06_『あなた次第』
「……うわぁ……中、見えないねぇ……」
目の前にあるのは巨大な洞窟。
奥は見えないくらい暗く、時折聞こえてくるモンスターの甲高い鳴き声のみからしか中の様子は予想できません。
『黄昏の洞穴』と呼ばれているここは、いわゆる“ダンジョン“です。
『はじまりの街』から大分遠い場所にあるだけあって、出てくるモンスターのレベルは高め。
そんな中、ここに来たのはDoTの練習のためです。
開催1週間前——つまるところ数日前に、主に出現するmobは【グラッデ・ウルフ】という狼型のモンスターであると、運営からインフォメーションがありました。
これは【ラット】よりも数レベル高いモンスターであり、基本的に『はじまりの街』近郊には出現しません。
だからこそ、少し遠出ではありましたが……リリィちゃんのレベルも相当上がったことですし……出現場所であるここに来たというわけです。
「それで、コリスちゃん。“だんじょん”って普通の場所と何が違うの? ……ちょっと怖くなってきたかも……暗いし」
「いえ、あまり違いはありませんね。強いていうなら本当にただ暗いだけ、かもしれません」
厳密に言ってしまえばモンスターの
それに、ダンジョンに分類されているとしても、ここはさほどハイレベルな場所ではありません。
階層式になっているダンジョンも少なくない中、一階層で終わりですし。
「……でも、暗いの、嫌なんだけど……」
「大丈夫です。結構、明るいものですし、最悪わたしが魔法で照らしますから」
「ホント……だよね?」
「ほんと、です」
そんなやりとりをすること数度。
ようやくリリィちゃんが頷いたのを見て、わたし達はダンジョン内部へと、足を踏み入れました。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「ねぇ、コリスちゃん……ここ、やっぱり暗…..ひゃっ!?」
杖先に小さく灯りを灯しながら歩くことしばらく、恐らく【ウルフ】のものと思われる遠吠えが響いたせいでしょうか。
突然、リリィちゃんが腕に強くしがみついてきました。
「……だ、大丈夫、です……大丈夫ですから……っ」
ぎゅっと強く触れるその感触に、思わず声を漏らしてしまいながらも、昔、肝試しに参加した時も、こんな風に懐中電灯の光を強くしたような……
なんて考えながら、安全であることを示すように杖先に灯していた光をさらに強くします。
MPの消費は……まあ、あまり大きなものでもありませんし、問題はないでしょう。
そうしながら進むこと、どのくらい経ったでしょうか。
おおよそ10分ほどは経っていた気がしますが、その間特にモンスターに遭遇することもなく、段々と落ち着いてきたのかリリィちゃんの手も離れています。
それにしても、気づけば【ウルフ】の遠吠えも聞こえなくなっていて。
若干不思議なものです。
「……あっ! コリスちゃん、あれって宝箱、だよね!?」
と、少々思索に耽っていた時でした。
少しばかり弾んだ声とと共に、リリィちゃんが指差した先にあったのはトレジャーボックスと呼ばれているもの。
要するに宝箱、だったのですが……。
「もう開けられちゃってるもの、ですね。それ」
「えぇっ!? じゃあもう中身ないの!?」
「まあ……このくらいのものであれば、結構出ますから。探せばきっとまた見つかるはずです」
しかし、一点気になります。
基本的に宝箱が
要するにその時間内でこのダンジョンに入り、宝箱を開けてしまったプレイヤーが他にいるということ……でしょうか?
「ねぇ、なんかさ、聞こえない……?」
その時、リリィちゃんが何やら口にしました。
確かに耳を澄ませてみると、コツン、コツン、と足音が聞こえます。
【タビー】の時もそうでしたが、仮想世界でも勘の良し悪しの差、というのは出てくるのでしょうか?
まあ、それは置いておくとしても他にプレイヤーがいるのは確定したようです。
だとすると、ここまでのモンスターも全て狩られてしまったと判断するのが正しいでしょうが……そこまでの手練れがダンジョン内でプレイヤーをキルして、金目なものを全て没収していくようなPKであったとしたら厄介だと、一瞬思ってしまいます。
今はもうDoTの直前ですし、利己的になっているプレイヤーも多いですから。
この先も進むかどうか、考えていた時でした。
「ウォォォォンッ!!」
唐突に、モンスターの咆哮が響き渡りました。
また、同時に複数出現しているのでしょうか。
幾つか重なっているようにも聞こえます。
「コリスちゃん、今のって……」
「……間違いなくモンスターですね。でも……」
この先にモンスターがいるのだとしたら、間違いなく危険です。
「動けねぇっ!? 麻痺かっ!?」
「誰かっ! 誰かいないかぁっ!?」
けれど、咆哮の裏で聞こえてくる悲鳴のせいで、撤退することは憚られてしまいます。
ダンジョン内でのデスペナルティは、通常より厳しいもの。
その上、体感型のVRゲーム内でモンスターの集団に囲まれているのだとしたら……それによって、感じる恐怖も相当なもののはずです。
だからこそ、でしょうか。その叫びは必死なもので。確かに一蹴しづらいものではありました。
とはいえ、助けにいく、というのもリスクが伴うものです。
自分達もモンスターによってこの場で死んでしまう可能性がある、というのもありますが……半PvPイベントになっているDoTにおいて、敵になり得るプレイヤーの戦力が少しでも多く削がれるのは好都合です。
要するに、こちら側にはほぼメリットがないのです。
退却という選択肢が脳裏を掠めて。けれど、見捨てるのも何だか憚られて。
決断できずに立ち止まってしまった時でした。
「……行こう、コリスちゃん。助けなきゃ」
凛とした声が響き渡って。
唐突にわたしの腕をリリィちゃんが掴み、駆け出しました。
思わず前のめりになりながらも、転ばないようにバランスを慌てて整えて、合わせて足を動かします。
——結局あなたは、昔と変わりないのですね?
ふと、そんな言葉が脳裏をよぎりました。
友梨奈ちゃんという人は、少しばかりお人好しが過ぎる人で、自分のメリットのことなんかほとんど考えずに、こうと決めたらもう走り出して。
……だからこそ初めて出会った時、わたしを……。
「……わかりました。急ぎましょう」
先ほどまでわずかに迷うわたしの顔を映していた、全くもって揺れない瞳を見つめて、そう答えて。
わたしも高めた敏捷性を活かし、一本道を悲鳴の聞こえる方に向かって。更に地面を蹴り上げ、スピードを上げました。
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