第7話 恐怖の洗礼

?」


 ヨイトの言葉がファルンの心を蝕む。

 が――


「お前のような男に興味はない」


 あっさりと解除された。


「あ~あ。僕のスキルも万能じゃないんだね~」


 落胆するヨイト。ファルンはなんとなく予想が付いていたのか、ヨイトを放し、隣に座った。


「お前のスキルは洗脳だろう?」

「……正解だ、ファルン嬢」


 ヨイトは開き直って答えた。だが、疑問が残る。

 ファルンに使う必要は無いはずなのに、なぜスキルを使ったのか。その問いに答えを出したのはレイルだった。


「お前……食えない奴」

「レイル嬢の言う通り。僕は君のことを信用していない。だってそうだろう? ファルンという名は獣人族の老若男女が知っている。人間には偽名を名乗るのは変だ」


 ファルンはヨイトを見つめ、微動だにしない。図星なのか。


「ファルン嬢には本名があるはずだ。隠すということは人に知られたくない何かがあるのか、ただ単に秘密にしたいだけなのか。いずれにしろ教えてもらわなければ」


 ヨイトは起き上がると、ファルンに向かって表に出るように言った。



「何のつもりだ? 私と決闘するなんて言い出すとは」

「単純なことだよ。秘密が多い君をどうすれば素直にできるか、っていうね」


 ヨイトは帽子のつばを持ち上げると、ファルンの目を見つめる。


「さーて、始めようかファルン嬢」


 ヨイトの声色が変わり、空気も変わる。


「…………」


 無言で刀を抜く。互いの気がぶつかり合い、見守るレイルの身を震わせた。

 ファルンが先に動いた。一歩ずつ、確実に間合いを詰める。目線はヨイトを捉えている。ヨイトも同じようにファルンの目を捉えている。数秒後、刀がヨイトに振り下ろされた。


「!」

「困ったね……、ファルン嬢のスキルはこれじゃないのか」


 ファルンの振り下ろした刀は、ヨイトの指に挟まれていた。驚愕するファルンの隙を付き、ヨイトの放った火炎弾が直撃する。


「くっ……」

「さあ、ここからだぞファルン嬢!」


 帽子を投げ捨て上着も脱いだヨイトは、スピードを上げてファルンに突進。体当たりをかます直前で止まった。

 と思えば、ファルンの腹に蹴りを一発。よろめいたファルンを蹴りだけで圧倒していく。頭、脇腹、足首と、立ち上がらせないように何度も何度も食らわせる。


「ぐふっ……!」


 肺から空気の塊を吐き出したファルン。レイルの真横まで吹き飛ばされた。


「はあ……。これくらいで勘弁するよ」


 ファルンの刀を地面に突き刺すと真横まで歩き、スキルを発動させた。

 洗脳。相手の目を三秒見なければ発動しないスキル。それ以外にも欠点はあるが、発動さえすれば誰にでも作用する。


?」


 ファルンの目が赤く輝き、ヨイトの質問に「はい」と答えた。話はあっさり進み、三分程度で話し終えたファルンの目は、赤から黒に戻っていた。


「……私は、何を」

「ファルン嬢。今回の勝負は僕の勝ちということで」


 ヨイトの言葉にファルンはすぐさま反論した。だが


「そんなこと言われてもね」


 そう白を切られた。


「貴様……!」


 ヨイトに掴みかかろうとするファルンをレイルが止める。ファルンはレイルの手を振りほどこうと必死になっているが、力が強いせいで振りほどけなかった。


「落ち着くぴょん! 血の気が多いとほんと苦労する……!」

「ははっ、レイル嬢も面白い。ハウスだファルン嬢」


 ヨイトに頭をポンポンされたファルンは、舌打ちをしながらも暴れるのをやめたのだった。



(俺は、お前だ)


「…………」


(お前が全てを望めば、全てが手に入る)


「…………」


(俺に身も心も委ねれば……お前は楽に生きられるぞ)


「…………」


(忠告はした。後はお前が決めろ)


「……………………」


 ヨイヤミの頭に響くのは、あの声。

 その声に導かれるまま、ヨイヤミは目覚めた。


「まさか一日で決めてくれるなんてねー。いやほんとありがたい」

「お前のためじゃない。というか、私は仲間にした覚えはない」


 ヨイトがパーティーの仲間入りした。厳密にはレイルが誘った結果の表れだ。メンバーが増えるのはいいことであるが、ヨイヤミがいない中で増えるのはどうかとファルンは少し心配していた。

 ヨイヤミのことはまだ疑っている。ファルンは仲間とダンジョンへ行くことで、少しでも戦力の補強になればと思い足を運んでいた。


「エルフ」

「……ファルン嬢、それはどちらのことで?」

「お前だ」

「嘘だろ……」

「ファルンはこういう奴だから気にしなくていいぴょん。私も兎って呼ばれてるし」


 どうでもいい会話を挟みながら“天”の十階層まで進んだレイル一行。そこで出くわしたモンスターは下半身がワニで上半身がカニ、背中に白い羽が生えたモンスターだった。


「ヘヴンキマイラか……」

「ファルン嬢、レイル嬢、やれるかい?」

「もちろんぴょん。そっこーで終わらせて、今日の夕飯にしてやるぴょん!」


 威勢のいい言葉を吐いてハンマーを担ぐレイル。刀を引き抜き意識を集中させるファルン。右手に魔力を込めながら周りの状況を確認するヨイト。三者三様の動きが終わり、ヘヴンキマイラの挙動を見逃さないと言わんばかりに集中する。

 先に動いたのはヘヴンキマイラ。大振りの爪を振り回し、小柄なレイルを狙う。


「甘い!」


 レイルは飛び上がり、脳天に一撃。動きを止めたヘヴンキマイラにファルンは斬撃を飛ばした。


「ふっ!」


 斬撃が両の爪を胴体から引き裂いた。驚いた下半身がうごめき、でたらめな動きで突っ込んできた。ヨイトを狙ったであろうワニは、見えない壁に阻まれた。


「残念だね。動きのパターンは予測していた」


 壁に阻まれたヘヴンキマイラに、ヨイトの魔法が炸裂する。


「凍り付け!」


 放たれた氷塊はワニを凍らせていき、下半身は機能を完全に停止。残った上半身はファルンによって翼を斬られ急所も刺されていたため、既に動いていなかった。ヘヴンキマイラはレイル一行の夕食として扱われることが決定した。


「簡単ではないが……終わったということでいいのかな」

「ああ。兎、頼んだ」

「作業中ー」


 レイルはヘヴンキマイラをハンマーで細かく砕いて回収していた。頼まれることも見越しているのだとしたら、だいぶチームワークがなってきた。


「元々二人のなのかい、ここは」

「いや、三人だ」


 ヨイトの質問にファルンが答えた。ファルンはそのまま出口に座り込むと、レイルの作業を黙って見つめていた。


「ヨイヤミはどういう人物なんだい? 教えてくれよファルン嬢」


 絡んでくるヨイトを無視してレイルの作業を見つめる。ファルンはポニーテールをいじりながら、小声で質問に答えた。


「……ただのバカだ」


 闇は世界を包める。全てが有利な状況で慢心していた闇を語る存在は、勇者の一撃に葬り去られた。それから百年が経ち――

 闇と勇者の伝説を語る者はいなくなった。


「つまらんな、この世界は」


 ヨイヤミは闇に落ちたわけではない。自ら選び、蘇らせた。ただそれだけ。

 『闇』と呼ばれた存在は既に消えている。だが、闇の名を持つ人間、転生者、史上最強のスキルという三つのピースが当てはまった。

 それにより、前世を超える存在としてヨイヤミの体に宿った。


「……あのに、一泡吹かせてやろう」


 ヨイヤミはそう言うと病院の屋上を出て行った。退院は明日。今日はしっかり眠っておこう。

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