第13話 勇者の証


 先程貴族であるルッケルとその仲間であるアイゼンという人物と一悶着あった勇者一行は近くの酒場に来ていた。

 

 「エマ、大丈夫だったか?ほらこれを飲めば少しは落ち着くだろう」


 先ほど貴族のルッケルという人物に突き飛ばされた挙句蹴られそうにもなったエマにとっては衝撃のあまりこの酒場までの道中歩いているとき足が際多少ふらついていた。

 酒場についてからセレーナがエマのために飲み物を買ってきてくれていた。


 「ありがとうございます……勇者さんが庇ってくれたおかげで無事でした」


 「それにしてもなんだあいつは!!勝手にぶつかっておいてあの態度っ!フリンが言っていた貴族って本当にあんな奴らしかいないのか?」


 酒場にやってきても勇者の怒りは収まること無くずっと腹を立たせていた。


「貴族が全員あんな感じというわけでもないさ、私がいた地方では貴族が悪いというイメージは全くないと言っていいぐらいだからな……西の地方がここまで酷いとは思っていなかったが……」


「前にも言ったでしょ、一部の地域では貴族は嫌われてるって……その一つがこのファンデーグの町になるの」


 そういえばあの時フリンはあの二人の名前を呼んでいたことから知っている顔だったのだろうか。


「フリンはあの二人のこと知ってるような感じだったけど昔からの知り合いなのか?」


 フリンは表情を暗く沈んだ声で先程のルッケルとアイゼンという人物のことについて話してくれた。


「さっきの二人の内エマがぶつかった人物がルッケルって貴族のやつでもう一人の人物は貴族ではないのだけれどもルッケルに付いていってるアイゼンっていう人物になるんだけど二人とは学生時代色々あって……」


 どうやら先程の二人組の内エマを蹴ろうとしていた人物がルッケルという貴族の人物であり後から現れたアイゼンという人物はルッケルと同じ貴族ではないがルッケルと共に行動をしている関係らしい。


「私合わせてあの二人とは学生の中で上位を争っていて毎回トップはアイゼンが取っていてその次にあのルッケルがいた感じね……そして私が三番目にいたわ……」


「すごいじゃないですかフリンさん!!あの施設で三番目の実力者だったなんて!!」


「褒められたものじゃないわ、ルッケルはともかくアイゼンには一時も敵わなかったんだから」


 フリンの褒め慣れていない性格のせいか自分の実力を棚に上げる癖が出ている。

 学年で三位と聞くと普通に凄いと感じてしまうが。

 

「その感じだとルッケルって貴族の人物はそうでもないように聞こえるが?」


 セレーナがフリンにそう問いかけたが勇者はすでにフリンが遠回しにそうでもないやつだと言っていた理由は薄々わかっていた。


「ルッケルは実力こそ私より下、下手したら上位10人よりも下のレベルだったかもしれないわ……自分の身分を良いように使って小細工ばっかりしていたわ!」


 さっきエマに対して取った言動を考えるとルッケルがそういうことをしていてもおかしくはない。

 どちらかといえば上位10人にも入れない実力で二位まで行けることが凄いと思ってしまう。


「どこに行っても同じだな……」


 勇者が周りにも聞こえるか分からないような独り言をつぶやく。


 勇者までもが気が沈み悪い雰囲気になっているとセレーナが手を叩いてみんなの視線をこちらに誘導させたて話をする。

 

「今回のことを気にかけ続けていては今後の旅に支障が出てしまうから今日は一旦隅において町で買い出しをしよう、明日はここを離れ北の辺境地へと向かうんだからな」


 セレーナの言う通り俺たちは明日にはもうこの町を出て北の辺境へと向かう。

 そこへ向かう理由は俺たちが旅をする目的でもある魔王を討伐するための情報がそこにあるかもしれないからだ。


「それもその通りね、あの二人とは今後会うこともないだろうし……それに北の辺境地までの道のりは険しいから準備は徹底しておいた方がいいわ」


 フリンが椅子から立ち上がると仕方ないと言って勇者も立ち上がる。

 この瞬間に勇者は以前フリンが世界樹の種子の前で言っていたことを思い出し、自分が魔王を倒す存在としてこの地に召喚されたんだということを再確認する。

 

「そうだな……俺たちは早く魔王を討伐しなくちゃいけないからな、まぁまたあの貴族と出会ったら今度は殴るけどな!」


「あんた……この国で貴族に危害を与えた瞬間に指名手配犯にされるからやめなさいよね……」


 勇者とフリンがまだ落ち着きを取り戻すために休んでいるエマを気遣って休んでいていいから先に酒場の外で待っていると言って二人は酒場を出ていった。


「エマ、大丈夫そうか?私もいるからまだ休んでいていいぞ」


 セレーナがエマに優しく言葉をかけるとエマも少し息を整えセレーナに話しかける。


「貴族の方に蹴られそうになったときは驚いて声も出せませんでした…………それでも私は勇者の仲間の一人ですからその本人に付いていかないと!」


 エマはそう言って座っていた椅子から力強く立ち上がる。


「そうか……」


 エマも元気を取り戻したことでセレーナも安心して外で待っている勇者とフリンを待たせないように立ち上がりエマと一緒に外に出る。



 外は既に日が沈んで暗くなっており買い出しを終えた勇者達はフリンの家へと戻ってきていた。

 フリンの母親が晩ご飯の支度をしておりセレーナ、フリン、エマの三人が手伝いをして勇者は家の外でお風呂を沸かすための窯に薪を組んで火を起こしている最中だった。

 徐々に釜から伝わる熱の温度が一定になったことを確認してから開き戸を閉めて勇者は一息つく。


「ふぅ〜なんとかできたな……」


 勇者は慣れない火起こしの作業に悪戦苦闘しながらもようやく火を起こしお風呂を沸かすための準備が完了した。

 遅くなってしまったので一息ついたら急いでフリンの母親に伝えなければと思い家の中に戻ろうとしたところへフリンの母親がちょうど外の様子を見に玄関のドアを開けた。


「勇者さん、火は無事に起こせたかしら?」


「はい!遅くなっちゃいましたけどなんとかできました」


 勇者は火を起こした時に出た汗を服の袖で拭き取りながらフリンの母親にちょうど今終わったことを伝える。


「勇者さん先にお風呂どうです?こっちはまだ支度が終わらなそうだから先に入ってもいいと思うのだけれど……」


 勇者もだいぶ汗が出てしまったので体がベタついてしまっているのでフリンの母親が言う通り先に入ろうと思った。


「それじゃあ先に入らせてもらいます」


 着替えも用意してもらい勇者は自らお湯を沸かした浴槽へと浸かった。

 風呂場は勇者一人しかいないので静寂の中ところどころ響く水滴の音と多分キッキンで楽しそうに話しているフリンの母親と三人の声がかすかに聞こえてくる。


「……なんか……どこか懐かしいな……」


 勇者は瞳を閉じると同時にこの地に召喚される前の記憶が蘇ってきた。

 この時の勇者は今日起こった貴族との出来事のことはすでに薄れていて頭の片隅に置かれていた。


 勇者はお風呂から上がり着替えてリビングの方へ向かうとテーブルにはすでにたくさんの料理が置かれておりみんなも揃って勇者のことを待って座っていた。


「うわ~凄いたくさん作ったんだな……」


「ほらあんたも早く座りなさいよ、せっかくたくさん料理作ったのに冷めちゃうわ」


 勇者もフリンにそう言われて席に着いた。


「三人とも奮闘して作ってくれて……フリンも珍しく真剣に作っていたから勇者さんに食べてほしかったんじゃないかしら?」


「ちょっと!お母さん余計なこと言わないでよ!」


 フリンの母親が冗談を言って娘のことを茶化していて娘であるフリンも茶化してくる母親に対して怒っている。


「三人とも料理作れたんだな……意外だな……」


「お前は私たちのことを何だと思っているんだ…………」


 勇者の皮肉じみた言葉にセレーナが答えると母親がいただきましょうと言ってみんなも料理を食べ始める。


 

 料理が食べ終わると女性組がお風呂に入ってもらっている間、勇者はフリンの母親と食べた後の食器の片づけを手伝っていた。

 先程お風呂に入っていたから分かるけどあの浴槽は一人入るだけで十分な広さだが三人で入ると聞いたときは正気かと思っていた。

 

「ありがとうね、勇者さん片づけ手伝ってもらっちゃって」


 フリンの母親が手を動かしながら勇者に話し始める。

 

「気にしないでください、今日は泊めていただくんですから」


 勇者も手を休めないようにしながらフリンの母親の話を聞く。


「まさか娘が勇者の仲間として一緒に旅をしていると聞いた時は驚きました……フリンにとって勇者は憧れのような存在ですから」


「憧れ……!?」


 勇者はフリンの母親から出た意外な言葉に反応して食器を洗っていた手を止めてフリンの母親の話をきいた。


「フリンが子供のころに読んでいた絵本に『魔王を倒す存在である勇者は人々が抱える苦悩を解放してくれる存在でもある』と書かれているんですがフリンもそれを信じて周りの環境から受ける苦悩にも日々耐えてきましたから……」


 フリンの母親からそのことを聞いた勇者はフリンが何気なく俺たちや他の人に振る舞っている裏でも何かしら抱えている部分があるのかもしれないということを知った。

 この町に来る前のギルドで以前の仲間と出くわしたときや今日貴族の知り合いと出会った時も俺たちには心配させないよう気持ちを抑え込んでた部分があったのかもしれない。


「……だからフリンは憧れだった勇者さんだけではなくセレーナさんやエマさんと一緒に旅をすることができて嬉しいんじゃないかと思っています……」


 長話をしているとフリンたちがちょうどお風呂から上がりリビングへとやってきた。


「お母さん今お風呂上がったよ、もう少しでお湯が半分ほど無くなりそうだったけど……」


「流石に三人で入るのは無理がありましたね……」


「私は入る前から言ってたけどな……」


 勇者はフリンたちがやってきたことで先程から手を止めていた食器を洗い終えて次の食器を洗おうとしたがフリンの母親がもうすでに全ての食器を洗い終えていたことに気がつく。


「何か飲み物でも用意するから少し待ってて」


 するとフリンの母親は勇者の隣でやかんみたいな容器に水を張り火をつけてお湯を沸かそうとした。


 勇者もやることがないのでリビングのテーブルの椅子へと座るとお風呂から上がってきた三人も同じ席につく。

 ふとフリンの方へ視線を向けると先程お風呂で話したであろう内容についてセレーナやエマと楽しそうな表情を浮かべて話していた。


 ギルドで元仲間の冒険者と出会った際や今日知り合いのルッケルという貴族に出会った際の顔とは真逆の表情を浮かべていた。


「どうしたの?私の顔ばっかり見て」


 咄嗟にフリンが勇者の視線を感じたのかこちらに顔を向けて話しかけてくる。


「……いやただ疲れたからもう寝ようかなって……フリンのお母さん!俺もう寝るんで俺の分の飲み物は大丈夫です!それと寝るところ用意してくれてありがとうございます!」


 勇者はフリンの母親にそう言って二階に続く階段を登っていった。

 階段を登っていく勇者をフリンは疑問に思いながら見ていた。


 勇者はフリンの母親が用意してくれたベッドにすぐに横になる。

 勇者が横になると急に凄い睡魔が襲ってくる。

 今日はテェザータからギルドまで長い距離歩いたわけでもないのにその日の宿で横になったときより異様に眠いと感じる。

 

「……苦悩を開放する存在か……」


 勇者は首元にかけてある勇者の印であるペンダントを掲げて眺める。

 勇者はこのペンダントを召喚される前の世界で見たことがあるような気がするがその記憶を思い出すのも眠気のせいもあるのか何も思い出せない。

 次第に思い出すことが面倒になり勇者はそのまま眠りにつくことにした。

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