきます。
間違いなく一刻を争う事態です。
「とにかく行かなきゃっ! コリスちゃんっ!」
「了解です……っ!」
駆け出している間に杖を実体化させ、
「《ヴェントブラスト》っ!」
男性を攻撃している【ウルフ】へと魔法を放ち、ノックバックを発生させて一時的に引き離します。
けれど、明らかな敵意を示したことで、他の【ウルフ】のヘイトは一気にわたしへと向いてしまったようでした。
暗がりの中で紅い瞳を爛々と光らせたかと思えば、既に目の前へと。
たった一度の跳躍で接近してきます。
「やぁぁぁぁっ!」
しかし、術後硬直により僅かな時間動けないわたしへと牙が触れるよりも先に【ウルフ】を貫いたのはリリィちゃんのレイピア。
青い火花と共に目の前でポリゴン片が砕け散り、こちらを振り向いたリリィちゃんの表情に思わず安堵してしまうよりも先に……
「ウォォォッ!」
先ほどノックバックさせた【ウルフ】がリリィちゃんの背後から飛びかかってきていました。
「《ロックブラスト》!」
刹那、生成された岩塊がそのまま命中し、もう一つ破砕音を響かせます。
「ありがと、コリスちゃ……」
「こちらこそ……っ! ——《フレイムバレット》っ!」
本当に、油断も隙もありません。
一時の会話をしている内にも、他の【ウルフ】がまた、動けない獲物——麻痺したプレイヤーへと襲い掛かります。
慌てて行った詠唱と共に放たれた真紅の弾丸が貫き、青い火花が飛び散ると共に、破砕音が響きます。
けれど、その瞬間でした。
一瞬にして残っていた何体かの【ウルフ】の視線がわたしの方に注ぎ込まれ——刹那、二体が一斉に飛び掛かってきました。
「危ないっ!」
何とかその二体もリリィちゃんが放った一閃により、横向きに吹き飛ばされ、
「《フレイムブラスト》っ!」
術後硬直が解けてすぐに放った火球によって、何とか二体とも倒すことに成功します。
「やめろっ! それ以上噛み付くなぁっ!」
……けれど、そうしている内にも残った【ウルフ】の攻撃によって麻痺した二人のHPは次々に削られていっていました。
まだ、何体もの【ウルフ】が囲んでいる以上、接近は難しいです。
それに、こうしている間にも残りの何体かはこちらに攻撃してきていて、それを捌くのにも若干手間取っています。
せめて、もう少しヘイトを集めて、散り散りにではなく、まとめて相手どれれば……と、思索を巡らせようとして……
……一つ、脳裏をよぎったのは、ウルフの行動パターンについての気づきでした。
先ほどから決まって【ウルフ】がこちらに強い敵意を向けてくるのは麻痺したプレイヤーの付近に攻撃した時です。
……そして、率先してプレイヤーに齧り付いているのが、他の個体に囲まれている、一匹の巨大な体躯をした【ウルフ】であることにも。
「……リリィちゃん、少しいいですか?」
「……多分大丈夫っ! どうしたの!?」
「手短に行きます。あそこの大きな【ウルフ】が恐らく、群れのボスです」
先ほどからの【ウルフ】の攻撃は、まるで獲物を食そうとしている群れのボスを守っているように見えました。
通常、モンスターが群れることはほとんどないのですが、モンスターハウスは別です。
群れのボスによって、高い統率力を保っているモンスターハウスのモンスターは、それを倒すことによってある程度連携を削ぐことができ、同時にヘイトも一気に買える……と。
すっかり失念していたことではありましたが……思い出せただけまだマシです。そして、特定の相手を護衛したい時——つまり今、この作戦は効果的です。
「よって、ボスを攻撃して、相手の注意を一気にこちらへと向けると共に、連携を削ぎますっ! その際に襲ってきた【ウルフ】の処理、ある程度任せてもいいですか?」
「そういうことだったら、りょーかい、だよっ! やっちゃって!」
ソロプレイだと到底できないものですが、二人いるのなら、十分に通せる作戦です。
聞こえてくる返事の力強さに頷いて、少し覚えた安堵感と共に詠唱を開始します。
「《トロワ・フレイム》——」
直後、生成される三発の弾丸。
「——《ツイン・バレット》——」
まずは二発、放たれた弾丸が真っ直ぐに、ボスの周りへと群がっている【ウルフ】へと向かっていきます。
けれど、一筋縄ではいきません。光に気づき、撃ち落とす、もしくは自身が盾になろうとしているのでしょうか。周辺のウルフが飛び上がります。
でも……残念でしたね。
心の中でいつもの決まり文句を唱えて、すっかりと周りがガラ空きになったボスへと、
「——《バレット》っ!!」
残されていた最後の一弾。
囮ではなく、本命として放たれた真紅の弾丸が真っ直ぐに貫き、無防備だったせいでしょうか、一際明るい青い火花が飛び散るとともに、ボスは断末魔を上げて、刹那、破砕音と共にポリゴン片へと姿を変え、散りゆきました。
その直後、魔法を使い切ったことによる硬直で体が動かなくなると同時に……耳が痛くなるほどの静寂が周囲を支配して……。
「ウォォォォォッ!!!!」
弾けるようにして、響き渡った幾重もの咆哮と共に、ヘイトをこちらに向けた【ウルフ】が一気に飛び掛かってきました。
先ほど囮として放った《フレイムバレット》が命中してHPが減った個体も含めて……残されているのは八体ほど、でしょうか。
しかし、それを見てすぐさま動き出したリリィちゃんの技術も見事なもの。
まだ始めてわずか二週間ほどだというのに、相当に洗練された動きが、【ウルフ】の攻撃を抑えてくれています。
心の中でそれに感謝しながらも、硬直が解けてすぐ、MP回復ポーションを実体化させ、一気に喉奥へと流し込みます。
効果による回復はじわじわと作用するものではありますが、低威力の単発魔法であれば、既にいくつか使えるはずです。
「《ヴェントブラスト》!」
風によって生まれる衝撃波をいくつか飛ばして、《ヴェント》魔法特有のノックバック効果で相手を近づけないようにしながら、MPの回復を待ちます。
その間も、何体かはリリィちゃんが相手どってくれていたおかげで、倒されており、視界に残った四体のうち一体をリリィちゃんが貫いたのを視界の端に捉えたのとちょうど同じタイミングで、MPは十分に回復したようでした。
「《トロワ・フレイムバレット》っ!」
口早に詠唱し生成した弾丸が一息に放たれ、残された三体を貫き、立て続けに三つ、破砕音が響きます。
これで終わり、と。
術後硬直中でありながらも、思わず肩の力が抜けそうになった時でした。
——ゾワリ。
背筋が凍りつくような悪寒が突如走って。
視界の端にギラリと黒光りする鋭爪が映り込みました。
キュィィィン!
その刹那、普段聞き慣れたものよりも甲高い駆動音と共に、青い閃光が迸って。
【ウルフ】の断末魔とともに、破砕音が響きました。
「……危ないところだったよ。まあ、こいつの弱点はわかりやすいからな」
そんな声とともに、ちょうど硬直は解けて。
「……なんて、ね?」
振り向くと、レイピアを腰に挿しながらこちらに微笑みかけているリリィちゃんがいました。
あまりにも移動が早すぎるような、と困惑しそうになって思い出します。
確か、レイピアにはスキル後の硬直をキャンセルして攻撃できる連撃技があったはず。
それを使った、という形でしょうか。
かなりタイミングがシビアだというのに、それをマスターしてしまうあたり、やはり彼女は優秀です。
けれど、それを伝えるよりも先に……その決め台詞に対しては、しっかりと返さねば。
「……助けていただき、ありがとうございました。騎士さま」
何回も読み込んだために、しっかりと覚えていた台詞を口にして、思わず、わたしも表情が緩んでしまいます。
「うんうん、やっぱり璃子ちゃんだったら覚えてると思ってたよ!」
「忘れるわけがないじゃないですか。あんなに大切なお話なんですから」
「そう、だよね。そうそう! ナイスだったよ、璃子ちゃんっ!」
コリスですって……なんて。今は野暮ですね。
親指を立てる彼女に対して、わたしも良いプレイでしたと称賛の念を込め、真似るように親指を立てて。
「それじゃあ、麻痺を解きに行きましょうか」
未だ麻痺している二人のところへ、わたしたちは向かうのでした。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「いや、本当にありがとうなあ、嬢ちゃんたち……って、こないだの……っ!?」
見覚えがある大剣と、尖った耳に既視感を覚え……わたしは、妖精族のプレイヤーが先日、声をかけられた相手であることに気づきました。
「お、お久しぶり……です」
その後、彼はリリィちゃんの方を見たのちに、
「そうかあ、無事にコンビを組めたんだな」
と、何度もうんうんと頷いていました。
まあ、親身な方です。……ええ。
「そういえば、お礼になるかはわかんないけど、宝箱のアイテムは君たちが持っていってくれ」
「ホント、ですか!?」
人族のプレイヤーさんが口にしたその一言で、喜んだのはリリィちゃんの方でした。
確かに、彼女は宝箱を開けるのは初めてですし。多少重い蓋を開ける楽しみは変え難いものです。
すぐさま宝箱の方へと走っていく彼女を追いかけて、わたしも宝箱の前に辿り着き、彼女が開けるのを待ちます。
けれど、そんなリリィちゃんの反応はきょとんとしたものでした。
「コリスちゃん、一緒に開けないの?」
「いえ、初めてでしょう? それにリリィちゃんはすごい頑張ってましたから。どうぞ」
「ううん、大事な時間は一緒に分かち合わないとっ!」
そこまで言われてしまうと、引きづらいものです。
キラキラと瞳を輝かせる彼女の顔を見つめ、頷くと、わたしも宝箱へと手をかけます。
「じゃあ、せー……の……っ!」
二人がかりでもかなりの重みと共に、次の瞬間、宝箱から溢れたのは今までに見たことがないくらい眩しい光。
これは、そのままアイテムのレアリティに比例していて——直後、ストレージに追加された装備アイテム——《ペンダント・オブ・オパレス》の効果を確認して、わたしは納得しました。
「これ……とってもレアなもの、です」
「レアアイテム——貴重品、なの!?」
「……はい。ですから、これは——」
ウィンドウを開いて実体化させたのちに、鎖を解くと、リリィちゃんのさらさらとした髪の隙間に手を伸ばし、うなじの辺りまで持っていきます。
「ちょっ!? くすぐった……それに、かお……」
段々と彼女の頬がかぁっと朱に染まっていきますが、まあ、この間ベッドで悪戯されたことへの、ちょっとした仕返しみたいなものです。
そして、そのまま鎖を結んで……
「——リリィちゃんにあげます。お守り代わり、ですから。持っててください」
彼女は、ふわふわと色を変える、ペンダントに埋め込まれた乳白色の宝石を見たのちに、少し遠慮がちに何度か触っていましたが、最後に一つ。
「……似合ってる?」
とだけ、聞いてきました。
「ええ、とっても」
そして、そんなわたしの答えに対して、彼女は、少しだけ赤面して、もう一度じぃっとペンダントを見つめると、わたしの方に向き直って……はにかむように、微笑みを浮かべました。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「じゃあ、俺たちはここでお別れだけど、最後に一つ聞いておきたいことがあってね。人族と妖精族の間で組んだ二人組のパーティーが、最近解散できなくなることがあるらしいんだ。君たちって何か心あたりとかあったりする?」
洞窟の外でお別れする直前、人族さんが切り出したのはそんな話でした。
「……ええ。二週間ほど前から。あなたたちも、ですか?」
「……そうなんだよ……。運営に問い合わせても、なんも帰ってこなくてさあ……これじゃあ、DoTも大変だよなあ……」
「……そう、ですね……」
と、口にして、思案すること少し。けれど、引っかかる点はあれど、今のところ、特には困っていませんし……提供できる情報もありません。
そうするうちに、話も詰まってきたので、わたしは別の話題を振ることにしました。
「そういえば、DoT、出られるのですか?」
「……ん? そのつもりだけど……君たちも出るのかい?」
「ええ、同じくです」
「……そうか。だったら、次に会う時は敵かも、なんてベタな台詞は置いておくとして……一つ、アドバイス……というか、今日のお礼として情報を提供するよ」
そこで、少しばかり表情を険しくすると、彼はその名前を口にしました。
「——“ベニー&ライラ“。最近、巷を騒がせてるPKを生業にしたコンビだよ。FPSゲーの方ではVRが主流になる前から有名だったらしくてね……彼らも参加する、と。十分に気をつけるんだよ」
そんな注意とともに、彼らは何度か今日のお礼を口にして、立ち去っていきます。
そして、背中が見えなくなった辺り、でした。
「……ねぇねぇ、コリスちゃん。ぴーけーってなに?」
「——プレイヤーキラー。モンスターではなく、プレイヤーをターゲットにしているプレイヤーです」
「プレイヤーがプレイヤーを攻撃してる……ってこと?」
「まあ、そんな感じ、ですね」
そんなわたしの答えを聞いて、リリィちゃんは少しばかり顎に指を当てると、考え事をしているかのような素振りを見せたのちに、
「……そっか。そんなことできる人たちが、どれくらい強いのかはわかんないけど」
レイピアの柄をなぞって、わたしに向き直りました。
「……璃子ちゃんのことは、あたしが絶対に守ってみせるよ。まだ、ちょっと頼りないかもしれないけど……さ」
「……そんなこと、ありません。友梨奈ちゃんは、とっても頼れる人、です」
「……そう、なんだ。……うん、そうだよね」
そう口にした時、彼女の反応が僅かに遅かった彼女の反応が気にかかりました。
「よーし、それじゃあ、DoT、がんばろーっ!」
けれど、すぐに元の調子に戻ると、勢いよくレイピアを天へと掲げます。
それに合わせるようにわたしも杖を掲げ、レイピアと軽くぶつけ合わせて。
コツリと音を響かせると、もう一度、彼女は笑みを浮かべました。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
——“危ないところだったよ。まあ、こいつの弱点はわかりやすいからな”
——“……助けていただき、ありがとうございました。騎士様”
何度も開いた本の、何度も開いたページ。
その二行を目で追いかけ、今日、彼女が口にしていた言葉を反芻するように飲み込むと、再び挿絵のページを捲ります。
人族の騎士から、妖精族の魔法使いへ。
始まりは、国と国との間の花畑。妖精を襲った狼の心臓を、人が貫いた時から。
はぐれものだった二人は、出会い、触れ合い、時にはちょっといがみ合い。
それでも、最後は愛を紡いで。
その証として、指輪を互いに贈りました。
偶然ではないと思えるほどに、わたしと彼女の接点となったこの本の世界観は、あの世界と似ています。
だからこそ、やっぱり指輪が欲しいのです。
“あなた“が、わたしを庇ってくれたあの日から、ずっと続いてきた関係の証として。
今日も相変わらずお人好しで。
それでも、優しかった“あなた“を思い出しながら。
わたしは、そっと本を閉じるのでした。
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