第15話 二人の勇者


 今朝方、勇者は呪文を習得するためフリンと共に近くの湖に向かいそこで勇者は火の初級呪文である【ファラ】を習得することに成功した。

 そして現在、勇者達はファンデーグの町を北に出て山を超えた先にある村【コリドラス】へと向かっていた。

 その理由がコリドラスは村全体で勇者を称えておりその関係で魔王がどこにいるのかといった情報が得られるかもしれないと思っていたからだ。

 コリドラスは山に囲まれた場所にありその山を一つ越えた先にあるのだがあいにく今の時期は山の気温は低く雪が山道上に積もっていて歩くには険しい道のりとなっていた。


「ざ……寒い……こんなに寒くなるなんて聞いてないぞ……」


「わ……私も……こんなに寒くなるなんて……思ってもみなかったです……」


 勇者とエマが全身を震わせながら前を歩くセレーナとフリンについていくように歩いていた。


 フリンにとってはこの寒さは多少慣れっこではあったがあのセレーナでさえもこの寒さには慣れていないのか先頭を歩いているフリンに遅れを取っていた。

 そんな前を歩いている二人の耳にも後ろの勇者とエマの話し声が聞こえてくる。


「……いいかエマ……絶対に足を止めちゃだめだ……」


「……分かってますよ勇者さん……前の二人に着いていかないと置いてかれちゃいますもんね……」


「そうじゃない……足を止めたらもう歩けなくなりその場で倒れてしまうからだ…………そうなるとエマ……俺はまだしもお前の着ているその白色のコートだと倒れた場合見つけられないからだ……」


「そんな……勇者さん今すぐ変えましょう……」


「それはできない……そしてお前がもし倒れても俺は俺は止まらずにお前の分まで前に進み続けるから…………」


「そんな〜……見捨てないでくださいよ勇者さん……」


 そんな情けない二人の会話を先頭で聞いていたフリンがため息をついて少し後ろからついてきているセレーナに話しかける。


「セレーナ、私はあの二人が心配だから後ろに戻るわ……とりあえず後から追うから先に休憩できる場所に向かってて」


「あぁ……すまない頼む」


 セレーナはとりあえず問題なさそうだったので先に向かわすことにしてフリンは勇者とエマの後ろから二人を支えることにした。


「ほら……二人ともあと少しで休憩できる場所に着けるから……セレーナの後に着いていかないと……って勇者!?下!下!」


「えっ!?……」

 

 フリンが勇者に叫んで注意しても既に遅く勇者は道ではない場所の積もった雪を踏んでしまいそのまま崖下に落ちたかと思われたが落ちたすぐ下には微かな溝がありそこに積もった雪がクッションともなり幸い怪我はなかった。

 

「あっぶね〜……マジで焦った!」


「ほんとにビビらせないでよ……今助けるからちょっとまってて」


 フリンはエマに協力を求め崖のすぐ下に落ちた勇者を引っ張り上げるためにフリンが一番上で片方の手で物につかまってもう片方の手でエマの手を握りエマを崖から落とさないように引っ張る。

 そして片方の手でフリンに支えてもらっているエマはもう片方の手で勇者の手を掴み引っ張り上げるといった人命救助でよく目にする光景となっていた。


「勇者さんとフリンさん大丈夫ですか?」


「「なんとか……」」


 無事に勇者を引っ張り上げることができ一番上で勇者とエマの二人分の体重を引っ張り上げたフリンは相当息が上がっていた。


「……雪道だと距離感が狂うから足元に注意しながらゆっくりいきましょう……」


 フリンが前方を見るとすでにセレーナは見えなくなっていて少しだけ心配になるがセレーナのことだから順調に進んで休憩できる場所を先に見つけてくれているであろうと考える。


「それにしても……なんで勇者を崇拝している村がこんな僻地にあるんだ?危うくその崇拝者が死ぬところだったぞ……」


「勇者を崇拝していると言ってもこの時代はそんなに数はいないしテェザータの町とか都市が多くなったことでこういう僻地は人があんまり訪れないからね」


 勇者たちが向かおうとしている場所までの道のりはとても険しいものでありそれが故に魔王の情報が唯一得られる場所でもあり、向かわなければ行けない場所でもあった。


「もう少し行ったところでセレーナが休める場所で待ってると思うから頑張りましょう」


 フリンが二人に頑張るように言い聞かせる。

 勇者が崖から落ちて引き上げるのにだいぶ時間を費やしてしまったので恐らく先に進んでいるセレーナはもう休憩できるところに到着しているであろう。


 後からセレーナを追っかける形になった三人はあれから順調に進んでいきようやく洞穴がある休める場所に到着した。

 その洞穴の前にはセレーナが三人を迎えるために立ちながら待っていた。


「随分と遅かったな……何かあったのか?」


「まぁ……うちのトラブルメーカーがね……」


 フリンがセレーナにそう言うとセレーナは納得して勇者の方を振り向いた。


「なんで俺の方を見るんだよ…………」


「でも無事で良かった……そう少し遅かったら来た道を戻って探しに行こうかと思っていたところだからな」


 セレーナの言う通り洞穴の中には火を起こす用の木の枝が組まれていてセレーナが勇者たちを待っている間に集めておいてくれたのだろう。


「フリン、早速だが火をつけてくれないか?」


「分かったわ」


 セレーナに集めた木の枝に火をつけるよう言われ杖を取り出し火の呪文を唱えようとした。


「待ってくれフリン、ここは俺がやってもいいか?」


 するとここで勇者が今朝覚えた呪文を使って火を起こそうと提案してくる。


「いいけど……火力の調整はしくじらないでよね……あの湖で放った奴と同じやつで大丈夫だから」


「分かった!!」


 フリンから許可をもらった勇者は構えを取って組んである枝に火の呪文を放とうとする。


「ファラ!」


 詠唱すると共に放たれた火は見事組んである木の枝に命中して良い感じに燃え上がる。


「勇者さん!呪文を覚えたんですか?」


「あぁ!今朝フリンとお母さんに教えてもらってたんだ」


「そうだったのか……一朝で習得するなんて随分と器用だな」


 勇者が呪文を使えるようになってみんな勇者を褒め称える中、呪文を教えてくれたフリンだけはそうではなかった。


「ちょっと勇者!今あんた片手で呪文唱えてたでしょ!もし暴発でもしてたらどうすんのよ!!」


 フリンは勇者が湖で放った時とは別に両手ではなく片手で呪文を放ったところを見逃しておらず指摘した。


「なんだよ!いいだろ別に両手じゃなくてもできたんだから!!」


「あんたのその慢心差のせいでさっきも崖から落ちかけたんでしょうが!少しは自覚しなさいよ!!」


 そんな二人の喧嘩をセレーナとエマが仕方なさそうに眺めている。


「……また二人喧嘩してますね……」


「だな……まぁ仲良さそうで良かったじゃないか、フリンも勇者が呪文を使えるようになってどこか嬉しそうに見えるし……」


 セレーナはそう言っていたがエマは喧嘩しているフリンが嬉しそうにしているようには見えず首を傾げるが何となく二人が喧嘩していても仲が悪いようには見えなかったのは確かだと感じる。



 暖を取った勇者たちの体はすでに暖まったところで休憩を終わらせコリドラスまで残りの山道を進んでいく。


 そして勇者達はようやくコリドラスの村が見える場所までやってきた。

 村なのでそこまで広くはないが山に沿うようにして住居が転々と建てられている。

 村の前には見張りをしている一人の村の衛兵が立って警備をしていた。


「悪いな冒険者たち、見た感じ賊っぽくは無いみたいだが武装してる者をこの村には入れられないんでね……王城からの許可証を持ってれば通せるんだが……」


 せっかく勇者たちは王城から長い道のりを経てここまでやってきたというのに許可証を得るためにまた王城まで戻らなくてはならないのかと絶望しかけるが、セレーナが勇者にある物を出させようと耳元で語りかける。


「勇者……あの首飾りを衛兵に見せるんだ……」


「あぁ分かった……」


 セレーナに言われた通り勇者は勇者の証でもあるペンダントを首元から取り出して衛兵に見せる。


「それは!?勇者の証!……大変なご無礼を……今すぐ村長の元へとお連れいたします!」


 すると衛兵は勇者たちを村長の元へと誘導するために先導して歩きその衛兵に勇者たちもついて歩く。

 まさか勇者の証であるこのペンダントが許可証の代わりになるとは思っていなかったがセレーナの上手い機転によってなんとかコリドラスの村に入ることができた。


「セレーナ、これが許可証になることを知っていたのか?」


「いや、私も代わりになるとは思っていなかったが勇者を信仰している村であれば勇者自身を村に入れさせないなんてことは無いだろうと思っただけだ」


 セレーナのその考えに勇者も『なるほど』と納得した。

 王様がこのペンダントがいつか役に立つ時があるって言っていたがここで役に立ったとは勇者も思っても見なかった。


 コリドラスの村は王城の近くにあるシットの村より少し広い村で人も多い印象だった。

 家の外で遊んでいる子どもたちやそれを見守りながら洗濯物を干している親がいたりとどこか田舎味を感じる村になっている。

 ただし衛兵が連れてってくれる場所は村の奥にそびえるある建物で村の田舎の感じには見合わない石で建てられた神殿のような場所だった。


 勇者達はその建物の入口に着くとそこから先は階段を下っていくことになっているが衛兵は階段を降りず勇者たちに道を譲るように入口の横に立つ。


「この先にこの村の村長がいらっしゃいます、勇者様にとって必要なことをきっとお聞きできると思います」


 衛兵の言葉の後に勇者達は階段を下っていき建物の中へと入っていく。

 先程の衛兵が話していた勇者にとって必要なことが聞けると言っていたが恐らくは魔王についてのことだろうと察していた。

 勇者はようやくここに来て魔王に一歩近づける情報を手にすることができると考えていた。


 階段を下った先は縦に長い広間が奥までずっと続いており天井までの高さも地下にあるとは思えないぐらい高くなっている。

 その広間を奥まで進んでいくと一人の老人が一つの大きい壁面を見つめていた。


「……勇者様とそのお仲間方ですか?待っていましたよ……」


 するとこの村の村長と思われる老人が後ろを向いているにも関わらず勇者達の存在に気づき声を掛ける。


「……あぁあんたが村長で間違いないか?あんたに魔王について聞きたいことがあってここに来たんだ」


 そしてその村長が勇者達の方へ体を向ける。

 正面から見た村長は髭が長くそれがなんとも特徴的な人物だった。


「自己紹介が遅れました……私はルイジと申します……村の子供達からはルイ爺などと呼ばれておりますが…………それで勇者様は結論行方もままならない魔王が今どこにいるのかをお聞きしたいということでお間違い無いですか?」


 正しくその通りの回答に勇者は頷く。


「そうですか……結論から話しますと魔王がどこにいるのかは予言者と呼ばれている私でも詳細には分かりません……」


 ルイジにそう言われた勇者と他の三人もまた振り出しに戻ってしまうのかと思っていたがルイジの話はまだ続いていた。


「ただ思うに魔王は恐らく西の地方にはいないと思われます……」


「……それは魔王討伐軍が既に西側の調査を完了して東の調査を行っているのと関係が?」


「……はいその通りです、西側には魔王の脅威は存在していないと考えてもいいでしょう……ただそのことを知っている王様がなぜ勇者様を東側に行くように伝えなかったのかが分からないのです……」


「確かにそれには思うところがあるわ……西側で力をつけるようにということに捉えられるけど別にそれだったら魔王討伐軍と一緒に力をつけた方が良いと思うのだけれども」


 フリンの言う通り王様は勇者に仲間を集めて世界中冒険してこいとしか言われていなかった。

 勇者にとって魔王の情報が得られない以上最終的には魔王討伐軍と合流するのがオチに見えてくるものだが。


「……王様が何を考えているのかは分かりかねますが……王様は勇者様に西側で何かしら目的があって旅をさせているのかもしれません」


「目的!?」


「ええ……恐らくそれは勇者様にしかできないことかと思われます」


 勇者は王様から仲間を集めて魔王を倒してこいとしか伝えられておらずそれ以外の目的があるのだとしても今の勇者に心当たりは一つもなかった。


「ただその目的はこの予言者が予言するにそう遠くない内に果たされると思います、それは勇者様が自身を信じさえすれば必ず果たされるでしょう」


 ルイジがようやく予言者的なことを言い出した。


「……もしかしてこれが衛兵が言っていた必要な情報が得られるってこと?」


 フリンが皮肉じみてルイジに言うと恐らくはと言い返した。


「とりあえず王様が西の地方で何かしてほしいことは分かったけどこのあとどうするか……セレーナどうした?」


 勇者がセレーナの方を向くとセレーナがずっと壁に描かれた壁画を眺めていた。

 その壁画は石壁を削った所に線を出すことで巧妙に絵が描かれている。

 そこには三体の魔物みたいな存在とそれと対立するような形で5人の人が描かれていた。


「おや……この壁画をご存知で?」


「昔同じようなものを別の場所で見た気がしてな……どこで見たかは覚えてないが……」


 ルイジもそれを聞いて納得した表情を浮かべた。

 

「なるほど、実はこの壁画に似た絵が東の地方にも存在するのです……あちらは後から作られたものでこの壁画を絵として表現したものですからぱっと見では同じものだとは気づかないのによくお気づきで」


 その話を聞くと実際に東の地方にある絵も見て比較してみたくなってしまう。

 

「ねぇルイジさん、この壁画って一体何を表しているものなの?」


 勇者も同じくこの壁画をずっと眺めていてもこれが何を表現しているのかは全く持って分からずそれをルイジが説明してくれる。


「これは大昔から伝わる『二人の勇者』にまつわる予言を表したものとなっております」


「二人の勇者!?」


 ルイジから思いがけないセリフが出て勇者やその他の者たちも驚いた表情が浮かべていた。

 

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