愛されて、呪われて、救われて、救って


 ボロボロと泣きながら自らの死を望むヒナ。

 記憶の中の幼なじみと正反対の弱々しい姿に、エイタの胸が締め付けられる。



「ヒナ……俺は……」



 ヒナが独りになることを願った理由でさえ、エイタは知っていた。



 互いに思いを寄せ、付き合っていた2人。

 ささいな喧嘩をしたことで、ヒナは独りになりたいと願ってしまった。


 原因を作ったのは自分なのだと、エイタはわかっている。

 なのに、ヒナだけに罪を背負わせるなんてしたくなかった。



『残り2分』



 時間がもうない。

 このままでは、ヒナが大量虐殺をし、地球を滅ぼしたとして名を残すことになる。


 そんなことさせるかと、エイタはヒナの元へ足を進めた。



「きちゃ、だめっ。エイタを殺したくなんかない! 私が死ねばいいの! 全部私のせいなの! だからっ……」



「独りにさせねえよ」




 苦しい心の内を吐き出すヒナの元へ向かい、唯一、ヒナにかかる呪いを受けない体で優しく包み込んだ。

 思ってもいなかった行動に、ヒナの涙は止まり、目を見開く。




「本当はヒナの呪いを解きたかったっ。でも、調べても何もわからなかった。このまじゃ、ヒナはただの悪者だ……そんなことにさせるかよ」



「私は独りでいいの。だって、私が、ダメなの。殺したの。みんなをいっぱい、いっぱい……もう、時間がないの。もうすぐ、地球が粉々になる。その証拠に私の体が、ここに根付いたからっ……」



 ヒナの足元を見れば、右足だけ地面から這い出た根に覆われていた。

 ドクドクと脈を打つ根。

 そこへヒナの命が吸われているようにも見える。


 彼女は悪くない。

 なのに、悪役になってしまった上で独りにさせるなんてことはさせない。


 辛い目に遭ってしまっている彼女を、なんとしてでも助けたい。



『残り1分』




「私が死ねばこの根も消える。そうしたら地球は残る。みんなが助かる。だから、早く殺して。お願いだよ、エイタ……」



 ヒナが死ぬことで地球が救われる保証はない。

 しかし、ヒナが生きていることで人が死んでいくのは違いない。



『残り30秒』



 あれこれ考える時間はない。

 エイタはすぐに決意するしかなかった。

 もうこれしかないのだと、震えながら支給された装備の1つを腰元からとる。



「ごめん。ごめん……俺もすぐ逝くから……先にいって、待ってて……すぐ。すぐ逝くから」



 カタカタと手が震えながら銃口をヒナの頭に突きつける。

 何度も訓練で使用したのに、震えがおさまらなかった。



『残り15秒』



「ありがとう……嫌な役をさせてごめんね。私が死んでもエイタは……生きてね」



 震える銃口。今にも泣きそうな顔で、強く唇を噛むエイタから全てを理解したヒナは、引き金にかけられたエイタの指に手を添え、最期は自ら弾を放った。



 乾いた音が鳴り響く。

 弾は呪いの影響を受けることなく、即座にヒナの頭を貫いた。



 すぐにダラッと力が抜けたヒナの体を受け止める。

 ぎゅっと抱きしめても聞こえない心音。

 これが世界の脅威とされた小さな少女の死であることは、すぐにわかった。



『残り0秒。NO.398の生存を確認。本部へ繋ぎます』



 ヒナの体温と共に、足に絡む根はみるみるうちに離れて地面へと消えていく。



 これが死。

 これが地球を救ったという現実。

 これが人を殺すということ。



 ヒナの血で軍服が染まることなんて気にならなかった。



「はっ、はっ……」



 初めて人を殺めた。

 それも大好きな幼なじみを。



『NO.398。ミッション達成を確認した。これより本部へ帰還――』



「うわあああああああっ!」



 今度は自らの頭に銃口を向け、叫びながらその引き金引いた。



 死にたかった。

 死ぬつもりだった。

 ヒナを追い掛けようとした。



 罪を彼女に背負わせて、自分だけのうのうと生きることなんて出来ない。

 人殺しの自分もヒナと同じあの世にいく。そこでなら今度はずっと一緒に居ることができる。

 


 すぐに会いに行くためにカタカタと震える手で叫びながら引き金を引いたものの、一向に痛みも衝撃もこない。


 何もない代わりに、足下にカラリと弾が落ちた。



『NO.398。どうした、NO.398。今の音はなんだ。応答せよ』



 通信を無視して、エイタは再び銃口を自らの頭にむける。

 そして引き金を引くも、死ななかった。

 何度も何度も繰り返す。


 弾が尽きれば、今度はナイフを自分の首に突きつけて切ろうとした。



「な、んで……」



 ナイフが首を切ることはなかった。

 なぜならその刃がみるみるうちに細かく粉になり消えていくのだ。


 

 どんな刃をも消えて、自分は傷つかない。

 


 ここで察する。

 自分は死ぬことができなくなっているのだと。




『NO.398。NO.398!』


 

 通信機からの声が聞こえないほど、エイタは混乱し、全身からダラリと力が抜け落ちる。



 死ねないということが分かった途端、エイタの目から涙がこぼれた。



 ヒナの死により地球が存続することになった。

 同時にエイタもこの先、生きていかねばならない。

 死ぬことがない体で。



 すぐに逝くといいながら、結局ヒナを独りにさせてしまった。



「うわあああ! 俺は、俺はなんでっ!」




 冷たくなっていくヒナの体を抱きしめ、大声で泣き叫ぶ。

 ヒナとの思い出が頭の中を駆け巡った。




 ――エイタはきっと長生きするよね。おじいちゃんになっても走り回っていそうだもん。




 小学生になる前、ヒナは唐突にエイタへ向けてそう言った。

 何でと聞き返せば、少し間をおいて答える。




 ――私が神様にお願いしたから! エイタが長生きしますようにって。






 幼い子供の会話。ふとそれを思い出したのは、現実を受け入れるために必要だったからかもしれない。




 ヒナは神に愛されていた。

 だから、ヒナの願いは叶ってきた。




 独りになりたいと願えば、周りの人を消してまで独りになれる。



 ――私が死んでも、エイタは生きてね。




 ヒナがエイタの生を願ったがゆえに、エイタは死ぬことができなくなった。



『NO.398。直ちに帰還し、本部へ報告せよ』




「うるせぇ!!」



 通信機を外し、踏み潰した。

 これで本部から連絡が来ることはない。


 エイタを縛っていたものがなくなった。

 なくなってしまった。




「ヒナ。俺は、ヒナに生かされてるんだな……」



 どうにもできなくなったエイタは冷えた心を固く閉ざす。そしてヒナを抱きかかえ、誰もいないトウキョーへ消えていった。



 ☆





 神に愛された少女と引き換えに、多くの人の命が、住処が守られたこと。




 地球を救った少年のこと。



 二人にどんな関係があったか。




 少年がその後どうなったのか知る人はいない。




 ただ、毎年地球を取り戻した記念日になると、人があふれかえったトウキョー駅前に真っ白な花束が添えられていた。





 fin

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地球滅亡5分前 夏木 @0_AR

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