不和

 連絡してくるか、少々不安だったが、ちゃんと宍戸さんからメールが来て、明日の十時に街のショッピングモールにある眼鏡屋に向かうことになった。


 思えば、昨日のラフなジョギングスタイルを除けば、宍戸さんの私服姿を見るのは初めてだ。どんな格好でくるのかと、少しワクワクしながら、待っていたら、宍戸さんはなぜか制服姿でやってきた。


「え、どうして制服着てるの?」


「……眼鏡使うの、学校でだから、制服に合わせたほうがいいと思って」

 宍戸さんは小さな声で言った。

 確かに理にかなっているといえば、理にかなっている。これは彼女の買い物だ。俺が口を挟む筋合いはないだろう。


 二人で眼鏡屋に行き、彼女に合うフレームを探したのだが、なかなか見つからなかった。よさげなものはいくらでもあったのだが、俺は彼女のコンタクトレンズ姿を見てしまったがために、それが一番彼女に似合っているのではと思えてしまうのだ。かと言って「コンタクトのほうが似合ってるよ」だなんて気障なセリフ彼女には言えなかった。これが粟根さんやほかの女子だったら、気安く言えただろうに、彼女の前では途端に口が重くなってしまう。

 

 さんざん悩んだ挙句、結局前みたいな眼鏡のフレームが良いと彼女は主張したので、俺も同調して、出来上がりを待つ間、二人で昼食をとることにした。


 食事を終えて、モール内をぶらぶらと歩いて時間を潰し、約束の時間になって、眼鏡を受け取り、「すぐつけたい」と言った彼女が、トイレでコンタクトから眼鏡に変えるのを待ってから、いざ帰ろうとしたところで

「あれ? ジンくん?」

 

 フェミニンな服装に身を包み、買い物袋を引っさげた粟根さんがそこに立っていた。


「あ、二人で買い物?」

 粟根さんは宍戸さんのほうにちらっと眼をやってからそう尋ねてきた。


「この間、俺が眼鏡壊しちゃったろ。だから替えのメガネ買いに来たんだ」

「あ、なるほど、そういう……」


 粟根さんはにっこり微笑んで、俺に、いや宍戸さんに近づいて、何か耳打ちした。


「じゃ、刃くん。部活でね」

 粟根さんは宍戸さんから離れた後、にっこりとした表情で、俺に別れを告げた。


 宍戸さんを見た。見て分かるくらいに顔が強張っていた。

 

「宍戸さん」

 俺は彼女の名を呼んだ。

 彼女は答えなかった。


「宍戸さん」

 もう一度呼んだ。

「……何?」


「さっき、粟根さんになんて言われたの?」

「別に」

「……本当に?」

「うん」

「そう……」


「……帰ろ」

「分かった」


 モールを出て、駅に行って、電車に乗って、電車を降りて、駅を出ても、宍戸さんは何も言わなかった。


 駅から彼女の家に向かう間も彼女は何も言わなかった。

 耐えかねた俺は、彼女にもう一度聞いた。


「ねえ、宍戸さん」

「……何?」

「怒ってるの?」

「怒ってない」

「怒ってるじゃん」

「怒ってないって」

「じゃあ、なんで口きいてくれないの?」

「……」


「粟根さんになんて言われたの?」

「……」


「いいから話してよ」

「─あわないって言われた」

 彼女は小さな声で言い、俺はよく聞き取れなかった。


「なんて?」

「あんたと関ケ原君じゃ釣り合わないって言われたの!」


「……なんで、それを言われて、そんな、落ち込むんだよ。そんなの気にする必要ないだろ」


「だって本当にそう思うもん。私とあなたとじゃ釣り合わない。あなたはスポーツが出来て、格好良くて、頭も良くて、みんなに人気で、でも私はとろいし、可愛くないし、頭も良くないし。全然釣り合わないの! あなたは優しいから、馬鹿でとろい私でも気にかけてくれるけど、それだけ! 私が惨めで、かわいそうだから、あなたは憐れんで私に構ってくれているだけ! 私が普通なら、あなたは私のことなんか気にかけない!! あなたの価値基準からすれば私なんて存在、不合格でしょ」

「なんでそんなこと言うんだ。そんなことないだろ」

「実際そうだった。あなたはいつもみんなに囲まれていて、私のことなんて気にしてなかったじゃない! 今日だって私の眼鏡のことがあるから付き合ってくれてるだけ。これが終わればそれきり。私とあなたは釣り合わない。そんなの私が一番わかってる。だから、もうやめて。

 私がかわいそうだからって、私に優しくするの、もうやめて!」


 宍戸さんは走り出してしまった。

「ちょっと、宍戸さん!」

「やめて。もう帰って」

「ねえってば」

「やめてってば!」

 彼女は大きな声を出した。

 

 通行人が俺たちのほうを何事かと見てくる。

「……分かった。帰るよ」

 俺は引き下がり、彼女がずんずんと向こう側へ歩いて行くのを、ただ茫然と眺めていた。


  *


 翌週、月曜日。


 宍戸さんは土曜に買った眼鏡を着けて学校に来た。だが俺達は話をしなかった。


 その日の終わりに席替えをした。

 

 それから一学期が終わるまで、結局宍戸さんと話をすることはなかった。

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