第8話 教会図書館

 ハイネストの東は未開拓の地だ。理由は特にないのに誰も寄り付かないことで有名になっている。

 そんな地にやってきた勇者一行は、教会を目指して歩いていた。


「柊人……もう休みたい」

「流石に疲れたね。でも休憩はできないよね……こんな場所じゃ」


 勇者一行がいるのは、崖の上だった。ここから教会が見下ろせるのだが、目的の教会とは程遠い。蓮と小峰が辛い表情を見せる中、柊人は帆乃香に怒られていた。


「このバカっ! 方向音痴じゃないのになんで迷うの? 信じられないんだけど!」

「ごめんって。右と左が曖昧になったんだからしょうがないだろ?」

「しょうがなくないわ!」


 蓮が二人のやり取りを苦笑しながら眺めていると、小峰が蓮の肩をつついた。


「ん?」

「馬車、こっちに来る」


 蓮が小峰の目線を追うと、馬車がこっちに近づいていた。


「二人共やめて」

「蓮は黙ってて! 大体――」

「勇者様一行でよろしいでしょうか?」


 馬車の奥、人が乗っている場所から聞こえたのは柔らかい声。声の主は女性であり、甘えたくなる感覚だった。


「そうですけど」

「そうでしたか。やはりここで間違いなかったですね」


 馬車から降りてきたのはシスター。教会の関係者のようだ。


「わたくし、星神教会のメリーと申します。こちらはわたくしの従者サリーアです」


 サリーアは柊人たちに向けて軽い会釈をした。柊人は会釈を返した上でメリーに尋ねた。


「もしかして、迎えに来てくれたとかじゃ……」

「その通りですよ、勇者様」


 メリーは柊人の頬に軽いキスをすると、見ている女性陣にいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「さ、参りましょう」


 勇者の腕に自分の腕を絡ませ、馬車に乗る。メリーは固まっている女性陣にも乗るよう促した。全員が乗ったことを確認したサリーアは馬車を教会に向けて走らせた。

 車内でひと悶着あったのは言うまでもなく、馬車が教会についた頃にはメリーとサリーア以外ヘトヘトだった。


「着きましたよ、星神教会です」


 柊人達がメリーに連れられ中へ入ると、先回りしていたサリーアが出迎えてくれた。


「お待ちしておりました」

「ありがとうサリーア。もう下がっていいわ」


 サリーアはメリーの言葉に従い素直に下がる。案内されたのは大広間。教会に似合わないその部屋には大きなテーブルと多種多様な料理が並んでいた。


「美味しそう……!」

「わあ……!」

「すごい量……」


 蓮と帆乃香は料理に目を輝せ、小峰は量に若干引いていた。柊人は早速席に座り、グラスに注がれてあった飲み物を一口。


「うまい……! これ、水だよな?」

「はい。ただの水ですよ」


 メリーの純粋な笑顔に疑いの余地はないと判断した蓮達も席に座り料理を食べ始める。


「美味しい、です」

「うんみゃい! こんなの久しぶりだーっ!!」

「肉の中から濃厚な味がする。これは一流の味……!」


 柊人やメリーに目もくれず料理を食べ進める三人を見て、メリーは柊人に耳打ちした。


「この後、わたくしの部屋に来ていただけませんか? 大切なお話があるので……」


 連れてきてもらった上に食事も出してくれた。礼をしないわけにいかないと思った柊人は即OKの返事をした。



「出来れば蓮達にばれないようにしたいんだけど」

「わたくしシスターですので。純潔は守らなければいけませんの」


 という冗談はさておき、大事な話を聞くため勇者である柊人だけが呼び出されていた。なぜ柊人一人だけなのかはわからないが、蓮達にばれてはならないと思ったからだそうだ。


「勇者様……いえ、柊人様でよろしいですね。ヨイヤミさんのこと、こちらに来られるまでの経緯、全て把握しております」


 その言葉に柊人は驚きを隠せなかった。だが、考えてみれば驚く必要もないのかもしれない。そういうスキルがあることは、こちらも把握済みだから。


「メリーさんのスキルは過去把握、ですよね?」

「…………いいえ、わたくしはスキルを持っていません」


 スキルを持っていない? 不思議に思った柊人はもう一人の名を挙げた。


「サリーアさんのスキルですか?」

「サリーアもスキルは持っていませんよ」


 困惑が更に広がる。スキル持ちじゃないのに場所の把握と過去を知るなんてことは出来ない、柊人はそう思った。


「私はシスター。聖職者です。神に祈ること。それで神は望みを叶えてくれるのです」


 メリーの言葉を聞いた柊人は感心した。確かにラッカルさんの言う通りだったと。

 スキルが無くても、自分の力でスキル以上の力を発揮できる人もいる。彼女らはまさしくそれだ。


「サリーアさんはなんで」

「サリーアは昔から方向感覚と耳の鋭さが取り柄です。少しの音を聞き分ける力。わたくし達はスキルがなくとも戦えるのです」


 メリーはそう言うと、柊人を胸に抱き寄せた。大きな双丘に挟まれた柊人の顔は少し綻んでいた。


「この母性と大きな胸も、わたくしの武器ですから」


 五分くらいそうしていただろうか。メリーの部屋を出た二人は大広間と逆の方向に歩き、地下の階段を降りていく。ざっと五十段近い階段を下った先に広がるのは、無数の書庫だった。


「ようこそ。ここが教会図書館になります」


 教会図書館。数多くの書物が保存されているが、その全てが禁書とされており、勇者及びシスター以外は立ち入りと閲覧が禁止されている。とはいえここは普通の図書館ではないため、置いてあるのは教会の本と闇や勇者などについてこと細かく書かれている本しかないのだが。


「これは……」


 柊人は気になった一冊を手に取る。


『エスキュート大陸滅亡はなぜ起こったのか』


 という題名の本。エスキュート大陸。聞いたことない名前だ。


「これは禁書の上位に属する本。この地の顛末について事細かく記された本です」


 メリーが言うには禁書の上位に属する本は読者の精神を蝕むものであり、乗っ取られる可能性が高いとのこと。

 そして、今までその本を手にした勇者は一人も存在しないこと。だがこれはある種の伝記なので読んだとしても問題はないみたいだ。


「どれどれ……」


 柊人はパラパラとページをめくっていく。と


「ん?」


 言語不明の言葉の羅列が目に入った。柊人はメリーに聞いてみる。


「これは?」

「旧獣人族が書き記したページですね。序盤のページは全て担当されています」


 なんだこれ……読めるわけないだろ……? だが、柊人は諦めずに読み進めてみることにした。

 メリーは一人分の椅子と机があるスペースに案内し、そこでじっくり読んでみるようにしてくれた。柊人の長い戦いが幕を開けたのだった。



「ただいまー」

「やあ、君がヨイヤミくんか!」


 ヨイヤミが久しぶりに帰ると、知らない男が居座っていた。不審者? いや、それにしてはフレンドリーな……。疑問を一旦仕舞って尋ねる。


「あなたは、誰です?」

「ヨイト・レンスール・フォーカス。詳しいことはレイル嬢とファルン嬢に聞いてくれ」


 その言葉が終わると同時に、玄関のドアが勢いよく開け放たれる。


「ヨイト! 緊急ぴょん!」

「集まれる者達は今すぐギルド中央の広場に集合しろ、だそうだ」


 困惑するヨイヤミをよそに、ヨイトは不敵な笑みを浮かべてヨイヤミに一言耳打ちする。


「君のこと、もっと詳しく知りたいよ」


 三人は家を出て行った。


「何が、どうなってるんだ……?」


(鬼だ)


「ッ……!」


 頭痛と共に、声が響く。


(鬼……。俺を狙いに来るか)


「なんなんだよ、それっ……」


(俺を付け狙う一人の人間。その人間が道を誤り、復讐に取りつかれた鬼となった)


「復讐、鬼?」


(決着をつける時が来たようだな)


 ヨイヤミの体が自然とベッドに吸い寄せられていく。そのまま寝転んだヨイヤミは、また眠り込んでしまうのだった。


(今は休め……。俺の力を存分に振るうために…………)


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