第9話 予兆


 先ほどフリンが注文してくれた料理がテーブルに並ばれると勇者たちはその料理を食べながらギルドでの今後のことについて話をしているところだった。

 どうやら勇者とエマが冒険者登録をしている間にセレーナとフリンはここに並んでいる料理の注文をしており更には先程のギルドでの行動についても先に話を進めていたようだった。

 正直、今の勇者たちに残された資金は底がつきそうになっており下手したら今日泊まる宿によっては一銭も無い状況になってしまうのではないだろうか。

 今日あったことを考えるとこの先何が起きるか分からないと考え一旦このギルドに滞在することにしてクエストを受けながら次の街「ファンデーグの町」に向かうための資金を貯めようと言う話になった。

 ギルドからファンデーグの町まではそこまで距離は離れておらず馬車などの移動手段にかかる資金の必要ないので旅に必要な資金もすぐに貯めることができるとのことだ。

 

 さらにこのセレーナとフリンの二人はブロンズランクである勇者とエマとは一つ上のランクであるシルバーランクの冒険者でもあるためブロンズランクの2人より冒険者としての知識も十分にあるのでシルバーランクの2人は早速勇者とエマに資金が早く貯まるある方法を提案する。

 

 「それでブロンズランクの冒険者がシルバーランクに上がるとその場でランクが上がった記念として臨時報酬がもらえるの、それがそこそこな大金になるのよ!」


 そこまでフリンがランクアップした際に貰える報酬の話をしていると急に立ち上がり目の前で手を合わせる。

 

「……そこで2人にお願いがあって二人には申し訳ないけどその臨時の報酬をファンデーグの町に行くための旅の資金に加えさせて欲しいの!!」

 

 フリンが手を合わせて反対側にいる勇者とエマの二人に必死に頼んでくると横で座っているセレーナまでもが立ち上がって二人に頭を下げる。


「私からも頼む……私たちに魔王を討伐する目的がある以上この先のことを考えるとどうしても旅の資金は必要になってくる……だから申し訳ない……2人の臨時の報酬を度の資金に加えることを許可してくれないだろうか?」


 別に勇者はお金があったからといって何かに使う目的もほとんどなくさらにテェザータの町では大金を使ってしまうことになったからもう自分のお金はみんなに任せた方が有効に使ってくれるのではないかと思っていたのでセレーナとフリンの頼みを引き受けることにした。

 エマも勇者に賛同するように臨時で得た報酬はみんなで使ってほしいと言っていた。


「二人ともありがとう大事に使わせてもらうわ……それでここからが実は本題になってくるのだが臨時の報酬を得るためにブロンズランクの二人をすぐにシルバーランクに上げるための方法があるんだが……ブロンズランクの冒険者がシルバーランクのクエストを受けると通常のブロンズランクのクエストを受けるよりも早くシルバーランクに上昇することができるんだ」


 セレーナの言うブロンズランクの冒険者がシルバーランクのクエストを受けることというのは冒険者の登録をする際に受付のお姉さんが言っていた例外のことでブロンズランクの人でもシルバーランクの人と同じパーティーにいる場合はシルバーランクのクエストを受けられる場合があり、それを行うことによって今のブロンズランクからすぐにシルバーランクへ上げさせることができるというものだった。


「そういえば受付のお姉さんもそのことについて説明してたなセレーナとフリンもこのシステム……っていうかその仕組みを使ってシルバーランクに上がったのか?」


「いいえ違うわ……この仕組みは私がシルバーランクになった後から追加されたことなの……私もこんな機能が使えたらすぐにシルバーランクに上がれたのかしらね」


 フリンはため息をついて肩を落とした。

 その横で飲み物を飲んでいたセレーナがフリンの話を聞くと手に持っていた樽のジョッキを置いてフリンと話をする。


「なんだフリンは発表がある前からシルバーランクの冒険者として活動していたのか?」


「あらじゃあセレーナはこの機能が追加されたときに冒険者になったの?それにしては他と比べて随分と戦闘慣れしているように見えたけど?」


「冒険者になる前は剣術を多少嗜んでいたからな……すぐにシルバーランクに上がれるようになったのは偶然の産物だったがそのおかげで今も冒険者としてやっていけてるわけだ……」


「確かにその通りよね~ブロンズランクの時期はろくに生活できるものじゃなかったから今となってはちょっと羨ましくも思えるわ」


 フリンは当時ブロンズランクの冒険者だった時のことを思い返しながら片手に持っていた樽のジョッキに入っている飲み物を勢いよく飲み干した。

 勇者はそんなフリンの飲みっぷりを見て酒でも入っているのかと思ってしまった。

 

「そんなところで明日からは先ほども言ったとおり勇者とエマの二人をシルバーランクに上がらせる必要があるから何日かはここギルドに滞在しながらクエストを受け続けることになるため今日はもう遅いし宿を借りて明日に備えようか」


 すでに食事も済ませ宿を探しに行こうとみんなが立ち上がる。

 

「それと道具屋に行って今の内に道具も揃えないとですね、シルバーランクのクエストは難易度も違いますから準備も整えておかないと」


 確かにエマの言った通りシルバーランクのクエストはブロンズランクのクエストよりも難易度は上がるため最善の準備が必要になると受付のお姉さんも言っていたことを思い出す。


「道具を揃えるなら俺が行ってきてもいいか?」


 勇者が道具屋に行きたかった理由は今後このギルドには数日ではあるがお世話になるため町にどんなお店が並んでいるのか今の内にに見ておきたいという思いもあったからだ。

 この町で装備を売っているお店にも寄ってみたいしどんなお店が並んでいるんだろうと想像してわくわくしているとそんな浮かれている勇者の顔を見てほっとけなくなったのかフリンが私も勇者と一緒に道具屋に向かわせてと頼んできた。


「今から早めにいかないともうそろそろお店も閉まる頃だろうし道具屋までの道を知っている私も行った方が良いのとこの勇者を一人にしたら何しでかすか分かったものじゃないだろうし」


「なんで俺は一人で道具屋に買い物しに行っちゃダメなんだよ!お前は俺の母親か!」


 最近勇者はテェザータの町を抜けてからといってパーティーから段々と雑に扱われるようになってきている感じがする。

 ただ思い返してみれば初めて酒場であった時のことも最初から勇者として見られていなかったような気がする。

 

「では私とエマで宿を取りに行くから勇者とフリンは道具屋で明日に必要な道具の買い出しを頼む」


「分かったわ、私たちはこの後すぐに行くけれど集合する場所は大通りにある『ベルギッテのお店』っていう夜もやってて明るい店があるからそこの店の前で合流することにしましょう」


 セレーナが分かったと頷くと勇者とフリンはクエストの受付所を出て大通りの宿がある場所から少し離れた所へ向かった。


 

 目的の道具屋に到着した勇者とフリンは棚に置かれている商品を眺めながら回復薬などの最低限必要な物だけをまずは揃えていく。


「う~ん……やっぱり世界樹の枝は少し高いわね……」


 勇者が回復薬を見つけて手に取る横でフリンも何に使うのかよくわからない枝を見つけて手に取っていた。

 

「とりあえず今ある回復薬と魔法の薬だけ数個買っとけばいいんじゃない?今は金もないんだし……」


 フリンもそれもそうねと言って世界樹の枝というものを棚に戻し回復薬と魔法の薬といった消費した魔力を回復することができる薬だけを必要な量だけ買うことにした。

 回復薬と魔法の薬は無事に買うことができたが必要最低限の買い物でも結構な額を支払うことに勇者は驚いていた。

 それなのに世界樹の枝なんてものをもし買ってたら明日からまともに生活できるのか不安になってくる。

 

「それじゃあ無事に道具も揃えられたし集合場所にしてるベルギッテのお店に行きましょう」


 買い物を終えた勇者とエマが道具屋を後にしてセレーナとエマが待っているであろう集合場所に向かおうとすると通りかかった男性がふとフリンの方を見ると突然声をかけてきた。


「……フリン!?やっぱりフリンじゃないか‼偶然だな!こんなところで再開するなんて!」


 声をかけてきた男性はどうやらフリンと関りがある人みたいで背中には片手斧と盾を背負っており歳もフリンと変わらない冒険者といったような見た目の人だった。

 そんな人物の顔を見たフリンは一瞬驚いたような表情を浮かべていたがすぐに視線を下にそらしなるべくその人物の顔を見ないようにしていた。


「…………」


 特に会話もないままフリンの表情は次第に変わっていき暗い表情へと変化していた。

 なぜフリンがこのような表情を浮かべて何も話そうとしないのかこの時の勇者はその理由が分からなかった。


「そういえばお前…………」


 冒険者の男がフリンに話しかけようとした途端、隣にいたフリンは急に勇者の手を取るとすぐにその場から離れようと走りだした。


「ちょっ!?フリン!?」

 

 返事も返さずに勇者の手を引っ張ってただ走るフリンに何が起こったのか理解できていない勇者はただフリンの手を引かれついていくしかなかった。

 するとようやく先ほどの冒険者が見えなくなる場所まで来るとフリンは足を止めて勇者の手を放した。


「…………ごめん勇者……急に連れ出すような真似しちゃって…………」


 ようやくフリンが話す気になったと思ったら普段から仲間たちと話をしているときのフリンの声からは考えられない弱々しく震えた声で話しかけてきたので勇者も驚いてしまい言葉に詰まってしまう。

 

「別にいいけど……そういえばさっきの人フリンの名前を言ってたけどフリンと知り合いの人?」


「そう、昔このギルドで私がまだ新米の冒険者だった頃、一緒に冒険者として活動していた仲間の一人なんだけど……シルバーランクに上がってからいろいろあって…………」


 フリンにとってはあまり話したくない過去なのであろうか徐々に話をしているフリンは辛そうな顔を浮かべていた。

 

「あの冒険者と昔に何かあったってのは分かったよ……別に話したくなければ話さなくていいし何より今のフリンの仲間は俺たちなんだからフリンの過去に何があったかなんてみんな気にしないからさ!」


 勇者は過去にフリンが何をしたかなんてことはどうでもよかった。

 ただフリンがその過去を話すのが辛そうだと感じた勇者は心配になり辛かったら話さなくていいとだけ伝えたかった。

 

「うん……ありがとう…………ごめんね雰囲気悪くさせちゃって……それじゃあベルギッテのお店に向かいましょう!」

 

「そうだな!セレーナとエマも待ってるかもしれないから早く向かおうぜ!」

 

 フリンの表情にはいつも通りの表情が戻り一安心した勇者は宿組のセレーナとエマと待ち合わせをしているベルギッテのお店へと向かうことにした。



 勇者とフリンがベルギッテのお店の看板が見える場所まで来るともうすでにセレーナとエマが店の前で二人が来るのを待っている姿が見えた。


「二人ともお待たせ!ごめんごめん!いろいろと買うものに悩んじゃって」


「気にしないでくれ、こっちも実は人数分の宿は確保できたんだが少しだけ問題が発生してしまってな……今からその宿に向かいながら説明させてもらう」


 勇者とフリンは宿の場所を知っているセレーナとエマの二人についていきながら先ほどセレーナが言っていたことについて説明しているのを聞きながらその宿の元へと向かっていった。

 

 どうやらセレーナが言っていた問題というのが人数分の二部屋分の部屋は借りれたのだが一部屋2人分の部屋しか借りることができなかったということだ。

 つまり泊まれる分には問題はないのだがこの場合誰かしら勇者と同じ部屋で寝泊まりすることになる。

 そこまで重要なことではないがセレーナ、フリン、エマの女性陣がらすると議論しなければいけない問題となってくる。

 ただその問題もすぐに解決することとなった。


 「勇者と同室は私で構わないわ、ただ寝る場所が同じ部屋になるだけのことでしょ?」


 フリンの口から予想していなかったことを告げられたのでセレーナとエマは少し動揺。


 「いいのかフリン?一応エマとも話して私が勇者と同じ部屋にしようと相談してたんだが……」


 少しだけ離れたところにいる勇者に聞こえない抑えた声でセレーナがフリンに話をするがフリンは勇者と同じ部屋を変えようとはしなかった。

 

 「いいわよ別に……少し勇者と話しておきたいこともあるから」


 フリンは今度は勇者にも聞こえる声でそういうと受付に置いてある部屋の鍵を手に取るとその部屋がある場所へと向かっていった。

 そのフリンの態度に違和感を感じたエマが勇者に歩み寄る。


「勇者さん、フリンさんと道具屋で何かあったんですか?」


 味方の支援を職とする僧侶は人一倍人に気を使っているのでこういうことにはやたら鋭くフリンの態度が変化したことを勇者と関係があると察したエマは勇者にそのような質問を投げかける。

 特に何かしたわけではないが心当たりがあると言えば道具屋で出会った冒険者のことだ。

 フリンが先ほど言っていた勇者と話したいことがあると言っていたがそのことについてなのかも分からない。

 

「俺もよく分からない……」

 

 そして勇者は二人と別れてフリンが向かった部屋へと向かう。

 その部屋はセレーナとエマが泊まる部屋とは離れていて階段を上ってすぐの場所にセレーナとエマが泊まる部屋があり勇者とフリンの部屋はそのセレーナとエマが泊まる部屋から伸びた通りの先にある一番奥の角部屋に位置している。

 勇者達が泊まる部屋はテェザータの町のホテルよりも格段に狭くベッドが二つにその間の小テーブルの上に明かり用のランプ、そして入り口の側に鏡が置かれた机と椅子が置いてあるだけの簡素な感じになっている。

 部屋には浴室も無いのでみんなで宿の近くにある銭湯に向かって銭湯を満喫した後はセレーナとエマが泊まる部屋に集まって明日からの予定などどれぐらいの期間を目処にギルドを出ていくことになるのかについて話し合った後別室の勇者とフリンは自分たちの泊まる部屋へと戻るとそれぞれが寝るベッドを決めて明日に備えて寝ることにした。

 勇者は横になりながら隣で寝ているフリンのことが気になっていて寝ることができなかった。

 気になっているというのは道具屋で出会ったあの男との一件だ。

 あのときは気にしていないと勇者は言っていたが心配ではあるのは確かだし先程フリンは勇者と話したいことがあると言っていたがここまでフリンとは話したいことについて触れられてもいなかった。

 フリンからもそのことについて聞いてくる素振りも全くないようなので今日が話すときではないんだろうと思いそのまま勇者が眠りに着こうとした瞬間、横になっている勇者の背後にいるはずのフリンが話をかけてきた。


 「勇者……まだ起きてる?」


 声がしたフリンの方を振り返ってみるとフリンは勇者の方を向いて話していたのではなく反対側の壁の方を向いて話していた。

 フリンがこっちを見ずに話しているのだと気づき勇者もフリンと同様壁を見ながら話を聞くことにした。

 

 「起きてるけど……」


 「そう……部屋に来る前に話したい事があるって言っていたじゃない?話すタイミングが見つからなくて今話しをさせてもらってもいいかしら?」


 どうやらフリンも勇者が気になっていたことについて話をするタイミングを見計っていたようだった。


「……実は俺も気になってて話そうか悩んでた」


「そう……あの時は本当に急に何も言わず走り出してごめん、実は彼は私が冒険者になった時に組んでいたパーティーメンバーの一人だったのよ……」


 その後もフリンの話は続いていき勇者はただじっと黙ってフリンの話を聞き続けた。

 

 フリンの話をそのまま聞いていくと冒険者になったばかりの頃のフリンはこのギルドで冒険者として活動していて先程の男とあともう1人のメンバーでクエストをこなして活動していたらしい。


「……その後もクエストは順調に達成できて問題なかったんだけど私たちがシルバーランクに昇格した際にもう1人仲間を加えることになって……その加わった仲間が貴族出身の冒険者だったのよ……それを機に私は仲間から抜けることになったの……」


「……貴族が入ってきて仲間から抜けるってどういうことだ?」

 

「実は私冒険者やる前から貴族が大嫌いでね……最近では一部の地域では貴族のことを忌み嫌っている地域もあるらしいのだけれども……それがきっかけでもう今の仲間たちとは今後今まで通り一緒にはやってはいけないと思ってしまったの……」


 フリンが先程の冒険者との関係はわかったが特に道具屋で合った冒険者が原因で仲間を抜けた訳では無くその仲間にその貴族が加わった事が原因で仲間を抜けることになったらしい。

 

「そうなると貴族が悪い人間みたいに聞こえるけどその一部の地域では貴族が嫌われてるって言ってた通り貴族って何か悪いことでもしたのか?」


「前にセレーナがあんたに魔王討伐軍の話をしてたでしょ?この世界の脅威となる魔王を討伐するための軍隊を王様は結成したけれどここ数年いまだに魔王を討伐するどころか発見もされていない現在の状況に一部の貴族が王様にそのことで責任を取らせようとした後すぐにその貴族達は王様だけでなく周辺の市民に対する態度も険悪になってそのせいで嫌われているのよ」


 フリンの話を聞いていた勇者の視界が次第にぼやけ睡魔も襲ってきていた。

 今日は朝から一日中歩きっぱなしだったせいで疲れも気づかないうちに溜まっていたので無理もない。


「そうか……フリンも大変……だったんだな……」


 勇者が話すにもすでに呂律も回らくなってきている。

 勇者の視界も限界を迎えてきていた。

 

 「お願いだけどこのことはセレーナとエマには内緒にしてもらえないかしら……」


 「うん……分かった……」


 フリンは話の最後に勇者にだけ話したかったことがありそれを伝えようとする。

 

 「勇者……このことをあんただけに話したのは勇者のあなたであればもしかしたら…………」


 フリンは勇者の方に顔を向けたがその時に話すのを止めてしまう。

 話を止めた理由が振り返った目線の先にはもうすでに勇者が寝てしまっていたからだ。


 「おやすみ勇者」


 フリンも勇者とは反対の方を向いてそのまま眠りについた。

 

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