地球滅亡5分前
夏木
地球は愛でできている
『――応答せよ、応答せよ』
小型宇宙船に乗ること8時間。
着用を義務付けられた無機質なカナル型通信機より、ノイズ混じりの声が聞こえた。
「こちら、NO.398」
カーキ色の軍服に身を包んだ少年――エイタが声に応答する。
まだ幼さの残る顔立ちではあるが、落ち着いた声で通信に応じた。
船内にいるのはエイタのみ。
一人用の小型船は、必要最低限の機能しか備えておらず、居心地も決していいものではない。
自由に動き回れるほどのスペースもなければ、体を伸ばすこともできないほど。長時間の移動で固まってしまった体をほぐすこともかなわない。
それを訴えることもなく声を聞く。
『本部より指令。これより、NO.398へミッションを下す。貴殿のミッションは、地球に根付いた生命体――ヒナの殲滅。今まで397人の仲間がミッションへ向かったが、全員との連絡が途絶えている』
エイタは静かに目を閉じ、聞き逃さぬように集中する。
『ヒナによる地球崩壊まで猶予はない。NO.398に与えられた時間は5分。これが我々が行う地球奪還の最終チャレンジである。手段は問わない。その時間でヒナを殲滅せよ』
「……了解」
出発する前からミッションの内容は知っていた。
最終確認としての通信は、エイタの言葉を聞くと「健闘を祈る」と最後に残して一方的に切られた。
ヒナが地球を脅かす存在だと言われ始めたのは、たった5年前だった。
ヒナが歩けば地面に亀裂が入る。
ヒナに近づけば、生気を吸われ、みるみるうちに体が干からびて死ぬ。
誰もヒナを傷付けることは叶わない。
そんな中で、ヒナが自ら言ったのだ。
「私は5年後に、地球を壊す」のだと。
最初はその言葉を誰も信じなかった。
しかし、ヒナが歩くたびに人が死ぬ現実。
嘘のようなヒナの言葉に信憑性が増し、恐怖が世界を支配する。
脅威となるヒナの殲滅が始まったのは、ヒナの宣言から2年が経ってからだった。
近づけば死ぬことがわかっているので、離れた位置から狙撃した。
だけど弾は狙撃者へ撥ね返された。
国は銃でだめならミサイルはどうかと試みた。
しかし、ヒナに近づいたミサイルはまるで磁石のSとSのように離れていき、発射されたミサイルはヒナから離れたところに落ちた。
近くからも離れたところからも、ヒナを殺すことはできない。
殲滅不可能であれば、逃げるしかない。
世界中の人が月へと逃げた。
しかし、貧困層など一部の人々は逃げることが出来ず、地球で迫り来る死の瞬間を待つだけの人も少なくない。
その命を守るため、生まれ育った地球を取り戻すための軍に、エイタは自ら志願し若くして加わった。
『間もなく、着陸します。着陸後、5分以内にミッションを達成してください』
機械音声が流れるとガタガタと機体が揺れる。
有無を言わさず着陸に向けて準備をしているようだった。
シートベルトのおかげで体をぶつけることはないものの、安価な素材で出来ているせいか締め付けられた体が酷く痛む。
『着陸成功しました。直ちにミッションを開始してください』
ガチャリと自動で扉が開いた。
すると、機体と連動した通信機から『残り5分』と時間を知らせが入る。
やっと始まったミッション。
久しぶりの日光に、エイタは目を細める。
「懐かしいな、ここは」
機体の外へ出れば、懐かしい風景がまだ残っていた。
エイタが降り立ったのはトーキョー駅へと繋がる大通り。
人のいないコンクリートジャングル。
5年前であれば、多くの会社員がこの場所を通り、バスや車も数多く走っていた。
それが今では荒れ果てており、人気はなく、すっかり静かになっている。
見慣れた街の欠片を見ては懐かしさを感じながら、真っ直ぐ駅へ走った。
すると赤いレンガで出来た駅舎の前に、人影が見えた。
そこへ繋がる通りの端には無数の屍。
肉がまだあるものもあれば、骨だけになってしまっているものまである。
エイタと同じ軍服を着ている屍がほとんどであることから、それが仲間であることがすぐにわかった。
『残り4分』
時間はエイタを待ってくれない。
仲間を弔う時間さえ与えてくれないのだ。
改めて前を向けば、屍に囲まれた中に生をもった人。
真っ白なワンピースに、真っ白なロングヘア。
全てが真っ白な少女が、ぽつんと地面に座っている。
「誰……?」
人気を感じ取ったのか、うつむいた少女の発する小さく高い声。
今にも消えそうなその声は、震えていた。
「俺だよ、エイタだ」
「エイ、タ……? エイタッ!」
バッと真っ白の少女――ヒナは顔を上げ、真っ白な瞳にエイタがうつる。
長い髪は太陽光を透かし、キラキラと光っているようにみえた。
「久しぶりだな、ヒナ……ずっと会いたかったよ」
屍あふれる環境の中で居座っているこの人物が、今回のミッションである殲滅相手であることはすぐにわかった。
なぜなら、エイタはヒナと幼なじみであり、ヒナをよく知っているからだ。
幼い頃から一緒に遊び、育ったヒナ。
5年ぶりの再会が、こんな形になるなんて思ってもいなかった。
「エイタ……私はっ……」
エイタを見るなり近づこうとしたヒナだったが、すぐに動きが止まる。
動けば地球を壊しかねない。
それによって幼なじみを殺してしまうからであった。
近寄りたくても近寄れない。
触れたくても触れられない。
ヒナは我慢するようにワンピースを強く握り締める。
『残り3分』
刻一刻と地球最後の時が迫る。
多くの命を救うため殺さねばならない。
その役割を果たせるのは、幼なじみである自分だけなのだと、エイタは決心したつもりだった。
でも、ちゃんと人として生きているヒナを見てエイタの決意が鈍る。
「エイタ、私を。私を、殺して……もう、誰も殺したくなんかないっ!」
ヒナの意思で人を殺めているのではない。
意思とは関係なく、ヒナに近づく者が死んでいくのだ。
それをエイタは知っていた。
なぜならエイタは、近づくと死ぬというヒナにかかった呪いの影響を受けずにずっと隣にいたのだ。
そこで目の前で死んでいく人の姿を何度か目にしていた。
最初は偶然だと思っていた。
たまたま目の前で倒れて死んだのだと。
しかし、その回数が増え、クラスメイト達が次々と苦しみながら死んだとき、それはヒナが引き起こしているのだとやっとわかった。
これは呪いだとヒナは言っていた。
独りになりたいと願ってしまったからなのだと。
その願いが叶い、ヒナは誰も寄せ付けることなく、独りになってしまった。
「お願い、エイタ……私を殺して」
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